東大「女子だけに家賃補助」は男子差別なのか
プレジデントオンライン / 2019年12月10日 11時15分
※本稿は佐藤文香・監修『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた』(明石書店)の一部を再編集したものです。
■東大の家賃補助の中身
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東大が女子学生への家賃補助を打ちだしたことは大きな話題になりました。大学がこうした措置を講じるのはそもそも進学する女性が少ないからであり、逆差別ではありません。
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まず、東大の家賃補助とはどのようなものなのかをみてみましょう。2017年度に導入されたこの制度は、教養学部前期課程への入学から最大2年間にわたり、通学時間が90分以上の女子学生に月額3万円を支給するというものでした。2010年に女子寮の白金寮が廃寮となりかわりの寮がなかったこと、地方自治体の県人寮に男子限定のものが多かったことが導入の背景となっています。東大の学部生の男女比は2018年度に8:2(女性は19.5%)となっており、全大学の学部学生の男女比5:4(女性は45.1%)とは大きく異なっています(「学校基本調査」平成30年版)。東大の家賃補助とは、このような状況のなかで、多様な学生が活躍できる支援体制の整備の一環として導入されました。
「別に東大にこだわらなくたって女子大に行けばいいじゃないか」と思う人もいるかもしれません。しかし、その人が女性であるからというそれだけの理由で、本人の希望や意思を省みず女子大に行けというのは問題でしょう。「東大に入ってこの先生のもとでこんな研究をしたい」と思っている女性に、「女子大があるのだから東大にこだわらなくてもよい」ということは、その人の意思決定を重んじず、研究意欲を削ぐことになりかねません。わたしたちは、社会的な状況や要請によって個人の希望や意思が無視されることがあってはならないと考えます。
■女子への教育投資は優先順位が下がりがち
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複数のきょうだいがいる家庭では、女子にたいする教育投資の優先順位が低くなる傾向にあることがわかっています。その理由を、上野千鶴子は、娘は「いずれよその家に仕える他人になると思われていたから」だといいます(上野 2013:127)。たしかに、進学希望をみると、学力があっても所得水準が低いために、4年制大学への進学を断念し、短期高等教育機関に進学する女性が層として存在することがわかります。
奨学金もあるとはいえ、貸与奨学金制度は、卒業後に返済しなければならない負債となるため、将来の子どもの負担を少しでも減らそうとする親の気遣いによって娘の4年制大学への進学希望が抑制されがちであると指摘されています(藤村 2012)。このようななか、大学進学にともなって家賃がかかる場合には、大学で学びたい女性にたいする「教育投資」はますます抑制されることになるでしょう。
■「親の期待」に大きな男女差が存在
また、4年制大学への進学にたいする親の期待にも、男女差があるといわれています。東大の家賃補助を報じた新聞には、「女の子が無理して頑張らなくてもいいのに」、「なぜ東京に行くの?」という女子学生の家族の言葉が紹介されています。一方で、「自宅外通学を理由に受験を反対された人たちのあいだでは歓迎の声があがる」と記されています(『朝日新聞』2016.12.26)。
「女子は家を出てまで大学に進学する必要はない」、「女子は浪人しないほうがいい」、「子ども全員を自宅から離れた大学に入れる経済力はないから、女子のあなたは家から通える大学にしてほしい」という話が地方の家庭ではめずらしくないといわれています(四本[2017]2018)。この結果、地方都市から大都市への子どもの移動にはジェンダー差があらわれることになるのです。
親が男子に4年生大学への進学を期待する割合は、大都市で75.0%、地方都市で73.5%とほとんど変わりませんが、女子の場合は大都市で52.6%、地方都市で45.4%と有意差がみられます。さらに、地方では、男子の県外移動を当然視する一方、女子の移動をためらう親の意識が存在することも指摘されています(石川 2009)。
つまり、女子は、男子に比べて親から大学への進学を期待されず、大都市に出ることを反対される傾向があるということです。大都市に向かえば必然的に発生する家賃の存在によって、女子への進学期待がさらに薄まることは十分に予想されるでしょう。
■女子のアパートの家賃は高くなる傾向に
こうした状況において、東大の家賃補助という制度は、東大に進学したくとも家賃がハードルになっている女子にとって、心強い後押しになるのです。女子が住むアパートの家賃は男子のそれよりも高くなる傾向にあるのでなおさらです。
わたしたちの仲間である女性の上京体験に以下のようなことがありました。入学当初は大学の寮で暮らしていましたが、退寮することになり大学から比較的近いオートロックの整った物件を探すことになりました。条件に合致する物件は寮の10倍近い家賃になり、生活が厳しくなることが予想されました。しかしひとり暮らしの女性が犯罪に巻きこまれたというニュースを頻繁に目にしていた彼女は、安全性の高い住宅を希望せざるをえなかったといいます。
以上のように、進学機会が平等でなく、家賃がネックとなって進学に支障が出るような女性に家賃を補助するような制度は逆差別ではなく、積極的差別是正(アファーマティブ・アクション、ポジティブ・アクション)として考えられるものなのです。(前之園)
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▼藤村正司「なぜ女子の大学進学率は低いのか?――愛情とお金の間」(『大学論集』広島大学高等教育研究開発センター、2012年、所収)43:99‐115.
▼石川由香里「子どもの教育に対する母親の地域移動効果──地域間ジェンダー格差との関わり」(『教育社会学研究』日本教育社会学会、2009年、所収)85:113‐33.
▼上野千鶴子『女たちのサバイバル作戦』文藝春秋、2013年
▼四本裕子「家賃補助は女性優遇か?」(『教養学部報』東京大学教養学部、[2017年]2018年、所収)592.
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(一橋大学社会学部佐藤文香ゼミ生一同 写真=iStock.com)
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