なぜ苦手な上司たちを次々味方につけられたか
プレジデントオンライン / 2019年11月29日 11時15分
■良くも悪くも直球勝負だった新人時代
職場の上司や同僚など人間関係の「壁」にぶつかったとき、自分ならどうするだろう? 真正面からその相手と向き合うか、それとも避けて逃れようとするか——。
「私はどうしても真正面から向き合ってしまう。よく先輩から、『おまえは直球しか投げられない』と言われていましたね(笑)」
実は部下にもそう見られていると、人事チーム長の本山さんは朗らかにいう。失敗経験も「七転び」どころか数々あって……と振り返る。そのひとつが、入社2年目に異動したケーブルテレビ事業部でのこと。住友商事の出資先であるケーブルテレビ会社への営業支援や商品販売を手がける部署だった。
「今でこそケーブルテレビはこんなに市民権を得ているけれど、当時は言葉も知られておらず、地上波が強い日本では根付くはずがないと見られていました。そこでどうやって売り込んでいくのか、ビジネスとしては相当厳しかったのです。女性だから大変ということではなく、皆が新しいことをやらなければいけなかった。それだけに誰の意見でも良いものは取り入れられ、いい意味で実力主義の現場でした」
■信頼関係を築くべく相手の強みと弱みを分析
住友商事へ入社した1991年当時、総合職の同期134人中に女性は2人しかいなかった。メディアに関心のあった本山さんは、女性初の営業職に抜擢(ばってき)される。ケーブルテレビ事業部マーケティングチームは立ち上げたばかりのチームで、販売拡大へと意欲は高まっていた。
だが、その矢先、出資先ではないケーブルテレビ会社(当時の業界最大手)への販売をめぐり、トラブルが生じる。その際、上司が先方に詫びていた電話が苦くよみがえる。
「上司は大きな声であやまっていて、私が『一緒に行かせてください!』と頼んだのですが、結局、謝罪訪問には同席させてもらえなかったんです。この上司に自分を認めさせたいと、そんな気持ちが以降の仕事でピンチの際にも向き合う原動力になったように思います」
自分で責任を取りたい、謝罪したいという思いが強かった本山さんにとっては悔しい出来事だったが、そこで自分に何ができるかを考えた。まず相手の強みと弱みを知ることが必要。彼はアイデアマンで突破力もあるが、仕事への厳しい姿勢ゆえに敵をつくりやすい人だった。本山さんは上司の突破力をきちんとサポートし、周りの人たちとの軋轢(あつれき)をカバーする一方で、伝えるべきことは伝えていく。そうしてタッグを組んでいくうちに認められ、確かな信頼関係が育まれていった。
■現場と上司の板挟みに苦しんだことも……
入社4年目には、住友商事とアメリカ合衆国の最大手MSOであったテレコミュニケーションズの合弁によって設立した日本最大のケーブルテレビ事業者・ジュピターテレコムの立ち上げと同時に出向する。
アシスタントマネジャーになった本山さんは、営業、マーケティング、CI戦略などを担当。だが、そこでまた人間関係の壁にぶつかってしまう。今度は、出向先の上司とケーブルテレビ会社の現場との板挟みになったのだ。
それまではケーブルテレビ会社への出向者やプロパー社員と良好な関係を築き、加入者増や売り上げ拡大に一丸となって取り組んでいたが、ジュピターテレコム設立後は社風も一変する。米国最大手のケーブルテレビ会社TCIとの合弁で、アメリカ人上司が就任。トップダウンによるジュピターテレコム流のやり方を徹底させる役割を担うことになった。
「とにかくムダを廃して、コストを下げ、統一された営業手法で早期に加入者を獲得するといったやり方は、当初はなかなか現場の人たちの理解を得られませんでした。そのため、間に挟まれた私たちは悪者になってしまうこともあり、『本山さんは人が変わった』『上の言いなりで……』と言われ、悲しい思いをしたこともあります」
ある日、電話口で出向者の人に責められ、いたたまれずに席を立つと、部下の女性が心配して「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。その時ばかりは目頭が熱くなり、「もっと強くならなきゃ……」と意を決した本山さん。
米国人上司と何度も議論を重ね、日本特有の事情も考慮してもらった結果、「このやり方が業界のためだ!」という直観が確信に変わると、熱意をもって進めていった。すると、立場を超えて、思いを同じくするメンバーが、一つの強いチームとなり、少しずつ結果も出始めた。「上司も最後はすっかり日本ファンになってくれました」と懐かしむ。
■積極的なコミュニケーションで現状を打破
その後、本山さんは米国TCIへ出向し、若手人材の育成プログラムに参加。そこでメンターとなる女性社長に師事し、組織のマネジメントについて学んだ。帰国後は米国での経験をベースに成果を出したいと思い、現場の責任者としての出向を志願。99年にジェイコム東京のオペレーション部長に就任し、240人の大所帯を率いることに。立ち上げたばかりのコールセンターの責任者も務めるが、社内のみならず、顧客との関わりに苦戦する日々が待ちうけていた。
「オペレーション部は当時陽が当たりづらい部署だったんです。営業と技術をつなぐ役目も担いますが、当時は2つの部署間で何度かトラブルもあったので関係性が良いとは言えず、お客さまのところで問題があると、両方に関わるクレームがコールセンターに来ていました。センターで対応できないようなクレームも多く、ハードな叱責にオペレーターの女の子が泣いてしまうこともある。私自身も“このクレームから逃げちゃいかん”という思いがあり、『何かあったら私のところへ回してきていいよ。でも、ちゃんと説明すれば大丈夫だから、がんばって』と鼓舞していました」
電話口で怒鳴られることは日常茶飯事で、「女じゃなく、男を出せ!」とすごまれたこともある。やむなく本山さんが自宅へ謝罪に行っても、持参した菓子折りを投げつけられることもあった。そこであえて発案したのが「カスタマーボイス」の取り組みだ。
お客さまのクレームを受けてその場を収めるだけでは会社のためにならないと考え、経営陣にも毎日どんなクレームを受けているかを知ってほしかった。オペレーターに「上にあげた方がいいと思うものを何でもいいから書きなさい」と伝えると、彼女たちは残業もいとわず真剣に取り組んだ。
毎日その束を社長に持って行くと、ちゃんと目を通してもらえ、営業部長や技術部長も読んでくれる。部署どうしのコミュニケーションが円滑になっただけでなく、会社としてOneメッセージを出せるようになり、少しずつクレームも減っていった。本山さんも当時の経験から学ぶことは大きかったと振り返る。
「お客さんの声に耳を傾けることで、消費者の気持ちにふれ、世の中にはいろんな人がいることがわかった。でも当時のハードクレーマーは本当にひどくて。何を言われても、どんなことがあっても挫(くじ)けない強い心を持てるようになったので、もう怖いものなしです(笑)」
■3児の母としての経験が人事業務に生きている
入社以来、営業の現場に携わってきた本山さんに転機が訪れたのは2005年。第一子の育休を経て本社へ復職、それから2年後に人事部へ異動したのだ。人事には独自のルールがあり、経験の蓄積が活かされるだけに、また新たな学びの日々が始まる。さらに社内でワークライフバランスや女性活躍を打ち出すなか、その推進役も担うことになった。
自身も3児の母として、子育てと仕事の両立に苦労してきた経験がある。職場では女性管理職として従業員の声にも耳を傾けながら、より高い成果をあげるための環境づくりに取り組んでいる。「それは自分自身の課題でもあります。仕事も家庭のこともどちらも重要。1日24時間をうまく区切りをつけながらやっていかなければならない。そんな中で自分も思考する時間をなかなか取れないのが悩み。まさに今、格闘中ですけどね」と苦笑する本山さん。
息子二人と末娘は野球をやっていて、週末も早朝からお弁当作り、試合や練習の当番なども回ってくる。子どもが大きくなると、受験などを控えて母親の務めは増えていく。職場で取り組む仕事もいっそう広がるなか、前向きに乗り越えるコツはあるのだろうか。そう尋ねると、本山さんはある女性の先輩のことを思い出すという。
かつて育休制度も整っていなかった頃、20代で妊娠を機に退職を余儀なくされた先輩がいて、職場を去るときにこう励まされた。「ふじかちゃん、会社はいつでも辞められるから、やれるところまで頑張ってね」と。その言葉がずっと耳に残っている。
「だから、最初はしんどいとか大変だと思うようなことでも、前向きに頑張ってみようという気持ちはすごくありますね。どんなことに直面しても、やってみてダメだったらいつでも辞められる。ならばいろいろやってみようと思えるし、乗り越えられたときの清々(すがすが)しさがあります。そうやって山登りのように、一段上に登るたびに成長を実感し、自信を得ることで、新たに素敵(すてき)な景色に出会うことができたのです」
職場でさまざまな困難や壁にぶつかったときもあきらめず、真正面から向き合うことで乗り越えてきた本山さん。自分が強くなることで、周りを温かく見守る余裕も育まれてきたのだろう。今も直球で勝負する姿勢は変わらないが、「チームが勝つためなら、カーブもちょっと投げられるようになったかな……」と照れるのだった。
(歌代 幸子)
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