ローマ教皇が「ゾンビの国・日本」に送った言葉
プレジデントオンライン / 2019年11月28日 17時15分
■82歳のフランシスコ教皇が日本人に伝えたかったこと
38年ぶりとなったローマ教皇の日本訪問。82歳のフランシスコ教皇は11月23日に来日し、4日間の滞在中に各地を精力的に回り、多くの日本人と触れ合い、その心に温かな印象を残した。
同教皇は初の南米出身で、権威をかさに着ることのない気さくな人柄や、常に「弱者」を思いやる視点に立ち、多様性や寛容性を説く姿勢で知られる。ツイッターやインスタグラムを駆使し、トランプ米大統領によるメキシコとの国境における壁の建設計画を批判したり、異教徒との対話を促進したりするなど、強い発信力と行動力を持つ改革派のリーダーだ。
16世紀に日本に布教にやってきたフランシスコ・ザビエルが創設メンバーとなったイエズス会出身の初の教皇であり、そのゆかりの地への運命的な訪問となったわけだが、広島や長崎、東京など各地で8つのスピーチを行い、歴史に足跡を刻んだ。
■教皇が「ゾンビの国」日本に残した言葉の本質
メディアは核兵器廃絶など平和メッセージの部分をこぞって取り上げたが、どのスピーチも聴衆に徹底的に寄り添い、工夫と思いが込められたものだった。
特に筆者の印象に残ったのが、東京で若者向けに開かれたミサでのスピーチだ(11月25日、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた「青年との集い」での講話)。いじめなどの経験を語った若者3人に対し、逆境にどう立ち向かっていくのかを説くという格好だったが、事前に用意された他のスピーチとは異なり、熱がこもり、教皇のアドリブもかなり入ったため、予定の時間をかなりオーバーしたという。
「(多くの人が、人と上手にかかわることができずに)ゾンビ化している」
とりわけ教皇が強い言葉で警鐘を鳴らしたのは、世界中で社会問題化している孤独、つまり、現代人の「心の貧困」だった。
やや長くなるが、不安な時代を生きる日本人の心にずしりと響くそのスピーチの一部を抜粋して紹介し(筆者意訳)、そこから私たちが受け取るべき意義を後述したい。
■【フランシスコ教皇のスピーチ内容(筆者意訳)】
人やコミュニティ、そして全社会が、表面上は発展していたとしても、内側では、疲弊し、本物の命や生きる力を失い、中身の空っぽな人形のようになっている。(中略)笑い方を忘れた人、遊ぶことのない人、不思議さも驚きも感じない人がいる。まるでゾンビのようで、彼らの心臓は鼓動を止めている。なぜならそれは、誰かと人生を祝い合うことができないからだ。
もし、あなたが誰かと祝い合うことができたなら、それは幸せであり、実りある人生となるだろう。一体、何人の人が、物質的には恵まれていても、例えようのないほどの孤独の奴隷になっているだろうか。繁栄しながらも、誰が誰だかわからないこの社会において、老いも若きも数多くの人を苦しめている孤独に私は思いをはせる。最も貧しい人に尽くしたマザー・テレサがかつて、予言的なことを言った。「孤独と誰からも愛されていないという感覚は最も残酷な形の貧困である」と。
■「何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」
自分たちに聞いてみよう。「私にとって、最悪な貧困とは何か?」「最もいい貧困とは何か?」もし、私たちが正直であるならば、わかるはずだ。最悪な貧困とは孤独であり、愛されていないという感覚であると。この精神的貧困に立ち向かうのは、私たちに求められる責務である。そして、そこに、若い人が果たすべき役割がある。私たちの選択肢、優先順位についての考え方を変えていく必要があるからだ。
それはつまり、私たちにとって最も大切なことは、何を持っているか、何を得られるか、ではなく、誰と(人生を)共有できるかということなのだということに気づくことだ。「何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」にフォーカスすべきなのだ。自分に問いなさい。「私は何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」「私は誰と人生を共有するのか」を。
モノも重要だが、人(との関係性)は欠かせない。人なしでは私たちは人間らしさを失い、顔を失い、名前を失う。私たちは単なる物体と化してしまう。私たちは物体ではない。人なのだ。シラ書*は言う。「信頼できる友人は堅固なシェルター(避難所)である。見つけた人は宝を見つけたようなものである」。だから「私は誰のために生きるのか」を問い続けなければならないのだ。(中略)
*カトリック教会において旧約聖書にあたる書物
■「私たちは『魂のセルフィー』を撮ることはできない」
自分の姿を鏡で見ていても、成長し、自分のアイデンティティや良さ、内面の美しさを発見することはできない。われわれはあらゆる種類のガジェット(道具)を発明したが、「魂のセルフィー」を撮ることはできない。なぜなら、幸せになるためには、私たちはほかの誰かに自分の写真を撮ってくれ、と頼む必要があるからだ。私たちは自分の殻から抜け出て、他人に心を向けなければならない。特に助けが必要な人に。自分の姿にばかりとらわれないことだ。鏡の中の自分を見つめていれば、鏡は壊れてしまうのだ。
(中略)賢人はこう言った。知恵を蓄えるカギは正しい答えを見つけることではない。尋ねるべき正しい質問を見つけることだ。誰もが、「どう答えるべきかをわかっているだろうか」「正しい答え方ができるだろうか」を考えるべきだ。そして、その後には、「私は正しい質問の仕方を知っているだろうか」を問わなければならない。正しい答えで、試験は受かるかもしれないが、正しい質問なしで人生の試験に受かることはできないのである。(中略)私はあなたのために祈りましょう。あなたが正しい質問をし、鏡を忘れ、相手の目をのぞき込むことができるような精神的英知を得て、成長していけるようにと。
いかがだろうか。このスピーチで、教皇が訴えたかったのは、他者のために、他者とともに、支え、支えられて、生きることの大切さではないだろうか。
■教皇が「世界一他人に冷たい国」で鳴らした警鐘
翻って、日本は「国は貧しい人々の面倒を見るべき」と考える人、ボランティアや寄付をする人、人助けをする人の比率が、他国に比べて極端に少ない「世界一、他人に冷たい国」である)。
集団主義のくびきからの逃避願望が強く、一人がかっこいい、他人のことなど構っていられないという極端な個人主義の傾向が強まる中、人とのつながり、人への思いやり、優しさの価値を説くことなどダサい、ととらえる向きもあるように感じる。
そうした空気感の下で、日本の孤独大国化は一気に進んでいる。世界の多くの国々で孤独は「現代の伝染病」として、喫緊の、そして最も重篤な社会問題として取りざたされ、政府や企業など社会が一体になって、対策に乗り出している。
しかし、日本では「孤独はかっこいい」「人は一人で耐えるもの」「孤独は自己責任」といった論調が非常に根強く、結果的に、引きこもりや高齢者の孤立、社会的に孤立者による犯罪、孤独死など、「孤独」に起因する多くの社会事象の解決に手が付けられていない状況だ。
■鏡に映る自分にとらわれて他の人と向き合うのを恐れる日本人
教皇がこうした日本の現状を看破し、あえて、強い言葉で訴えかけたのは偶然ではないだろう。コミュニケーションやコミュニティの研究をする筆者が日々実感するのは、多くの日本人が、鏡に映る自分の姿ばかりにとらわれて、他の人と向き合うことを恐れるようになっていることだ。
「自分を見つめろ」「自分らしく」といった大号令とともに、人はどんどんと内向きになっている。その先にあるのは一億総コミュ障化と孤独化、というわけだ。
こうした日本の、いや世界の社会問題を、「ゾンビ」や「セルフィー」などというキャッチーで当世的な言葉を用いて、あぶり出し、人間の根源的な幸福の本質を突く教皇の圧倒的な洞察力と言葉力。
その豊かな表現力を、「コミュ力が高い」などという下世話な評価をすることは恐れ多くてできないが、彼を駆り立てる強い信念が、世界中の多くの人の感情を突き動かしているのは間違いないだろう。
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コミュニケーション・ストラテジスト
早稲田大学政治経済学部卒、英ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士、元・米マサチューセッツ工科大学比較メディア学客員研究員。大学卒業後、読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションコンサルタントを経て、現在、株式会社グローコム代表取締役社長(http://glocomm.co.jp/)。企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリストとして、グローバルな最先端のノウハウやスキルをもとにしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。1000人近い社長、企業幹部のプレゼンテーション・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手がけ、「オジサン」観察に励む。その経験をもとに、「オジサン」の「コミュ力」改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとしている。
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(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子)
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