エルメス貯金より筋肉貯金の女子が増えたワケ
プレジデントオンライン / 2019年12月2日 9時15分
※本稿は、米澤泉『筋肉女子 なぜ私たちは筋トレに魅せられるのか』(秀和システム)の一部を再編集したものです。
■シックスパックの「筋肉女子」になりたい
モデルの中村アンや朝比奈彩にクロスフィットトレーナーのAYA。近頃、筋肉を鍛える女子が世間を賑(にぎ)わせている。彼女たちは筋肉女子、腹筋女子などと呼ばれ、ストイックに鍛えあげた体をメディアで誇示している。
シックスパックと呼ばれる腹筋が割れているお腹、引き締まった二の腕や太もも。従来の女らしいカラダとは異なる「ナイスバディ」は人々を、とりわけ女性たちを魅了してやまない。
ファッション誌や美容情報誌には筋肉女子たちの引き締まったカラダが常に登場し、具体的なエクササイズの方法や食事、そのライフスタイルまでが毎号のように紹介されている。
また、インスタグラムで「#腹筋女子」「#筋肉女子」と検索するとそれぞれ37万9000件、19万5000件がヒットする(2019年8月31日現在)。
そのいずれもが、エクササイズ中の写真や動画、美しい腹筋をはじめとする筋肉を誇示する写真である。ジムや自宅で、筋肉に夢中になっている女子の姿を確認することができる。ちなみに「#筋肉男子」は4万2000件しかヒットせず、筋肉女子の足下にも及ばない。
■ブランドバッグや宝石より健康的・意志的なボディ
モノを所有することで人に差をつける、差異化する――そんな時代はとっくに終わりを告げたと言われている。豪華な毛皮や宝石はもちろん、少し前まで女性たちが夢中になっていた高級ブランドバッグも以前のように垂涎(すいぜん)の的とはなっていない。いわゆるラグジュアリーファッションの人気が全般的に凋落(ちょうらく)しているのだ。
それは日本だけにとどまらない。「すでに世界の主要都市を見ても、装飾的でファンシーなラグジュアリーが終焉(しゅうえん)しているというか、人々がそうしたものに疲弊している」(菅付雅信『物欲なき世界』平凡社、2015年)のである。
肩の力が抜けた着こなしやジェンダーレス志向の高まりを受けて、毛皮、ハイヒール、セクシーな下着といった過剰な女性性の記号となるファッションは敬遠されるようになった。むしろエコファー(少し前まではフェイクファーと言われていた)にスニーカー、下着はブラトップが好まれる時代だ。
■エルメス貯金よりも筋肉貯金に走る
女性たちの高級ブランドバッグ志向も全くなくなったわけではないようだが、貯金をしてまで100万円以上するバーキンを買う(かつてはエルメス貯金などと言われた)というようなことも減っているようだ。
ファッション誌で読者モデルが戦利品を見せびらかすように、自分の持っているバッグを誇示したり、持っている数を競うこともなくなりつつある。何しろ、現在はブランドバッグをシェアするサービスが存在するのだ。月に数千円支払えば、自分の好きなブランドのバッグを借りることができる。
「いつかは」と憧れていたバッグをいとも簡単に持つことができるのだ。所有にさえこだわらなければ全く問題はない。すでに、若い世代ほどモノを所有することにこだわりがないようだ。メルカリなどのフリマアプリを日常的に使用し、使わなくなったものはすぐに売ることが習慣化している。
数年前は気に入っていた服でも、今はもう着ないのならただの不要品である。彼らの中に、思い出のために残しておくという発想はない。そもそもモノに対する思い入れがそれほどなく、仮に記憶の片隅に残しておきたければデジタルに保存すればいいという考え方だ。
■少ないほどいいというミニマリズムの対象は今、「カラダ」
そもそも現在は、モノを持たなければ持たないほどいい、モノは少なければ少ないほどいいというミニマリズムが流行している。近藤麻理恵(こんまり)の片づけや断捨離ブームなどにも現われているが、できる限りモノにとらわれず、シンプルに生活するのが理想的と考えられている。
『フランス人は10着しか服を持たない』『服を買うなら捨てなさい』『クローゼットがはちきれそうなのに着る服がない! そんな私が1年間洋服を買わないチャレンジをしてわかったこと』——ベストセラーには、服を買うことより、捨てることを推奨するタイトルが並んでいる。服やバッグなどがクローゼットから溢れているのは、最もファッショナブルではない。限られた数の服で着回すのが本当のおしゃれとされているのだ。
そのためにはまずファッション断食を決行しなければならない。こうして、服やバッグを断食し、あらゆるモノを断捨離していった結果、最後に残ったのが自分のカラダであるというわけだ。
■モデルのように細い身体は不健康だ
ファッション断食しても、断捨離しても捨てられない私のカラダ。いや、むしろモノを断食して、断捨離すればするほど、最後まで残った自分のカラダが際立ってくるのではないだろうか。唯一無二である自らの身体への関心が高まってくるのである。
身体への関心と言っても一昔前のスーパーモデルのようなボディを求めるのではない。たとえバービー人形のように完璧であっても、「瘦(や)せすぎモデル」はパリコレでも敬遠されるようになった。何よりもモデルのように細い身体は不健康だ。
■一億総ヘルシー志向時代に「筋肉」が流行の中心に躍り出た
WELLNESS is NEW LUXURY——健康であることが最も重視される社会において、無理なダイエットや他力本願なエステや美容医療で作りあげた身体は、今までのように価値をもたなくなりつつある。それよりも、食事に気を配り、エクササイズを欠かさない、健康的なライフスタイルが滲(にじ)み出る身体こそ賞賛されるに値する。
なぜなら、そこにはサステナビリティ(持続可能性)を含めた自らの強い意志が存在するからだ。朝早く起きて手の込んだ朝食を作ったり、ランニングをしたり、ジムでトレーニングをしたり、ジャンクフードを避けたりするのは強い意志が必要だ。しかも、継続的にほぼ毎日取り組まなければ、身体はすぐに元に戻ってしまう。
■今求められているのは、健康的かつ意志的なボディ
つまり、今求められているのは、健康的かつ意志的なボディなのである。健康的で意志を感じさせるボディと言えば、筋肉ボディをおいて他にないだろう。
筋肉は、洋服や靴を買うように、お金を出せばその場で手に入るというわけにはいかない。また一度手に入れても、ずっと自分のものになるわけではない。(山本ケイイチ『仕事が出来る人はなぜ筋トレをするのか』幻冬舎新書、2008年)
まさに筋肉は一日にしてならずなのだ。強い意志のもとにトレーニングに励み、健康的な生活を続けられた人だけが手に入れられる筋肉こそ、最強のアクセサリーである。
というわけで、東京オリンピック・パラリンピックも近づき、「スポーツを着る。スポーツと暮らす。」(『FRAU』2018年5月号)「オシャレだって『ヘルシー』が憧れ」(『CLASSY.』2019年3月号)という具合に、ファッション誌までもがこぞってスポーティで健康的なライフスタイルを推奨する一億総ヘルシー志向なこの時代に、筋肉が流行の中心に躍り出ることになったのである。
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甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授
1970年京都生まれ。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』など著書多数。
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(甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授 米澤 泉)
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