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リクルートが「売上激減の地獄」から蘇ったワケ

プレジデントオンライン / 2019年12月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs

※本稿は、ハワード・ユー著・東方雅美訳『LEAP ディスラプションを味方につける絶対王者の5原則』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■オンライン移行後、売上高は10分の1に激減

1990年代中頃にインターネットが普及し始めると、リクルートはインターネットで情報を提供し始めた。市場首位のポジションを守るための、先を読んだ動きだった。1996年には新卒者向けの就職情報をオンラインで提供する「リクナビ」を立ち上げた。

ハワード・ユー著・東方雅美訳『LEAP ディスラプションを味方につける絶対王者の5原則』(プレジデント社)

多くの書籍出版社や新聞社と同様に、同社にとってもオンラインへの移行はほぼ命取りだった。伝統的な雑誌を廃止したために、オンラインでの広告収入に依存しなければならず、それによって利益は大幅に縮小した。

「移行前には、3つの形態が併存していた。書店で販売している分厚い雑誌、無料で配布する雑誌、そしてウェブマガジンだ」。リクルート経営コンピタンス研究所長の巻口隆憲は言う。「移行後は、無料の雑誌とウェブマガジンは継続したが、書店販売の雑誌は廃止した。売上高は10分の1になった。これが紙からインターネットへの、我々が経験した最初のシフトだった」。

リクルートにとって幸いだったのは、インターネットの利用者が2000年代の始まりとともに急増したことだ。日本のインターネットユーザーは、1995年の200万人から、2002年には6940万人になった。出版業界全体も、無料のオンラインコンテンツが優先される方向に完全にシフトしていった。

リクルートが以前のレベルまで売上を回復するには、身の毛もよだつような4年間が必要だったが、それでも、その経験は貴重だった。リクルートはインターネットエコノミーで成功するには何が必要かをこれで理解することができたのだ。当時、コンサルタントや学者たちは、まだ事態をよく把握できていなかった。

■規模が規模を呼ぶ「ネットワーク効果」

ビジネススクールの教授陣の間では、「ネットワーク効果」という言葉がよく使われる。この言葉は、ウーバーやエアビーアンドビー、アリババなどの台頭を説明するものだ。これらの企業は、2面的な市場(プラットフォーム)の役割を果たす。供給側では売り手の販売を促進し、需要側では買い手の購買を促して、モノやサービスの売買を可能にする。

こうしたプラットフォームの価値は、主に両側のユーザーの数によって決まる。つまり、より多くのユーザーが同じプラットフォームを使えば使うほど、そのプラットフォームの魅力が高まり、さらに多くのユーザーが利用するようになるのだ。

例として、デートサイトを考えてみよう。男性がこれらのサイトに引き付けられるのは、そこに女性がたくさんいて、その分よい相手に出会える確率が高いからだ。女性の場合も同様である。こうしたネットワーク効果によって、ユーザーはより大きなネットワークにアクセスするために、より高いおカネを支払う。そうして、それを運営する会社の利益も、ユーザーが増えるに従って増えていく。規模が規模を呼ぶのである。

しかし、差別化は実現しにくい。ウーバーとリフト、アイメッセージとワッツアップを比較してみればわかる。プラットフォームはよく似ている場合が多く、競争は「速く成長するものが勝ち」という点に絞られる。だからこそ、フェイスブックは成長に強くこだわっている。

■競合他社に先駆けオンライン上の首位を固める

より多くの人々が、フェイスブックやスナップチャットでニュースを読んだりゲームをしたりして時間を過ごすようになると、コカ・コーラやP&Gやナイキなどの企業がそこに広告を出稿するようになる。プラットフォームが一定の規模になって初めて、その独占的な地位は揺るぎのないものになる。

リクルートもこれと同じロジックに従った。オンラインへの転換を最初に行うことによって、また価格戦略において競合企業よりも攻めに出ることによって、インターネット上での市場首位を固めたのだ。同社は、インターネット事業の第一の黄金律にその運命を委ねた。

それは「顧客のトラフィックが十分にあれば、粗利益率が紙の雑誌より低くても成功することができる」というものだ。つまり、オンライン上での取引数が多ければ、やがてはそれがある程度の利益に変わるということだ。

その後に行われた他のインターネットへの移行プロジェクトでは、リクルートは損失を出さなかった。それでも、長期的に成功するためには、規模だけではなく品質も重要になってくる。これが、リクルートがやがて見つけることになる、第二の黄金律だった。

■栄光から転落した「マイスペース」の教え

フェイスブック以前にソーシャルネットワークの世界に君臨していたのは、マイスペースだった。2003年に創業したマイスペースは、バンドや写真家といったクリエイティブな人たちにファンが多く、2008年の時点では、全米トップのソーシャルネットワークとなっていた。

ニューズ・コーポレーションのルパート・マードックはマイスペースを5億8000万ドルで買収したが、同社は60億ドル程度の価値があるかもしれないと考えていた。そして、2007年中頃には、2億人のユーザーが集まることを期待していた。

マイスペースの栄光からの転落は衝撃的だった。2008年4月には、ユニークビジターの数が1カ月当たり4000万人のペースで減っていった。その原因をサイトの無秩序な設計だとする人もいたし、技術的なイノベーションの欠如が原因だとする人もいた。

しかし、大きな問題はその評判にあった。マイスペースには、有名になりたい人たちが肌もあらわにした不品行な写真を多数投稿し、下品なサイバースペースと化したのだ。質の高いユーザーたちは、大挙して安全な空間であるフェイスブックへと逃げていった。品質は規模と同様に重要なのである。

■顧客グループに合わせた品質保持

リクルートはこの点を十分に理解していた。同社の旅行事業「じゃらん」を例に考えてみよう。じゃらんは、ホテルや温泉旅館などの広告雑誌としてスタートした。しかし「じゃらんnet」が予約用のウェブサイトとして立ち上がったとき、同サイトは旅行代理店と競合する存在となった。

ホテルや旅館と旅行者とのあいだを仲介する立場となった以上、雑誌のときのように、ホテルのよい点ばかりを強調するわけにはいかなくなった。信頼できるアドバイザーとしての地位を確立するため、ユーザーによる正直なレビューも掲載する必要が出てきたのだ。

ここからわかるのは、顧客グループによって品質の定義は変わってくるということだ。サービスがオンラインに移行したとき、価値提案も変化した。品質の定義は進化したのだ。

■発展のカギは、他社に先んじた「共食い」現象

リクルートのこれまでの発展について検証していくと、同社の経営陣は、競合に先んじてセルフ・カニバリゼーションを行うと決意しているかのような印象を受ける。

同社が実験を試みる傾向は強まる一方だ。2015年までに、リクルートは1000人以上のソフトウェア技術者を雇った。彼らは200以上のウェブサイトと350以上のアプリの運営を行う。これらのサイトやアプリの顧客は、レストランや美容院、結婚式場、賃貸住宅などさまざまだ。

社内には多数のソフトウェア技術者がいるが、東京の本社の壁の外側には同社の最も重要な支援者がいる。それは何百万人もの中小企業経営者で、彼らがリクルートを日本でトップクラスのデジタルメディア企業に押し上げた。

そして、ここにとても重要な教訓がある。こうした大きな変化のどれもが、一夜にして起こったものではないということだ。少しずつステップを踏むことで、同社の境界線は徐々に外へと広がっていった。そうした変化がすべて一緒になることで、リクルートの中核となるミッションが再定義され、同社の軌道はよりよい方向へと修正されていった。

■雑誌出版からプラットフォームのプロバイダーへ

従来からリクルートのメディアに広告を出していたのは、小規模な企業の経営者が中心だった。彼らはバックエンドの事務的な作業に苦労していた。美容院は、オンライン予約を始めればたくさんの予約が取れる可能性があった。

しかし、たいていの場合、美容師がオンラインの予約状況を紙のスケジュール表に手で書き写すことになる。電話で予約した顧客とのダブルブッキングを避けるためだ。

「美容師であれば、顧客の髪を切り、髪型をセットしたりして、顧客に時間を使いたいと思うだろう。カフェのオーナーであれば、おいしいコーヒーをいれることに自分の時間を使いたいと思うのではないか」と、リクルートテクノロジーズ社長〔当時〕の北村吉弘は思いを込めて話す。

「しかし、彼らにはそれ以外にもたくさんの仕事があり、本業に使える時間は非常に限られている。事務的な仕事にかかる時間を計算してみると、事業の成長のために使える時間はほんの少ししかないことがわかる」。

北村の主導の下、リクルートは2012年に、美容院の予約と顧客管理用のプラットフォーム「サロンボード」を立ち上げた。それを用いると、電話予約とインターネット予約の両方を一括して管理できる。サロンボードには自動応答という業務削減に役立つ機能も付いており、美容院の間ですぐに人気を集めるようになった。

その翌年、北村は「Airレジ」の立ち上げを発表した。Airレジはスマートフォンやタブレットを利用したPOSレジで、サロンボードと同様のクラウドベースのデータ管理システムを用いている(当初はレストランのオーナー向けだった)。

■「なぜリクルートがやるのか」をいつも考える理由

エアレジの普及を促すために、リクルートは1000人の営業担当者に、日本全国で4万台のタブレットを無料レンタルで配布させた。続いて、2014年には「Airウェイト」を発表。これは店舗の順番待ちを管理するシステムで、顧客が自分のスマートフォンを使って、バーチャルに列に並べるようにするものだ。

さらに2015年には「Airペイメント」を発表〔現在のAirペイ〕。これは中小企業の頭痛の種である決済処理や現金管理の問題を解決するサービスだ。

リクルートはいくつものプラットフォームを用いて、個人の事業では実現できないような機能に投資することができた。それによって、顧客の使用感は向上し、同社をさらに競合から引き離した。

「『なぜリクルートがやるのか』をいつも考える。当社だからこそできることがあるだろうかと問う」。北村と長年共に仕事をしてきた淺野健は言う。「それがなければ、他のプラットフォーマーのプラグインにやられてしまう。だから『他のどの企業よりもリクルートがうまくできるか』を問わなければならない」。

同社がいかにも利益の出そうなサービスを追求しないのはそのためだ。淺野は言う。「簡単に稼げることを狙ったものは、否定しなければならない。われわれは、将来その事業がどのくらいの規模になるかを知る必要がある。短期的な利益ではなく、プラットフォーム全体でユーザーがどの程度になり得るかが重要だ」。

■技術チームが内向きでいられなくなった

これによって、技術チームにとてつもないプレッシャーがかかる。どんなに内向的なソフトウェア・プログラマーでも、プログラミングだけをやっているわけにはいかなくなる。顧客を訪問し、その事業の実際をよく知る必要が出てくるのだ。

リクルートのエンジニアは営業スタッフとともに日常的に外に出て、整形外科から高級レストランまで、幅広い事業を観察する。その目標は、たとえば、便利な予約プロセスに共通する条件を探すことなどだ。

もう1つの目標は試作品を速くつくることだ。テストを実施できるように、すばやくまとめ上げる。リクルートでは、試作品は通常、顧客のニーズを60%満たす程度にする。核となるサービスが評価されて初めて、エンジニアたちはほかにどんな機能を加えるべきかを検討する。

たとえば、Airレジを立ち上げるときには、リクルートの元社員が経営しているレストランがテストの場所として選ばれた。そのかなり後になって、追加の機能として「Airリザーブ」が登場した。Airリザーブはレストランの実際のテーブル配置を画面に映し出す。

この店舗ごとにカスタマイズされた画面は、ピークの時間には特に、座席の配分に役に立つ。微調整に過ぎないと言う人もいるかもしれないが、最初のサービスが好評を博したあとでこうした機能が付け加えられると、顧客ロイヤルティが向上する。

■様変わりした「営業」の役割

こうした変革の最中に大きく変わったのが、営業の役割だ。過去には、リクルートのサービスのユーザーは、自分の店舗に顧客を呼ぶためにリクルートのメディアに広告を出稿した。

今日では、リクルートが提供するデジタル・プラットフォームは、事業効率を改善する新たな手段となっている。

営業担当者は、もはや街をただ歩き回って、経営者に広告スペースを売ろうとはしない。その代わりに、顧客の知見をまとめ、またエンジニアに要望を伝えるなどして、問題解決者としてさまざまなタスクを実行している。

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ハワード・ユー IMD教授
スイス・ローザンヌのビジネススクールIMD教授。同スクールのエグゼクティブ向けコース、AMP(Advanced Management Program)ディレクター。2011年にハーバード・ビジネススクールにて博士号を取得。専門は戦略とイノベーション。

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(IMD教授 ハワード・ユー)

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