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経営改革の抵抗勢力を黙らせる鍵は倉庫の整頓

プレジデントオンライン / 2020年1月5日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taa22

■やめるにやめられない慣例をやめる法

本連載では、世界で研究されている経営学の視点をもとに、いま日本のファミリービジネスで代替わりを機に革新を起こしている「第二創業」企業から学びを得ていきます。第1回で取り上げる視点は「インスティテューショナル・アントレプレナー(制度起業家)」です。

制度起業家は社会・社内の古い「常識」を打破し、新しい仕組みを打ち立てる起業家や経営者のことを指します。経営学では「常識」は幻想のようなものといえます。「慣例だから」「業界では当たり前だから」と、人には「周囲と同じ行動をとることが正当である」という心理的メカニズムに従いがちな性質があります。それは「深く考えなくて済む」という意味で認知の負担を楽にするのですが、やがてそれが「常識」として社会や組織にこびりつくと、時代の変化に対応できなくなるのです。

そこで時代遅れになった「常識」を変革しようとするのが制度起業家です。しかし、これは口で言うほど簡単ではありません。なぜなら、自分以外の周囲はそれを「常識」だと考えたままなので改革に抵抗するからです。他方で、そのような困難を乗り越えて成功する制度起業家もいます。今回は北海道のサツドラホールディングスの事例から探ってみることにしましょう。

■時代遅れの常識を打ち破った、2代目の第一歩

同社の創業は1972年。現会長である富山睦浩氏がスーパーの一角で始めた薬店に端を発します。現在は北海道を中心にドラッグストア、調剤薬局など200店舗以上を展開しています。

その会社に、2007年に入社したのが睦浩氏の長男で、現社長の富山浩樹氏でした。この富山氏が改革の旗振り役となり、本業の伸長はもちろん、事業の幅も大きく広げつつあります。地域を先導して始めた北海道共通ポイントカード「EZOCA(エゾカ)」は北海道の約3人に1人が利用するサービスに拡大し、ほかにも教育事業、電力会社、データ解析を行うAI(人工知能)サービスへの取り組みも進めています。

じつに大胆な改革ですが、その第一歩は、意外にも小さなものでした。これが制度起業家の成功ポイントの1つ目、「制度の改革は地味なところから始める」というものです。

富山氏は大学卒業後、日用品卸売企業に就職。福島や東京で大手小売チェーンなどを担当し、30歳で家業の旧サッポロドラッグストアーに入社しました。最初はバイヤーとして現場で働いていた富山氏ですが、おかしな慣例や常識がはびこっているのに誰もそれを指摘せず、空気のように馴染んでいることに違和感を覚えたそうです。

「チェーン企業でありながら、本部の指示は行き届いておらず、仕入れは各店舗の店長、バイヤーが経験と勘で行っているというのが実態でした。年間の販促計画も明確なものはなく、チラシも店舗ごとに制作。従業員たちは手書きのPOPや天井からぶら下げる飾りを作るなど、アナログな作業に追われていました」と当時を振り返ります。

会社に根づく非効率な個店主義に、不安を感じた富山氏。本部指導でチェーン全体を標準化し、経営効率を上げなければと危機感を抱いたといいます。かといって、いきなり会社を支えてきた営業の幹部たちに意見を突きつければ、「常識」に慣れた彼らは拒絶反応を起こすに決まっている――そう直感した富山氏は、少しずつ外から改革を起こしていくことにします。

まず取り組んだのは、なんと“倉庫(バックヤード)の整理整頓”でした。一見、地味な改革ですが、真の狙いはオペレーションの標準化、仕組み化にありました。そのために、営業部を離れ、業務改革推進室を立ち上げて、自ら室長に就任。全店舗を回って倉庫整理マニュアルを説明するなど変革を進めていきました。手書きのPOPもデジタル化し、デザインの統一を図ります。従業員にしてみれば、倉庫がきれいになり、仕事がやりやすくなっただけではありません。古い文化やシステムの変容を日々職場で目撃し、体感するわけですから、自然と意識にも変化が生じてきたといいます。

■ついに本丸である営業部門の改革

変革の実績を残し、社員たちも変化を感じ始めた頃、実力のある若手バイヤーが「古い体質についていけない」と、会社を辞めてしまったことをきっかけについに本丸である営業部門の改革に動き出します。当時、若手の離職が増えていただけでなく、赤字店が目立つのに出店計画が進んでいるといった問題も生じていました。そこで富山氏は、チェーンストア理論を全社で導入するべきだというレポートを提出。営業幹部と対決しながらも、改革を一気に進めます。

そのとき行ったことの1つが、新しいコンセプトや呼び名をつくることでした。これは、制度起業家が成功するポイントの2つ目です。変化を起こす際に「変わった」ことを印象づけるには、ふさわしい名称をつけることが重要。それで周囲が「常識が変わった」と認識するからです。富山氏の場合は、会社の存在意義の呼び方を変えました。それまでのドラッグストアではなく、あらたに自社のことを「地域コネクティッド企業」と再定義。お客様が高頻度で訪れ、自身の悩みを解決できる売り場をもっていることを活用しようと考えたのです。

富山氏はそのコンセプトに合うよう業界・業種を超えて提携やベンチャー企業の買収などを行い、グループを強化しています。AIサービスを開発するベンチャー企業と資本提携を結び、共同でシステムを開発。さらに、北海道という地の利を生かして店舗のテストマーケティングとしての場の提供や、訪日外国人向けのマーケティング支援にまで挑戦しています。北の制度起業家は、業界の枠をも超えようとしているのです。

▼今回のお手本
【サツドラホールディングス】
中核のドラッグストア事業に加え、地域共通ポイントや電子マネー決済サービスを行う「リージョナルマーケティング」、情報端末向けシステムの開発・販売を行う「GRITWORKS」、教育事業を手掛ける「シーラクンス」などを傘下におき、事業を拡大中。
●本社所在地:北海道札幌市北区太平3条1丁目2番18号
●売上高:846.5億円(2019年5月期)
●従業員数:2,801名(2019年5月時点)

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入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科教授
1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、同大学院修士課程修了。三菱総合研究所へ入所。2008年、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。その後、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。19年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』など。入山先生出演中「浜松町Innovation Culture Cafe」●文化放送(FM91.6/AM1134/radiko.jp)●毎週火曜日 19:00~21:00生放送。毎回多彩なジャンルの専門家などを招き、社会課題や未来予想図をテーマにイノベーションのヒントを探っていく。

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(早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山 章栄 構成=西川敦子)

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