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中国版LINEが怪物アプリとなった非常識な戦略

プレジデントオンライン / 2019年12月16日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stockcam

中国発のメッセージアプリ・微信(ウィーチャット)は、ユーザー数とその滞在時間を増やし続けている。秘訣は何か。経営学者のハワード・ユー教授は「微信は自身を連結器に転換させ、人と企業をつないだ。製品の優れた機能は社内では決して開発できないと認識し、意思決定を分散させ、アウトプットを『大量生産』させた」という――。

※本稿は、ハワード・ユー著・東方雅美訳『LEAP ディスラプションを味方につける絶対王者の5原則』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■中国最大のメッセージアプリ企業

中国南部の広州市、ビジネス街の中心部から珠江を渡ったところに広州タワーが立っている。2005年に建設されたこの超高層ビルは、DNAの二重らせんのように、2列の楕円形の連なりが45度の角度で互いに絡まり合っているデザインだ。

ハワード・ユー著・東方雅美訳『LEAP ディスラプションを味方につける絶対王者の5原則』(プレジデント社)

広州市でひときわ目立つこの特徴的な建物は、2013年に上海で新しいビルが建つまでのあいだ、中国で最も高いタワーだった。

その広州タワーの陰に、T.I.T創意園がある。古い工場を再開発した建物が集まっている地域だ。84番ビルの赤レンガの壁にかかっているプレートには、その建物が1950年代には繊維工場で、60年代と70年代には軍事施設となり、70年代半ばに民間に転用されたと書かれている。

現在の前のテナントは金属加工業者で、地元の自動車産業に部品を供給していた。このビルとその近くの3つの建物は、微信(ウィーチャット)の本社ビルだ。微信は中国最大のメッセージアプリを提供している企業である。

親会社のテンセント(騰訊控股)の株式時価総額は、2017年に3000億ドルを超え、アリババを追い抜いて中国およびアジアでトップとなった。いまやゼネラル・エレクトリック(2600億ドル)、IBM(1650億ドル)、インテル(1700億ドル)といったアメリカの優良企業と肩を並べる。

■フェイスブックを圧倒、ダントツに長い滞在時間

微信に関して最も驚かされるのは、中国のあらゆることがそうであるように、その急速な成長だ。微信は中国版のワッツアップに過ぎないと一蹴する人もいるし、中国人でなければ、そのサービスの名前を聞いたことがない人が多いかもしれない。

それでも、月間のアクティブユーザー数は9億3800万人で、アメリカはもとより、ヨーロッパの全人口をも上回る。

ワッツアップは世界に12億人以上のユーザーがいる。フェイスブックのユーザー数は20億人以上だ。しかし、微信のユーザーの3分の1は1日あたり4時間以上を微信に費やしており、ジュリエットはその点にこそ注目してほしいという。

これに対して、フェイスブックにユーザーが費やす時間は1日平均35分、スナップチャットでは25分、インスタグラムでは15分、ツイッターでは1分だ。

微信はどのようにしてそれほど多くのユーザーを獲得し、それほど長い時間アプリに引き付けていられるのだろうか。微信はエンドユーザーが創造力を発揮できるようにした。しかも、微信はそれをきわめて中国的な方法で行った。

すなわち、同社はユーザーの体験に力を入れただけでなく、サードパーティが新たな機能をつくれるように、新たなツールの開発にも力を注いだのだ。

■どの企業も欲しがる顧客データを蓄積しない

オンラインの世界にはいまだにデコボコした世界で、閉鎖的なコミュニティや閉じられた空間がある。たとえば、中国政府は長年、疑わしいと思われる海外のウェブサイトを追い払ってきた。

「グレート・ファイアウォール」として知られる、インターネットに関する取り締まりや、謎めいた検閲などが広く行われているため、中国ではグーグルやツイッター、ユーチューブ、フェイスブックをインターネット上で見つけることはできない。

中国では、多数のアプリが最初はどこか西側のアプリに似ているが、やがてまったく違うものに進化していく。

西側の企業はモバイル広告に慣れ親しんでいる。フェイスブックやグーグル、ツイッター、スナップチャットなどは、大量のユーザーのデータを集めて、強力なアルゴリズムをさらに磨き上げ、広告主がよりターゲットを絞って広告を打てるようにしている。

しかし中国では、ユーザーのデータを蓄積することには大きな政治的なリスクが伴う。したがって、インターネット企業は広告主経由ではなくユーザーに直接おカネを払ってもらうことを選んだ。

取引手数料を課すか、アプリ内で何かを購入してもらうのである。顧客がサービスに対して直接おカネを払ってくれるのであれば、データマイニングをする必要はない。

■お年玉やご祝儀、公共料金、投資もアプリで

世界の消費者は、たとえ同じようなテクノロジーを使っていたとしても、慣習はそれぞれに大きく異なる。したがって大手テクノロジー企業も、各地の環境に高度に適合した生物のようになっていく。

例として、スマートフォン決済を見てみよう。微信は2013年に、最初の決済システム「微信支付(ウィーチャットペイ)」を立ち上げた。そのなかでも絶大な人気を誇る機能が「紅包(ホンパオ)」だ。

これは、デジタルマネーの入ったバーチャルな封筒を、ユーザーが春節(旧正月)などに家族や友人に送れる機能だ。

微信はこの伝統的な習慣に少しひねりを加えた。送る総額と送る人数をユーザーが決めれば、あとはアプリが各人に送る金額をランダムに設定する。たとえば、3000人民元を30人の友人に送るとする。すると、なかには他の人たちよりも多くもらえる人が出てきて、あちこちでニヤリとした顔やがっかりした顔が見られる。

これはある意味で社交であり、ゲームであり、ちょっとしたギャンブルでもある。2016年2月7日から12日までのあいだには、320億通の紅包が送られた。その前年の同期間は32億通だったので、大幅な拡大である。

微信では公共料金の支払いやファンドへの投資も行える。さらに、親会社のテンセントは、中国版ウーバーとも言える滴滴出行(ディディチューシン)と、中国版グルーポンとも言える美団点評(メイトゥアンディエンピン)に何十億ドルもの投資を行い、微信のユーザーがアプリから離れることなく車を呼んだり、グループ割引を受けたりできるようにした。

■生活に不可欠なモバイルツールに

微信のサービスは近年さらに拡大し、いまでは地域の小売店だけでなく、マクドナルドやKFC、セブン‐イレブン、スターバックス、ユニクロといった錚々たる大手小売業も、微信支付による支払いを受け付けるようになった。

ニューヨーク・タイムズ紙は中国におけるこの社会・経済的現象について、「現金は急速に過去のものになりつつある」と書いた。

今日では、スマートフォンを振って新しい友人を見つける機能が人気になっている。また、テレビの前でスマートフォンを振るとそのスマートフォンが放送中の番組を認識し、視聴者がそれに参加できる。

微信は実質的に、フェイスブックとインスタグラム、ツイッター、ジンガ(ソーシャルゲーム)を1つにまとめたものとなった。単なるメッセージアプリとして存在するのではなく、なくてはならないモバイルツールとなったのだ。診察の予約、病院の支払い、警察調書の記入、レストランの予約、銀行サービスの利用、テレビ会議の開催、ゲームなど、多くのことに欠かせない。

この怪物級のアプリの成長は、自力だけでは実現できない。微信はグーグルやフェイスブック以上に自社のユーザーにクリエイティブになることを求める。微信のプラットフォーム上の新たなサービスを彼らに開発してもらう必要があるからだ。

■オフィシャル・アカウントで企業と客を結ぶ

2012年に、微信の17人の社員が、企業をターゲットとした「オフィシャル・アカウント」という新たなコンセプトの実験を行った。その時点で、微信はすでに消費者からは強い支持を得ていた。

しかし、チームはオープンなアプリケーション・プログラミング・インターフェイス(API)を使って、微信を外部企業の製品やサービスのための、コミュニケーションの経路にしたいと考えていた。

単純化して言えば、APIとは2つのソフトウェア間での情報交換を可能にするための規則やガイドラインだ。ソフトウェアのプログラムやプロトコル、ツールによって、サードパーティは微信の巨大なユーザーベースを活用することができる。

微信のオープン・プラットフォーム部門のバイス・ゼネラルマネジャーであるレイク・ヅァンは次のように説明した。

「これまで、微信は人々をつなげるのに成功してきた。しかし、企業が微信を使ってどのように顧客とコミュニケーションをとれるかについては、よく見えていなかった。この目標を達成するための手段として、『オフィシャル・アカウント』がうってつけだと考えた」。

■「オープンな接続」が企業を引き付ける

最初のうちは誰もどんなサービスを提供するべきか自信がなかった。エンジニアたちが有望なアイデアを探していると、招商銀行がそこに加わった。

ヅァンによると、招商銀行とのプロジェクトの目標はシンプルだった。それは、顧客が望むことなら何でもするということだ。

「当時、オフィシャル・アカウントについてのアイデアは非常に初期的なもので、デモも数えるほどしかなかった。わたしたちが考えていたのは、企業は顧客にメッセージやクーポンを送り、宣伝をするだろうということだった。初期のアイデアはすべて『同報通信』の機能を中心に考えられていた。しかし、招商銀行が加わったことで、わたしたちの考え方は変わった」
「銀行はデータセキュリティに厳しい基準を設けており、データを自社のサーバーに保存しておかなければならない。その状況では、わたしたちはオープンな接続を提供する必要があった。そのときから、わたしたちは微信を『連結器』や『パイプ』の役割に転換させた。企業が微信上で、自社のサーバーから情報を消費者に送れるようにしたのだ」

■ユーザーの手間を劇的に減らす効果も

このオープンな接続が、企業を引きつけるうえで重要であることがわかった。やがて、中国最大の機体数を持つ中国南方航空が微信のオフィシャル・アカウントを開設した。

あるユーザーが「明日、北京から上海まで」と書き込むと、微信はその条件に当てはまるフライトの情報をすべて表示する。フライトを選んでクリックすると、ユーザーは中国南方航空のサーバーに移動し、そこで予約や支払いを行うことができる。

データのやり取りはすべて航空会社のサーバー上で行われるのだが、ユーザーはすべてを微信上で行っているような印象を受ける。これがユーザーの手間を劇的に減らした。ユーザーはもはや新しいアプリをダウンロードしたり、スマートフォンの小さな画面の上で、あちこちのウィンドウを行き来したりしなくて済む。

これは新たな価値提案だった。すなわち、企業は望むならば自社で新しい機能をいくつでもつくることが可能で、すべてのデータを保持することができる。そうでありながら、ユーザーインターフェイスは何億人もの中国人が慣れ親しんだ微信のものを使うことができるのだ。

■データ保存できないことが西側と組む「強み」に

ある社員がわたしに、微信はユーザーのデータを平均で5日間しか保持しないと言ったとき、わたしはそれを疑わしく思った。顧客情報を手放したい企業などないだろうと考えたからだ。

わたしの共同研究者も同様に感じて、微信のサーバールームの大きさを尋ねた。するとその面積は小さく、そこから判断するとストレージも微々たるものと考えられた。

リアルタイムでのモニタリングと機能の利用分析以外では、データマイニングはまったく不可能なのだ。しかし、微信が顧客データを保存できないというまさにその点が、西側の企業にとつては魅力となる。そうでなければ、彼らは微信と強い協力関係を結びたがらないだろう。大手企業は情報のコントロールを失うことを好まないからだ。

微信の大きなブレークスルーは、製品の優れた機能は社内では決して開発できないと認識したことだ。キラーアプリは、ユーザーが開発すべきなのである。

スティーブ・ジョブズのような鋭い人物でも、iPhoneの非常に優れた機能が、たとえばタクシーを呼ぶこと(ウーバー)や、自動的に消える写真を撮ること(スナップチャット)などになることは予想しなかった。

どんな企業も、ウーバーとスナップチャットを両方思いつくことはできない。たいていの場合、意思決定の質が向上するのは、多様で独立したインプットがあるときだ。微信は、意思決定そのものを分散し、アウトプットを「大量生産」したのである。

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ハワード・ユー IMD教授
スイス・ローザンヌのビジネススクールIMD教授。同スクールのエグゼクティブ向けコース、AMP(Advanced Management Program)ディレクター。2011年にハーバード・ビジネススクールにて博士号を取得。専門は戦略とイノベーション。

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(IMD教授 ハワード・ユー)

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