「空き巣」にあったら申請すれば税金が安くなる
プレジデントオンライン / 2019年12月5日 9時15分
■カフェで熱心に語りかける人と話に引き込まれていく人
クリスマスにお正月。年末年始は一年で一番お金が動く時期だ。街行く人の足取りも少し浮足たってくる。そこで、気を付けないといけないのが詐欺だ。
筆者は、調査官時代の癖が抜けきらず、いまだに、喫茶店やカフェに入ると聴き耳を立ててしまう。二人掛けのテーブルで、友達でもなく、上司と部下でもなく、一方が、必死に話をしている。
実際の勧誘をしている人の言葉をリアルに再現することはできないが、話している方の人はノリノリだ。聞いている方の人は、最初は引き気味だけど、どんどん話に引き込まれていく。カフェで、このような場面に出くわしたことがある方は、少なくないと思う。
「でね、実は、もっと、志高い人が集まっているセミナーがあるんですよ。参加費は無料なんで、一緒に参加してみませんか?」
最初は、無料の行政などが主催するセミナー、次に、個別でカフェで話をし、脈ありと見込んだら、その次は、自分たちのセミナーへの参加を促すという作戦だ。
彼らは、ネットワークビジネスという言葉を極力使わない。「いいものを広めて、みんなを幸せにしたい」……扱う商品が違っても、キーワードは“幸せ”だ。
ある人は気が付くと自宅に浄水器が1000万円分、ある人は、ありとあらゆる日用品が山積みに、ある人は、毎日飲み続けると健康になるというジュースが300万円分。売りさばくことができず、自宅に在庫がたまってきたころ、騙(だま)されたのかもと思い始めるのだ。
■講師として出掛けた先には、同じ顔の女性たちが…
筆者も騙されそうになったことがある。
「世の中に必要だけど、誰もやらないのなら、私がやるまでだ!」
その頃、税務署で働いている同僚が疲弊しているのを見かねて、メンタルヘルスケアを事業にしようと退職し、意気込んでいた。
「メンタルヘルスケア研修って、素晴らしい事業を始められたんですね。集客は私の方でするので、ぜひ講師をお願いします」
起業しての一番の悩み事は人を集めること。筆者は、そこに、まんまと付け込まれた。講師として、出掛けた先には全員同じ化粧品を使い、同じ顔をした女性が集まっていた。帰り際には、ご想像通り、その化粧品を勧められた。
“引き寄せの法則”という言葉があるが、どうも、筆者は人を引き寄せるタイプらしい。今まで、いろんな人が近寄ってきた。寄ってくる人はいい人ばかりではない。腹に一物もつ怪しい人も同じ確率で近寄ってくる。
ネットワークビジネスは商品を介して仲間を集める仕組みだが、物を介さないものもある。
宗教だ。
「あなたと同じように志の高い方が、たくさん集まる場があるんですよ」
そう誘われて、足を運んだ会場は、マンションの一室だった。部屋に入ると既に数名の人が席についていた。そして、英語で書かれた1冊の本を渡された。
「では、この本に名前を書いてください」
周りを見渡してみると、筆者以外の人は既に自分の名前が書いてある手垢のついた本を手にしていた。
「あれ? これはヤバいかも……」
筆者は、本を閉じ、そそくさとその会場を後にした。
■女性の弱みにつけこみ「勧誘」する悪徳業者たち
太宰治の『人間失格』の中にこんな文章がある。
ただ、自分は、女があんなに急に泣き出したりした場合、何か甘いものを手渡してやると、それを食べて機嫌を直すという事だけは、幼い時から、自分の経験に依って知っていました。
いつの時代も、女性は甘いものに弱いようだ。
昨今、投資セミナーと銘打って、自立した働く女性を囲い込もうとするビジネスもあるようだ。初回は無料だったり、高価なスイーツが振る舞われたりしているとしたら、それは、女性の弱みに付け込んでいるといえるのかもしれない。
筆者は、かつて、ネットワークビジネスをしている女性の税務調査を行ったことがある。彼女は、テレビCMでもおなじみ、誰もが知っている健康食品を扱っていた。
「ほら、見てください。これが以前の私です」
差し出されたモノクロ写真に写っている女性は、目の前にいる女性とは似ても似つかない所帯じみたおばさんだった。
「この商品を毎日摂取するようになって、私は、こころも身体も健康になり、こんなに若々しくなったんです!」
なるほど、こういうものを見せられると、専業主婦としてくすぶっていた人も、私もまだまだ捨てたもんじゃないと思い、その仲間に入ってしまうのだろう。
■大切なのは悪徳セミナーの存在を認識すること
男性の読者のみなさん。ここまで読んでいただけただろうか。もしかして、「な~んだ、今日は女性向けの記事か、俺には関係ない話だな」と思われたかもしれない。ここでちょっと殿方にも注意しないといけないことを1点お伝えしておこう。
「今日も飲んできたの!」「休みの日は子どもの世話ぐらいしてよね!」「どうして、給料があがらないの!」
毎日、顔を合わせると文句ばかり言っていた妻が、最近あまり小言を言わなくなったなあと感じたときは要注意だ。
夫に小言を言わなくてもよい状況になっているのかもしれないからだ。それは、ネットワークビジネスかもしれないし、宗教かもしれない。インターネットで小遣い稼ぎをしているかもしれない。
毎日、疲れて家路につき、いきなり近所の奥さま連中とのトラブルを聞かされるのも大変だろう。しかし、妻が毎日、どんなことを考えているのか、常日ごろからコミュニケーションを取っておかないと、妻は、騙されかけていることに気付かないまま、どんどん深みにはまっていくかもしれないのだ。
話をもとに戻そう。誤解しないでほしいのは、筆者は、ネットワークビジネスや投資セミナー自体を悪く言っているのではない。これから起業しようとする人や、一生懸命に働いて貯めたお金を有効に運用したいと思っている人を狙って、言葉巧みに誘い出し、洗脳しようとする人たちがいるのだという事実を知っておいてほしいと思うだけだ。
■盗難では税金が安くなるが詐欺ではならない
今年9月、筆者は、「ビーバップ!ハイヒール」という番組に出演した。「元国税調査官が明かす!怖~い税金トラブル」というタイトルだった。所得控除についていくつかクイズを出題し、その中で詐欺は雑損控除の対象にならないという解説をした。
雑損控除とは、災害や盗難、横領で被害を受けた人が、その損失の一部を所得から差し引くことができる、税金面での救済措置だ。
「え~、空き巣に入られたことを申請したら納める税金が少なくなるなるんですかぁ。知ってたら、申請したのに……」
「でも、振り込め詐欺とかで騙された人たちが税金面では救済されないっていうのは、どうにかならないものなんですかねぇ?」
出演していたタレントからは、そんな意見が出た。
国税庁のHPには、以下のような記載がある。
【照会要旨】
詐欺による損失は雑損控除の対象となりますか。
【回答要旨】
雑損控除は、「災害又は盗難若しくは横領」により生じた損失を対象としますが、「詐欺」による損失は対象となりません。
【関係法令通達】
所得税法第72条
現状、所得税法では、地震や火災などの損害に対しては、税負担を軽くする法律があるが、詐欺は、自分で判断して一端は合意したという点で「自己責任」。救済措置なしとなっているのだ。
■阪神・淡路大震災の際、臨時で出された通達
そうはいっても、所得税法は、その時代に合うように、少しずつ改正されたり、通達で補ったりしている。
少し古い話で恐縮だが、阪神・淡路大震災の際、国税当局は【阪神・淡路大震災に関する諸費用等の所得税の取扱いについて】という通達を出した。通常、控除は損害を受けた年の所得において適用されるが、この特例によって、大震災の前年である平成6年分の所得で適用できるようになったのだ。被災者は通常より一年早く還付金を受け取れることになり、復興の促進に貢献した。
なお、この通達による取扱いについては、個々の納税者の実情に応じ、懇切かつ具体的に指導するよう万全を期することとされたい。」
と書かれた文章は今も国税庁のHPで確認することができる。
当時、国税局の職員は、被災された方の感情を逆なでしないよう、毎日、スーツではなく、ジャンパー姿で被災地に通った。寒空の中、被災に遭った人たちと面談し、災害に関する費用を算出したのだ。このときの臨機応変な国税当局の対応に筆者は感服したのを覚えている。
「世の中、そんなにうまい話はない。ただより高いものはない。人を見たら泥棒と思え!」
こんなふうに言ってしまうと身も蓋(ふた)もないが、甘い言葉に惑わされないように用心する必要はある。
「あれ? これはヤバいかも……」
少しでも、「なんか違うな、これはちょっとおかしいかも……」と感じることができる、そういうセンサーを備えておくことが大切だ。起業する、しないにかかわらず、うまい話には裏があるとまずは疑ってかかることが、自分の身を守ることになる。
■きれいな標準語を話す大阪の市役所職員の正体
詐欺と聞いて、一番に思い出すのは、お年寄りを狙ったものだ。自宅に訪問するもの、電話によるもの、手口はさまざまだ。筆者は大阪在住。駅前のATMには、「ATMで還付金が受け取れることはありません」と色あせた紙が貼ってある。
数年前、筆者の自宅に市役所の職員と名乗る男性から電話がかかってきた。
【男】もしもし、市役所のものですが、還付金のことでお電話しました
なんともきれいな標準語だった。
【筆者】市役所の方なんですね。何課の方ですか?
【男】えっ、何課って……。」
男はすぐさま電話を切った。
悲しいかな、筆者の自宅の電話はナンバーディスプレイ機能がついていない。電話番号がわかれば警察に通報できたのにと、後悔している。
実家で老夫婦二人で住んでいるような場合、電話機も年季が入っているかもしれない。ボーナスで何か両親にプレゼントを考えているという方は、ナンバーディスプレイ機能がついている電話機を贈るというのも、詐欺被害を最小限にとどめることにつながるのではないだろうか。
■税法は詐欺被害者を救済できるのか
国税不服審判所のHPに、「いわゆる振り込め詐欺の被害に遭い、だまし取られた金額分の損失は、雑損控除の対象となる災害又は盗難若しくは横領による損失には当たらないとした事例」が公表されている。平成23年5月23日裁決のものである。
国税庁のHP【No.1110 災害や盗難などで資産に損害を受けたとき(雑損控除)】には、雑損控除に該当する損害の原因が列挙されている。
次のいずれかの場合に限られます。
(1)震災、風水害、冷害、雪害、落雷など自然現象の異変による災害
(2)火災、火薬類の爆発など人為による異常な災害
(3)害虫などの生物による異常な災害
(4)盗難
(5)横領
なお、詐欺や恐喝の場合には、雑損控除は受けられません。
わざわざ、「なお詐欺や恐喝の場合は、雑損控除は受けられません。」と書かれている。
警視庁は、特殊詐欺認知・検挙状況等について平成30年の特殊詐欺発生状況は、認知件数1万6496件、被害額363億9000万円と発表している。この数字をどう見るのか。騙し取られたお金は、国外に持ち出されているかもしれない。おそらく、課税ベースには乗っていないだろう。だとすれば、国自体も被害を被ったといえるのではないだろうか。
税法では、騙された人を救済することはできないのだろうか。筆者のような凡人にはわからない。偉い学者の先生や国会議員の方にぜひ、考えてほしいと思う。
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税理士
元国税調査官。産業カウンセラー。健康経営アドバイザー。日本芸術療法学会正会員。初級国家公務員(税務職)女子1期生で、26年間国税調査官として税務調査に従事。2008年に退職し、12年日本マインドヘルス協会を設立し代表理事を務める。著書に『税務署は見ている。』『B勘あり!』『税務署は3年泳がせる。』(ともに日本経済新聞出版社)、『調査官目線でつかむ セーフ?アウト?税務調査』(清文社)がある。
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(税理士 飯田 真弓)
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