芥川賞作家が語る"正義を疑わない人の残酷さ"
プレジデントオンライン / 2019年12月5日 6時15分
■世界を逆転させてみたい
――表題作の「生命式」は、死んだ人を食べながら男女が“受精”相手を探し、見つかったら退場して受精を行う「生命式」が国の奨励で行われている世界が舞台です。2013年に書かれたものだそうですが、執筆の動機は何だったのでしょうか?
村田沙耶香さん(以下、村田):デビューからずっと世界に対して違和感を持つ主人公を書いてきましたが、だんたんその世界そのものがあやふやに思えてきて、「逆転させてみたい」という気持ちになりました。現実とはまったく違う常識の中で、人が生殖し、普通に暮らしていて、主人公だけが読者と同じ価値感で物事を見ているような構図にしたいと思ったんです。
だけどもともとは、「山本のカシューナッツ炒め」というフレーズを思いついたことが始まりだったんです。鍋だとなんとなくグロテスクですけど、“カシューナッツが入ることで、ちょっと美味(おい)しそうになっている山本”というシーンが頭に浮かんだんです。そこからいろいろな世界観が生まれて広がっていった物語です。
「人肉を食べる」というのは、嫌悪されるべきものすごいタブーとされていますが、殺したのではなく、「亡くなったおじいちゃんを皆で食べてお葬式をする」という状況なら、実はおじいちゃんも嬉(うれ)しいかもしれない。「なぜ人間を食べちゃいけないの?」のように、小学生が思うような素朴な疑問をずっと忘れていない子供っぽさが自分にはあると思っているんです。自覚している以上に、その子供っぽさがいろんな物語のもとになっていると思います。
■「産まなきゃ」と思わされ、負担を強いられる女性
――「生命式」のあと、男女がそこかしこで“受精”して子供を産むことが奨励され、産んだ子供はすぐセンターに預けてOKという設定も衝撃的でした。
村田:実は生殖というテーマについては、そんなに意識していませんでした。私は未婚で子供もいませんが、同世代の女性の中には親から「とにかく産んで任務を果たさなければ」「血を引き継げ」と言われている人もいて、結構しんどそうだったんです。私は「産まなきゃいけない」とは全く思っていないのですが、「みんな『産まなきゃ』と思わされているのではないか?」という疑問は持っていたのかもしれないですね。
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――私も子供が欲しいと思ったこともないのですが、少子化のニュースなどを見ると少なからず「世の中に子供を提供できず、すみません」という気持ちにはなります。
村田:結婚した友達に「結婚願望あったんだね」と聞いたら、「あったのか分からないけど、『結婚しない』という強い意志があるわけでもなかった」と言っていたんです。そのあと痛い思いをしながら妊活もがんばっていたので、子供が欲しかったのかなと思ったら、「それもよく分からないけれど、『欲しくない』という強い意志があるわけでもないし、まわりもみんな作っているから」と言うんです。でも、一番負担がかかっているのは彼女。「男の人も産めればいいのになぁ」と思って、その後、男性にも子宮が付いてしまう話を書いたりしました。
■「正義」は快楽。集団心理の怖さ
――『生命式』に収録された作品は、世の中の常識に主人公が抗っている設定のものが多かったと思います。何かと「正しさ」を他人に求めてくる最近の世の中の空気へのカウンター的な意図もあったのかなと思ったのですが、いかがでしょうか?
村田:書く時はまったくコントロールせず「小説自体が発酵する」感じというか、長年感じてきた疑問から自然に出てくるものに任せて書いていきます。
「正しさ」ということには、ずっと疑問がありました。「正義」ってすごい快楽だから、怖いと思ってるのかもしれません。
子供の頃、異常に盛り上がる学級会の集団心理みたいなものを怖いと思っていました。たとえば「ビックリマンチョコ」を学校に持ってきた男子が槍玉(やりだま)に上がって、泣くまで責められて、なぜかみんな号泣している。でも家に帰ると「何だったんだろう。ビックリマンチョコなんて、たいしたことじゃないのに」と気付くんです。
インターネットを見ていても、「正義」を振りかざして、誰かの実名を挙げてバッシングして、永遠に続く地獄の学級会みたいに異常に盛り上がっているのを見ると、すごく怖いと思います。
何かを正しいと信じている時より、「正しさや正義って何だろう?」「残酷って何だろう?」と分からなくなりながら書いている自分のほうが、まだ信頼できる気がしているのだと思います。
■「異物」にならないよう、溶け込むことに必死だった
――最後の「孵化」という作品は、接するコミュニティーごとにキャラクターを変えてしまう女性の話でした。環境に過剰適応してしまうという人は多いと思いますが、これも村田さんの実体験から書かれたものでしょうか?
村田:小説ほど極端ではないですが、実体験も入っています。私はものすごく人の顔色をうかがう子供でした。お酒を飲める年になると、無理をしてすごく飲んでみたりして。そうすると「村田さん、いける口だね!」とみんな喜んでくれるから、まわりに溶け込める。当時のバイト仲間には、「めっちゃ酒豪の姉御肌」的存在に思われていたかもしれない。呪われているかのように「溶け込む」ことばかり考えていました。
――「溶け込む」ことに必死になったのは、何か理由があるのですか?
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村田:弾かれることが怖かったんでしょうね。子供のころ、学校では、異物として見なされて酷い目に遭っている子がいっぱいいましたから。「大人しい」ならいいんですよ。でも「大人しすぎる」と異物として扱われる。「ほどほどの個性」みたいなものを、みんな求めますよね。がんばって溶け込んで、嫌われないように、弾かれないように……という恐怖感がありました。
――そうした経験が創作の糧になっているのでしょうか?
村田:その圧力に対する苦しみみたいなものは、原点としてあるかもしれないです。
■読書で新しい価値観をインストール
――ユニークな発想や常識にとらわれない思考力はどんな職業でも大切です。鍛えるにはどうすればいいと思いますか?
村田:私は本を読むことで救われました。読書によって違う価値感がインストールされる。中学生くらいまでは「自分は女の子だから自分の人生はない」とごく自然に思い込んでいたのですが、高校生の時に山田詠美さんの小説を読んで、「セクシャルな行為を自分の意志でしてもいい。対等なんだ」という当たり前のことに初めて気が付いたんです。
映画やマンガでもよかったのですが、読書は言葉をいったん体にインストールしないといけないので、好きな言葉が自分のものとなって残る感じがいいのかなと思います。海外の作家さんの作品に触れたり、いろんな作家さんの価値観に触れられるアンソロジーから手に取ってみるのも、いいかもしれませんね。
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小説家
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞を受賞。『消滅世界』『地球星人』など著書多数。最新刊は書き下ろしの中編『変半身(かわりみ)』(筑摩書房)。
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(小説家 村田 沙耶香 構成=新田 理恵)
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