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なぜ赤提灯を見るとふらりと入りたくなるのか

プレジデントオンライン / 2019年12月5日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pierre Aden

無意識の行動には脳の働きが大きく関わっている。脳・神経科学分野の事業応用を手掛ける茨木拓也氏は「酒好きの私は赤提灯を見るとふらりと入りたくなってしまう。そのように脳神経系が条件付けされているからだ」という——。

※本稿は、茨木拓也『ニューロテクノロジー』(技術評論社)の第3章「マーケティングに脳科学を活かす」の一部を再編集したものです。

■お酒を好きになる前後で脳に起こる変化

昨日は好きでもなかった商品を好きになったり、ちっちゃいころにはまずいとしか思えなかったビールを大人になると死ぬほど飲むようになったり、私たちの好みはある程度変わっていきます。新たに何かを好きになったりするのには、それに対応した脳の情報処理の変化があるはずです。私はお酒が好きなので、お酒を例に考えてみましょう。

お酒を好きになる前後、ニューロンレベルの変化には次の3つくらい候補があります。

1.ニューロンが増える(酒を見たら手にとる指令を出すニューロンが誕生する)
2.シナプスが増える(酒を処理するニューロンと手にとるニューロンの間でシナプスが形成される)
3.ニューロン間の伝達効率がよくなる(酒を処理するニューロンと手にとるニューロンの間の信号伝達がよくなる)

脳内ではすべて起こりえることですが、3.の「伝達効率をよくする」ことが好みの形成も含めた学習の実態としてメジャーだと考えられています。

■関係ない情報処理を結びつける一番シンプルな学習

いちばん単純な学習が「パブロフ型条件づけ」というものです。あなたも「パブロフの犬」を聞いたことあると思います。ベルを聴くとよだれが出るようになるというアレです。

当初、ベルの音は、イヌにとっては好きでもなんでもないものです。つまり、「ベルの音を処理する聴覚ニューロン」と「よだれを分泌させるニューロン」の間にはほぼつながりがないわけです。ただ、「ベルを聴く」→(餌が出る)→「よだれが出る」をくり返していくと、次の3つのニューロンが連続的に活動することになります。

1.ベルの音を処理する聴覚ニューロン
2.餌を視覚的に処理するニューロン
3.よだれを出させるニューロン

2.と3.は元々強くつながっていて、2.が活動すれば3.も活動するようになっていますが、1.と3.のつながりがないニューロン同士も同期して発火する(細胞内電位がプラスになる)と、両者の接続性が強くなります。これが学習のメカニズムです。

パブロフ型条件付けとオペラント条件付け

■ニューロンの働きを解説

どんなメカニズムかを単純化しつつ、少し詳細に話します。

1.に続いて3.のニューロンが発火すると、「NMDA型受容体」という3.のニューロンの細胞膜にある受容体をふさいでいたマグネシウムイオンがとれて、カルシウムイオンが流入してきます。カルシウムイオンが流れこむと、3.のニューロン内にある「AMPA型受容体」(1.の細胞から神経伝達物質(グルタミン酸)を受けとって、3.の細胞内の電位をプラスにするために細胞外からナトリウムイオンを細胞内に通過させる、キャッチャー兼ゲートキーパーの役割を持った受容体)の「在庫品」が1.との接合部(シナプス)の細胞膜へと移動していきます。

これはつまり、1.の神経細胞からグルタミン酸を受けとるキャッチャーが増えた=伝達効率が上がった状態といえます。たとえば、これまでは1.が3.を活動させるためには1億個のグルタミン酸が必要だったところ、学習成立後には10個で済むようになった=ちょっとでもベルの音を処理する聴覚ニューロンが活動すればすぐによだれを出すニューロンも活動するようになった、というような状態です(※)

※ものすごく単純化して説明しているので、実際にはもっとたくさんのニューロンが介在していたり、複雑な処理があることを念頭においてください

■なぜ膝を叩くと足が跳ねあがるのか

以上のような伝達効率の変化を「LTP(Long Term Potentiation:長期増強)」と呼び、「同時に使ったらつながる」(逆に使わなかったらつながりが弱くなる)という神経系の一大原則となっています。このニューロン同士の接続性のダイナミックな変化こそが、学習の成立・記憶の形成・好みの変化を成り立たせていると考えられています。

ちなみに、このように学習で獲得された処理を「条件反射」と呼びます。「反射」自体は、より生得的かつ明示的な学習がいらない神経同士のつながりで起こるものです。たとえば、子どもの頃に膝蓋腱(しつがいけん)を叩(たた)いて足が跳ねあがる「膝蓋腱反射」を経験したことがあると思いますが、これは膝の「筋紡錘」というセンサー(感覚ニューロンが)が叩かれたことで、自動的に足を伸展させる運動神経を動かすというものです。

筋のセンサー(筋紡錘)ニューロン→脊髄の中継(介在)ニューロン→膝を動かす運動(アクチュエーター)ニューロン

これらの間が元々強く接続されているから起こるという、すごいシンプルなものです。パブロフ型学習による条件反射もそういう“接続が強固なニューロンのネットワーク”を形成するという意味では、似たようなものと捉えていいと思います。

■目の前の酒を飲めないのはかなり辛い

余談ですが、仕事で会津若松の高橋庄作酒店(「会津娘」というブランドで有名)という日本酒の蔵元に訪問させていただいた時、たまたまその年の初搾りの「春泥」というすばらしい新酒を試飲させていただける貴重な機会がありました。

が、しかし! 車で来ていたため、飲めない。その時、私の脳神経系は、新酒の香りを嗅ぐだけで、嚥下(えんげ)反射(喉の筋肉が飲みこむために動く反射)が起こりまくりましたが、前頭前野かどこかの抑制シグナルで何とか我慢しました。学習された反射回路に抗うことは、かように辛(つら)いものかと思いました。

ちなみに、英国の作家オルダス・ハクスリーが1932年に出した『すばらしい新世界』(原題は“Brave New World”)というディストピアSF小説では、「中央ロンドン孵化条件付けセンター」の心理学者たちが、「ネオ・パブロフ式条件反射教育室」で、花や草木の絵本を赤ちゃんに見せて、その後に電気ショックを与える訓練をするシーンが出てきます。これは好きにさせる逆、嫌いにさせる学習です。

これで赤ちゃんが育った後も、花や木などを愛することはなく、「田舎に旅行に行って自然だけ見て帰るような(金のかからない)非消費的な傾向をなくし、よりお金のかかるスポーツなどをするように」仕向けることができるわけです。

これはあくまで「消費」さえ科学的にコントロールされたSF小説の世界ですが、現実世界でも若年期から何かしらの条件付けを目指すアプローチはマーケティング戦術として身近に存在していそうです。

■アクティブに情報処理を結びつけることもできる

もう一段階複雑な、「オペラント(道具型)学習」というものがあります。たとえば、マウスがレバーを押したら報酬(餌)を与えることをくり返すと、やがて高頻度でレバーを押すようになったり、レバーを見るだけでそれを報酬と感じるようになったりするものです。

これは、パブロフ型のような受け身の学習ではなく、自分の行動選択が「報酬」か「罰」かいかなる結果をもたらすかを学習し、行動選択を変えていく、よりアクティブな学習様式です。ただ、この場合も、神経がつながるメカニズムは変わりません。

元々、「1.レバーの視覚的処理をおこなう視覚ニューロン」と「2.レバーを押す運動ニューロン」には何のつながりもありません。「レバーを見る」後に「レバーを押す」行動を起こした結果、たまたま報酬(餌)を得るという一連の体験をくり返すことで、1.と2.の伝達効率が高くなります。

また、1.と「3.報酬を扱うニューロン」同士のつながりも強くなります。結果、マウスの1.ニューロンが活動すると、3.ニューロンも自動で活動し、現象として「レバーを押したくてたまらないという渇望」のような状態になると考えられています。

■なぜ赤提灯を見るとふらりと入りたくなるか

人間でも、覚醒剤中毒の人は、注射器や腕を縛るゴムバンドを見てしまうと、猛烈に注射器で覚せい剤を打ちたい衝動に駆られます。それも、「視覚的な手がかり」が、「注射器を打つ」という運動行為を自動的かつ強烈に駆り立てる学習プロセスが背景にあるためと考えられます。

茨木拓也『ニューロテクノロジー』(技術評論社)

私が赤ちょうちんを見てしまうと、ふらりとその居酒屋に立ち寄ってしまうのも、「赤ちょうちん」という視覚的手がかりを処理する私の脳内のニューロンと、「立ち寄る」ための運動を起こすニューロンが(勝手に?)つながっているから、仕方ないのです。

このように感覚的な手がかり→行動→報酬のサイクルがくり返されて強化され、自動的に行動が起こる現象を「習慣」、それが本人の健康を害する程度にまでなると「中毒」、中間のグレーゾーンを「嗜好」と呼ぶのではないかと思います。

いわゆる「マーケティング」や「ブランディング」は、これら私たちの脳の学習メカニズムをターゲットとしたものであり、脳の知識、そして脳を見る各種技術(ニューロテクノロジー)をビジネスパーソンたちにも積極的に活用していただきたいと思います。

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茨木 拓也(いばらき・たくや)
株式会社NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット アソシエイトパートナー
1988年東京生まれ。早稲田大学文学部心理学科卒業。東京大学大学院医学系研究科医科学修士課程(脳神経医学専攻)修了(MMedSc)。同・医学博士課程を中退後、2014年4月にNTTデータ経営研究所に入社。総務省「次世代人工知能社会実装WG」構成員(2017年、第六回)。早稲田大学商学部招聘講師(2018年)。国際会議「脳科学の事業応用」第一回実行委員長(2019年9月)。神経科学を基軸とした新規事業の創生や研究開発の支援に多数従事。分野は製造業を中心に、医療、ヘルスケア、広告、Web、人事、金融と多岐に渡る。趣味は仕事と日本酒。共著に『製品開発のための生体情報の計測手法と活用ノウハウ』(情報機構社、2017年)がある。

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(株式会社NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット アソシエイトパートナー 茨木 拓也)

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