なぜ安倍首相は「韓国より低成長」を認めないか

プレジデントオンライン / 2019年12月6日 9時15分

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日本の経済はいいのか、悪いのか。精神科医の和田秀樹氏は「2018年の日本の経済成長率は、実質GDPベースで0.81%。193カ国中171位できわめて悪い。経済がボロボロといわれる韓国でも113位で2.67%だった。この経済低迷は、首相やその周囲が『自分たちは絶対正しい』と思い込んでいるからだ」という——。

■安倍首相は日本をアゲたのかサゲたのか

安倍晋三氏の首相在任期間が憲政史上最長となった。

スキャンダルめいた事象が次々に明るみに出るものの首相の座を維持し続けるのだから、それだけ人気が高いということなのだろう。安倍人気の原因はいくつも分析されている。

それまで政権がコロコロ変わり不安定だったが長期政権で安定感があるだとか、外国に対して強い態度がきちんと取れるだとか、戦後の押しつけ憲法を変えようとする姿勢に好感を持てるとか、私の周りでも安倍氏を評価する人はそう口をそろえる。

しかし、多くの国民には、そのような政治的な面より、景気を上向かせたことに対する支持のほうが強いように思われる。

実際、学校を卒業してもなかなか就職できない時代は終わり、空前に近い売り手市場になっており、失業率も下がっている。株価も比較的高値で安定している。当然、政府関係者や自民党が「アベノミクスのおかげ」と自画自賛するわけだが、グローバルな視点で見てみるとにわかに雲行きが悪くなる。

■2018年の日本の経済成長率0.81%。経済ボロボロ韓国でも2.67%

国連の統計では、日本の実質GDPの経済成長率は直近の2018年で193カ国中171位の0.81%。経済がボロボロと言われている韓国でも113位の2.67%なのだから低成長ぶりがわかる。

もちろんバブルがはじけて以来、日本の経済成長率の国際順位はずっと130位から190位くらいに低迷していたので、安倍政権が特別に悪いわけではない。しかしながら、安倍政権になってから一番いい年でも141位(2.00%)なのだから、とてもじゃないが経済を立て直したとは言えるはずがない。

写真=iStock.com/erhui1979
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ドル建てで計算する一人当たりのGDPの順位はもっと悲惨だ。IMFのランキングでは3万9304ドルで、調査国中26位で韓国の3万3320ドル(28位)と肉薄されている。安倍内閣発足時の2012年(12月まで民主党が政権を運営していた)には4万8633ドルで15位だったから、なんと9000ドル以上減っているのだ。

ヨーロッパも低成長だが、それをさらに下回るレベル。ドル建てでマイナス成長の現状をもって、経済政策がうまくいっていると誰が言えるだろうか。

■経済低迷の原因は首相らの「自分たちは絶対正しい」との思い込み

優秀なブレーンがつき、最大限の金融政策や財政政策を行いながら、こういうことが起こる背景には賢い人をバカにするメカニズムが働いているのではないか。

そのメカニズムが認知心理学で「スキーマ」と呼ばれるものだ。心理学の事典などでは、「かなり複雑で一般的概念についての知識の枠組み」と定義されている。

わかりにくいので例を挙げて説明しよう。

たとえばわれわれは足が6本ついている小さな生き物を見ると、それを初めて見ても「昆虫だろう」と思う。これは昆虫についてのスキーマがあるからだ。人間は、これまでの学習や経験をベースに思考をスキップして、「○○は××である」と瞬時に認知する。

セールスの経験を長く積んだ人の中に「あなたの話はよくわかりました」という応じ方を最初にしてくる人は、「結局は買ってくれない」というスキーマを持つ人がいるように。

■認知心理学用語「スキーマ」のメリットとデメリット

学習であれ、経験であれ人間はスキーマを作ることで思考をショートカットして、勉強でも仕事でも処理能力が増してくる。その一方、スキーマがあると、ほかの思考ができなくなったり、ものごとを決めつけてしまったりという弊害もある。

実際、認知心理学者の研究では、いったんこのスキーマができてしまうと、それがその後の情報処理や思考に大きな影響を与えることがわかっている。一般原則としては、そのスキーマが正しいと信じるように働いてしまうのだ。

ロヨラ大学心理学科のユージン・ゼックミスタとジェームズ・ジョンソンによると、スキーマを作った後の人間の情報処理は以下のように変わる。たとえば、ある人が「血液型がA型の人はまじめで几帳面」というスキーマを持ったとして説明してみよう。

■「やはりA型の人は几帳面だ」という思い込み

第一に、スキーマと一致しない情報より、一致する情報に注意が払われるようになる。たとえば、血液型がA型で「時間に几帳面である半面、整理整頓はルーズな人」がいた時、時間に几帳面な側面にばかりに着目し、整理整頓のルーズさを無視してしまう。その人と待ち合わせをしていて、時間通りに来ると「やはりA型の人は几帳面だ」ということになってしまうのだ。

第二に、スキーマと一致しない情報を受け入れにくくなる。その人の机の上がごった返していても、「A型にしては例外」「一時的なものだろう」「頭の中での整理はできていて何がどこにあるのかは把握しているはずだ」と自分のスキーマが間違っている可能性を考えずに、その情報を否定する方向で考えてしまう。

写真=iStock.com/letty17
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第三に、スキーマと一致する情報のほうが一致しない情報より覚えやすくなる。その人についての記憶としては、待ち合わせの時間通りに来たことは記憶に残るのだが、机の上がごった返しているのは忘れてしまいがちになる。

第四に、スキーマと一致するように記憶を歪ませることもある。そのごった返していた机の上の書類の中で茶色い大きな手帳のようなものを見たとすると、勝手にシステム手帳がおいてあったと記憶してしまうことがあるのだ。そうなってしまうと、その記憶は疑えなくなる。「今でもスマホに頼らず、システム手帳を使うのは、やはりA型だね」ということになってしまうのだ。仮に、その人が「システム手帳なんか使ったことがない」と答えても、自分の見間違い、覚え間違いとは考えずに、「あのときに机の上に置いてあったじゃないの」と問い返すかもしれない。

■「アベノミクスは正しかった」という思い込み

重ねていうが、スキーマを作るのは人間の情報処理能力を高めるためにごく普通に生じる適応現象であり、スキーマそのものが悪いものではない。むしろ、人生経験や学習経験でいろいろなことに対してスキーマをきちんと作っておかないと、判断がてきぱきとできない人間といった烙印(らくいん)を押されることもあるだろう。

しかし、スキーマに縛られすぎると、ほかの考えが浮かばないだけでなく、情報を歪曲したり、自分のスキーマに当てはまるような情報にしか目に入らなくなったり、都合の悪い情報を無視するようになってしまうのが危険なのだ。

アベノミクスそのものは、財政政策にせよ、金融政策にせよ、理論上は妥当なものだし、それを組み合わせるというのも妥当な考え方と言える。

ただ、「だから、すべての施策が正しい」という方向でスキーマが働いてしまうと、株価が上がったとか、失業率が下がったという都合のいい情報にしか注意がいかなくなる。さらに、私が冒頭で述べたように、都合の悪い情報を無視したり、否定したりする方向で思考が働いてしまう。実際、国民の中にもそうした人が少なくないように感じられる。

写真=iStock.com/recep-bg
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「財政出動を十分に行えば景気がよくなる」「金融緩和を十分に行えば景気がよくなる」というようなスキーマは、旧来はうまくいったし、理論上も正しいとされてきたことのため、よりスキーマになりやすい。また、それを自ら否定することが困難になりやすく、他者の批判を受け入れにくくなる。

■自らの施策に疑い目を持ち、ほかのやり方を試そうとはしない

しかし、前述した経済対策などが少しでもうまくいっていない可能性があるのなら、「今の時代は、そうとは限らないかもしれない」と自らの施策に疑い目を持ち、ほかのやり方を試してみたほうが結果的によくなる可能性も高い。

「消費不況なので、むしろ増税をして経費を認めるほうが、人々はお金を使うのではないか?」
「社会保障に金を使って、人々に安心感を与えたほうが、人々はお金を使うのではないか?」
「MMT(現代貨幣理論)を信じて借金を恐れず大減税を行えば景気がよくなるのではないか?」
「相続税を思い切り高くすれば、お金を残しても損なので、高齢者が金を使うのではないか?」

というふうに、これまでの理論では「トンデモ」と思われることでも、試してみるとうまくいくことがあるかもしれない。3年くらい試してみて、うまくいかなければ別のものを試すという姿勢があれば、9年の任期があるのなら、3つの経済政策を試すことができる。

■高学歴の人のほうが極端なスキーマに陥りやすい

政治の世界では、実際には、そんな大規模な実験は難しいだろうが、仕事や学習面では、スキーマから脱却することで、いろいろなことが試せる。

これまで学んできたことや、経験的に正しいと信じてきたことが、今の時代には合わなくなっていることは珍しいことではないだろう。そうした際に、スキーマに支配されていると、新たな考えを受け入れることは困難であるし、それを試す気にはならない。

問題は、高学歴の人のほうがこれまで学んできたことが正しいと思い込みやすく、スキーマにとらわれやすいことだ。また、これまで仕事でうまくやってこられた人ほど、これまでのやり方や経験則が正しいというスキーマにとらわれやすい。

写真=iStock.com/taa22
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いわば、これまで極めて賢かった人がいつの間にか頭を柔軟に働かせられない「バカ」になってしまうのだ。

■本来賢い医師がなぜか「バカ」になってしまう理由

スキーマが強いと経験から学べないことも大きな問題だ。たとえば「東大卒は性格が悪い」というスキーマを持つ人が、たまたま飲み屋で出会った東大卒と意気投合しても、スキーマの働きによって「これは例外だ」という情報の処理の仕方をしてしまう。

その後、同じく東大卒の人に親切にされても、「俺は運がいい。例外に2件続いてあたった」と考えてしまう。その人が生まれてこの方東大卒に2人しか会ったことがなくても、そのようなスキーマは変わらないのだ。

医学の世界でも、「コレステロールが高めの人のほうが長生きする」というのは、世界中の疫学調査で明らかにされており、やや太め(BMI25前後)が長生きするというのも多くの国の疫学調査ですでに認められている。

ところが、こうした客観的事実を受け入れる医学者は少なく、「調査の仕方が悪かった」というような批判をする。もちろん、これとは逆に、新たな知見を無批判に受け入れるというスキーマを持つ人もいるが、自分と異なる意見を認める姿勢をもったり、頭ごなしに否定せずに試してみたりするのが学者や医師という職業に必要なスタンスではないだろうか。

仕事や勉強がうまくいっていないとき(安倍氏の問題は経済運営がうまくいっていないことを認めないことだと私は考える)、「自分がなんらかのスキーマにとらわれ、現時点では不適応になったやり方や思考を続けていないか」と自己チェックする姿勢を持てるかどうか。その姿勢を常に忘れないことが、本来、賢い人間や仕事ができる人間がバカになってしまうことを防ぐと私は信じている。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。東京大学医学部卒業。ベストセラーとなった『受験は要領』や『「東大に入る子」は5歳で決まる』ほか著書多数。

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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

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