苦情魔ほど「お金の問題ではない」と主張する訳
プレジデントオンライン / 2019年12月16日 11時15分
※本稿は、島田直行『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■“カネ”で解決は最悪な選択
クレーマーは執拗に関わってくるため、担当者としても「どうにかしたい」と考える。もっとも手っ取り早い解決方法は、金銭的解決である。
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しかし、「いくらか支払って、この地獄から逃れることができるならば」と安易に考えることは危険だ。もっとも簡単な方法は、もっとも危険な方法でもある。「クレーマーをカネで解決させる」のは最悪な選択であって、本質的な解決にはならない。
いったんカネで解決してしまうと、あらゆるトラブルをカネだけで解決する社風が次第にできあがってくる。そんなことをしていたら、あっという間に会社の資産がなくなる。しかも「うちの社長はいつもこれだ」と社員のモチベーションも次第に下がってくる。
カネとはおそろしいもので、いったん使いだすと「使うこと」があたりまえになってくる。カネに頼らないクレーマー対応のノウハウも蓄積されない。
クレーマーは、会社がカネを出すことがわかれば、できるだけ多く手に入れようと知恵を絞る。いったんカネを受け取っても、「あれも損害だ」と事後的に指摘して、さらなる要求を突きつける。
会社としても「カネで解決した」という後ろめたさがあるため、言われるがまま支払いに応じることになりかねない。
■「被害にあった」という主張だけでは賠償を求められない
損害賠償を請求するには、あたりまえのことだが、具体的な根拠が必要である。クレーマーが単に「自分が被害にあった」と主張するだけでは、損害賠償を求めることはできない。
いかなる加害行為があったのか。それは誰かのミスによるものであるのか。本当に損害が発生したのか。そういったことを緻密に確定していかなければならない。
これはクレーマーから損害賠償を要求された場合においても同じである。いかなる事実が発生したのかもはっきりしないまま、相手に金銭的給付をするべきではない。それはかえって相手につけ入るスキを与えることになる。
しかも損害額について、クレーマーの言われるまま支払ってはいけない。本当に損害が発生したのか、その損害は会社のミスと因果関係があるのかを根拠に基づいて確認してからの支払ということになる。
■根拠のない要求に応じる必要はない
会社として支払うべき賠償額は「損害として妥当なもの」であって、「クレーマーが損害として主張するもの」ではない。慣れない経営者は、相手から領収書の提出もないまま、治療費やクリーニング代を支払ってしまう。
これでは相手が本当に負担したものであるのかわからない。支払うときには、根拠をきちんと押さえておかなければならない。そうしないと、言われるがまま負担することになる。
金銭的要求を目的とするクレーマーに限って、「お金の問題ではない」と口にすることが多いから不思議だ。そのようなときは「金銭的な解決は一切求めないということでいいでしょうか」とあえて念を押してみるといい。そのときの反応で相手の本心もわかる。
もちろんケースによっては、金銭的解決がやむを得ない場合もある。ただし、金銭的解決ありきの解決方法には十分注意していただきたい。
■「慰謝料を支払え」に尻込みしてはダメ
クレーマーが金銭的要求をする場合、「慰謝料」という言葉をチラつかせてくることが多い。「慰謝料」という言葉は珍しいものではなく、誰しも知っているだろう。交通事故の慰謝料、離婚時の慰謝料、ハラスメントの慰謝料など、様々な場面において慰謝料は交渉の対象になってくる。
もっとも「慰謝料とは何か」と踏み込んだとき、明確な説明ができる人はそれほど多くない。我々は、このように定義が曖昧な言葉を「あたりまえの言葉」として利用していることが少なくない。正確な意味を把握しないまま利用しているがゆえに、かえって間違った影響を受けることがある。
クレーマーから「慰謝料を払え」と指摘されると、それだけで「自分に非があったのではないか」と考えるのは拙速にすぎる。これでは慰謝料は言った者勝ちということになってしまう。そういうものではない。慰謝料は、ある行為によって受けた精神的苦痛を金銭的に評価したものである。
■慰謝料を求めるための3つのプロセス
クレーマーが慰謝料を請求するには、以下の3つのプロセスを経る必要がある。
②会社のミスで精神的な苦痛を受けたこと
③精神的苦痛を金銭的に評価すること
クレーマーの特徴は、思考のプロセスを経ることなく、とりあえず慰謝料を要求してくるところにある。たとえばクレーマーから「慰謝料を支払え」とプレッシャーをかけられたとしよう。こういうときにはたいてい具体的な金額の提示はない。
ひたすら「慰謝料を支払え」というものだ。弁護士が慰謝料を請求するときには、一般的に行為を特定したうえで慰謝料として「○○円を支払え」と明示する。クレーマーから具体的な金額の指摘がないことこそ、内容について精査していないことの表れだ。
■主張を書面で提出させる
では、実際にクレーマーから慰謝料を要求された場合の対応について検討していこう。
まずは「当社のいかなる行為によって精神的苦痛を感じられたのでしょうか。恐れ入りますが、具体的な行為を整理して書面にてお伝えください。社内にて確認させていただきます」という反論から始めてみるといい。
クレーマーは、自分の満足感を得ることが目的であるため、体系的に何かを要求し、説明することが苦手だ。時間の経過によって主張が変わってくることも珍しくない。
クレーマーは「いかに自分を有利にできるか」という観点から、担当者の様子を見ながら場当たり的な対応を実施する。「全体としてどうか」ということに興味はなく、「この場で有利になればいい」という判断が先行する。
担当者にとっては、主張が変化していくことがストレスの要因にもなってくる。だからこそ、「何をもって慰謝料を主張しているのか」を確定させるといい。しかも発言内容がぶれないよう、書面で提示してもらうべきだ。
■具体的な説明がないなら支払う必要なし
おそらくクレーマーからは「これまでのいろいろな経過だ。わかるだろう」と反発を受けるかもしれないが、気にすることはない。訴訟において、慰謝料を請求する際には具体的な行為を特定する必要がある。
行為を特定しなければ、反論する対象が設定できないからだ。単に「これまでの一連の流れで辛い思いをした」というのであれば意味がない。
たとえば、パワハラが争われた場合でも、「長年にわたって上司から不適切な発言を受けた。だから200万円を慰謝料として求める」というだけでは不十分だ。具体的に、いつ、誰が、どのような発言をしたのかなどの特定を要する。
クレーマーは、行為を特定することがなかなかできない。ひたすら「これまでのやりとり」という抽象的な発言にこだわる。そういうときは「具体的な行為が不明のままでは慰謝料と言われましても、検討しかねます」と断ればいい。
■慰謝料には内容によって相場観がある
仮に会社にミスがあって慰謝料を支払うことになったとしても、金銭的評価については慎重な判断を要する。慰謝料は、「精神的苦痛」というカタチなきものを金銭的に評価するものであるため、明確な評価基準がない。同じ行為を受けたとしても、強く傷つく人もいれば、さして気にしない人もいる。
そのため、慰謝料といっても相場観というものがある。これは過去の類似した判例から集積されたものだ。類似した事案で過去に慰謝料として認定された額を基本にしてしかるべき慰謝料を検討していくことになる。
たとえば、不貞が原因で離婚となった場合の慰謝料は、だいたい150万円から200万円といったところであろう。300万円を超える慰謝料というケースはあまり目にしない。もちろん、実際には行為の内容や被害の程度によって異なるが目安というものがある。
たいていの場合、クレーマーの想定する慰謝料の相場は裁判所の相場を大幅に超えている。言われるがまま支払っていたら、クレーマーをさらに助長することになる。いっそ訴えられて適切な損害を確定してもらうのもひとつの手だ。
慰謝料を支払う場合には、事前に弁護士に相談して、事案の内容から適切な賠償額なのか確認することをお勧めする。
■押さえておくべき賠償交渉のプロセス
それでは、賠償金を支払うとなった場合の具体的なプロセスについて要点を押さえておこう。ポイントになるのは「事実の確認とカタチの確保」である。
たとえば、飲食店で、顧客から「(食事後)体調が悪くなったので、医者に行こうと思うから、いくらか支払え」との苦情が出されるときがある。経営者としては、身体のことであるから心配になり、すぐに「わかりました」ということになる。
だが、本当に体調が悪くなったのかどうかはまだ確認していない。しかも、相手が実際に病院に行くのかもわからない。
したがって、この段階では「病院に行く」ことを前提にして話を進めるのは必ずしも適切ではない。まずは病院に行ってもらう。カネを支払うには、その根拠をはっきりさせなければならない。
治療費についても一旦立て替えてもらって、領収書と引き替えに支払うべきだ。治療費を用意できないというのであれば、病院に事情を説明して会社が病院に支払うということでもいいだろう。領収書もない状況で相手に治療費を支払うのは避けるべきだ。
■入院期間が長引いた場合
ケースによっては、通院が不必要にいつまでも続く可能性もある。こういった場合の慰謝料は、通院期間がひとつの基準になるため、通院期間が長くなると治療費のみならず慰謝料も不必要に高くなることが懸念される。不必要に治療が長引く場合は、いずれかの段階で治療費の負担を停止することもある。
治療費の負担を打ち止めすると、「被害者の意向に反して打ち切るなどおかしい」と言ってくる人もいる。そういうときは「治療の範囲について争いがあるのであれば、訴訟で判断をしてもらうほかにないです」と答えるのもひとつの手である。
訴訟においては、被害者とされる者が要求する治療費のすべてが損害として認定されるとは限らない。認定されるのは、あくまでも会社のミスと因果関係があるものである。その他のクリーニング代、あるいは交通費といった損害についても、同様に領収書などの客観的な資料があることを確認したうえで支払いに応じるようにする。
クレーマーのなかには、実際には損害が出ていないのに「将来において損害になる」ということでまとめて請求してくることもある。そもそも損害が発生していないのに、発生したと請求してくる者もいる。根拠もなく支払うことがないよう、社内で支払基準を定めておく。
いったん支払ってしまうと、クレーマーは「ここはカネが出やすい」として、より多くの請求をしてくることが懸念される。賠償をするときには、事実の確認ができてからという姿勢を徹底していただきたい。
■支払った後は必ず合意書を交わす
損害が確定して支払いということになったときは、「これで終わり」というカタチをできるだけ作るようにする。具体的には、合意書や示談書といった書面を作成する。
「このくらいのことで書面のやりとりはわずらわしい」「署名を求めるとかえって相手の感情を逆なでするかもしれない」といった考えもあるかもしれない。しかし、そういった心理的負担などを考慮したとしても、できるだけ作成するべきだ。それが社員と企業を守ることになる。
クレーマーは流動的である。いったん収まったと安堵していたら、しばらく時間をおいて再度要求してくることもある。そういった繰り返しを法的に縛るためにもなんらかの合意書面は作成しておくべきだ。
■支払いは必ず振り込みにする
書面には、支払うべき金額や「今後の請求を一切しない」ということを明記しておく。そうしないと、当事者双方に「終了した」という自覚が生まれないのみならず、法的にもさらなる要求ができる余地が出てくる。
最近は、こういった合意において「SNSなどへの書き込みを削除し、今後においても掲載しない」などといった取り決めを入れることがある。ケースによっては、「第三者に交渉の経緯や内容を口外してはならない」という取り決めまで含めることもある。
会社として困るのは、「あの会社からいくらもらった」という一部の事実だけが周囲に広まることである。「あそこは言えばお金が出てくる」という印象を広めるわけにはいかない。こういった書面の作成において、クレーマーは「金銭の支払いがある」という点に意識を集中している。だからこそ、書面を作成する際には、できるだけ会社にとって有利な条項を盛り込むようにする。クレーマーも柔軟な姿勢を見せやすい。
ここは将来においてのポイントになるので、事前に弁護士に合意内容を確認してもらうべきだ。せっかく書面を作成しても落ち度があれば意味がない。相手に対する支払いは、できるだけ現金の授受を避けて本人名義の口座への振込みとする。
現金の授受の場合には、相手が受け取るだけ受けとって領収書を用意していないことがある。訴訟になっても「もらった覚えがない」と言われたら終わりである。振り込んだ証拠が残るように振込にしたほうがいい。クレーマー対応の終止符には、それなりのこだわりを持つべきだ。
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島田法律事務所代表弁護士
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒、山口県弁護士会所属。著書に『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)がある。
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(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行)
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