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この20年でニューハーフ嬢が10倍に増えたワケ

プレジデントオンライン / 2019年12月10日 17時15分

鈴木春信「色子の送り」(18世紀)。江戸時代、セックスワーク専門の少年を「色子」といった。付き添いの男とともに、仕事先に向かう色子の姿は、当時の娘と変わらない。 - 所蔵=山種美術館

性風俗の世界で、「ニューハーフ風俗」という言葉が注目を集めている。元男性や女装した男性が、男性客を性的サービスでもてなす業態だ。性社会・文化史研究者の三橋順子氏は、「ニューハーフ風俗はこの20年で控えめにみても10倍に急増している。しかもペニスのサイズを誇る『男らしい』風俗嬢が増えている」という——。

■そもそも「ニューハーフ」とは何か

2019年10月6日に鹿児島市で開催された第39回日本性科学会・学術集会のシンポジウム「セックスワーク:論じられてこなかった視点とはなにか」(モデレーター:東優子大阪府立大学教授)で、とても興味深い報告があった。

それは、畑野とまとさん(ライター/トランスジェンダー活動家)の「セックスワークの世界からみるトランスジェンダーの性」と題する調査報告で、近年の「ニューハーフ風俗」世界の変化を捉えたものだった。

ただ、会場の聴衆の反応は、そこに集まっていたのがセクソロジー(性科学)に関心がある方であるにもかかわらず、「ニューハーフ風俗? それなに?」という感じで、冷淡ではあったが。

今、この文章を読んでくださる多くの方の知識も、似たようなものかもしれない。そこで、まず、用語を簡単に説明しておこう。「ニューハーフ」とは、元男性、あるいは女装した男性であることをセールスポイントにして営業している人の呼称で、1981年に生まれた和製英語(語源は桑田佳祐)である。

その業種は、主に3つに分けられる。ショービジネス(ダンサー)、飲食接客業(ホステス)、そして性的サービス業(セックスワーカー)で、私は「ニューハーフ3業種」と呼んでいるが、「ニューハーフ風俗」は、その3番目に相当する。

ちなみに「セックスワーク」とは、性的サービスを提供してその代価を得ることを「労働」の一種とみなす考え方で、1990年代に日本に入ってきた。

■ニューハーフ嬢がこの20年で控えめに見ても10倍に急増した

畑野さんは、インターネット上に見られる「ニューハーフ風俗」の広告を収集し、そこに従事している人の数が関東より北の地域だけで(あまりに多くて西日本まで集計できなかった)、延べ2000人になることを明らかにした。ただ、かなり重複しているので、実数は1600人ほどと推定している。

私は、以前、同種の調査を行い、1999年代段階で、東京都内でセックスワークに従事するニューハーフを90~100人ほどと推定したことがある。この数字は、1952年調査の都内の女装男娼の推定数とほぼ同じだった。

つまり、調査範囲がやや異なるものの、20世紀後半にほとんど増加が見られなかったニューハーフ風俗の従事者が、21世紀に入って急増したことを示している。その増加率は控えめに見て10倍、おそらく10数倍と思われる。

■今は竿あり・玉ありのニューハーフ嬢が半数

さらに興味深いデータがある。畑野さんの調査による従事者の身体状況は、性別適合手術済(ペニス&睾丸除去+造膣)が3%、竿あり・玉なし(ペニス有り、睾丸除去、女性ホルモン投与)14%、竿あり・玉あり(ペニス・睾丸あり、女性ホルモン投与)51%、男性のまま(竿・睾丸あり、女性ホルモン投与せず)31%、不明1%となっている。

20世紀末段階のニューハーフ風俗の主流は竿あり・玉なし(有り無し)で、竿あり・玉あり(有り有り)は、それに比べて少なかった。それが大きく逆転している。以前は有り無しにしても有り有りにしても、女性ホルモン投与は必須だった。ところが、現状は、手術はもちろん女性ホルモンも投与していないほぼ男性のままの身体(脱毛はしているかもしれない)の人が31%もいる。

私が知っている20世紀末の状況では、男性のままの身体では、ニューハーフ風俗では使いものにならなかった。せめて、乳房が膨らんでないことには……。

さらに、畑野さんの報告で驚愕したのは、ニューハーフ風俗の広告に、ニューハーフのペニスのサイズ(長さ)が表記されているという話だった。中には「20cm超級」というのも……。あり得ない。いや、あり得ないのはサイズではなく、ペニスのサイズをわざわざ記すことが。

これはいったいどうしたことだろう? 以下、いたってマイナーな世界の話だが、この大きな変化について、私なりの考えを述べてみたい。

■「派遣型」へのシフトで多くの嬢が在籍できるように

まず、量的な激増について。これには3つの要因が考えられる。第1は営業形態の変化だ。以前は「店舗型」、つまり店舗を設けてそこにニューハーフ風俗嬢が待機し、店内の個室で性的サービスを行うのが主流だった。ラブホテルなどに出張することはあったが、あくまで店から出張する形だった。

それが2000年代に入ると「派遣型」が主流になっていく。ニューハーフ風俗嬢は盛り場の喫茶店や自宅で待機していて、事務所からの連絡を受けて、顧客の自宅やラブホテルに派遣される。この形態だと、風俗嬢が待機、仕事をするスペース(店舗)が不要になり、連絡拠点の事務所さえあればいいことになる(しかも、盛り場にかまえる必要もなくなる)。そして、ネット上にサイトを設けて広報すればいいことになった。

場所の制約がなくなったことで、事業者はより多くの風俗嬢と契約を結び「在籍」させることが可能になった。中には稼働率が悪い人がいたとしても、ネット上のスペースは無限に近いので障りにはならない。逆に「売れっ子」なら同系列のサイトに重複して載せることも可能だ(その場合、実際には巡回営業になる)。

第2は、インターネット、さらにSNSの発達である。これによって、個人、それに近い小グループでの営業が容易になった。以前は、店に赴き、店長と面接して、採用されなければ営業ができなかったが、今ではその気にさえなれば、翌日にでも個人営業を始めることができる。ニューハーフ風俗業界への参入の障壁が大幅に下がり、参入する人が増えた。

■古来から女装男娼は“受け”だった

これらは、供給側の変化だが、それに見合う需要の拡大がなければ、業界は維持できない。第3として、インターネット、SNSの発達により、顧客のアクセスが飛躍的に容易になり、それが需要の拡大につながった。つまり、ニューハーフ風俗の「市場」規模自体がかなり大きくなったということだ。

次に、質的な変化について。女装した男性が客の男性に性的サービスを行うという営業形態は、世界的にかなり古くからあり(おそらく紀元前から)、日本でも江戸時代の陰間茶屋、昭和期の女装男娼など長い歴史を持っている。そこで一貫しているのは、男性客が能動側(ペニスを挿入する側)、男娼が受動側(挿入される側)という形だ。

1984年に始まる「ニューハーフ風俗」という営業形態も、その伝統をしっかり受け継いでいた。ニューハーフ風俗嬢は顔や胸を女性化し(でもペニスは残し)、その「女らしい」容姿で男性客を魅了し、アナル(肛門)に客のペニスを受け入れて、快楽を与え射精に至らせるのを主な仕事にしていた。

所蔵=国際日本文化研究センター
鈴木春信「艶色真似ゑ門」から(18世紀)。陰間茶屋の場面。一見、男女の性行為のように見えるが、よく見るとペニスが2本あり、上に乗って若旦那のペニスを受けているのは、女装の少年であることがわかる。 - 所蔵=国際日本文化研究センター

■半数近くの嬢が客のアナルに挿入することができる?

ただ、「逆アナル」と呼ばれる、客が受動側、ニューハーフ風俗嬢が能動側というサービス形態もあった。しかし、あるにはあったが主流ではなかった。

なぜなら、睾丸を除去して男性ホルモンの供給を絶ったり、女性ホルモン投与でホルモンバランスを女性に傾斜させているニューハーフ風俗嬢の多くは、「逆アナル」をするだけのペニスの勃起硬度・持続時間を保つのが難しかったからだ。たとえ、身体的には可能でも、より「女らしく」ありたいニューハーフの心理から、能動の役割に立つことに抵抗感を覚える人も多かった。

ところが、畑野さんの調査によると、睾丸除去や女性ホルモン投与をしていないニューハーフ風俗嬢が全体の31%もいる。この人たちは身体的には若い男性そのままだから能動側になることに問題はないだろう。

さらに、51%いる竿あり・玉あり・女性ホルモン投与の人たちの中にも、女性ホルモンの投与量を控えめにして、能動側が可能な人がそれなりにいるはずだ。おそらく、現状は、全体の50%近いニューハーフ風俗嬢が「逆アナル」可能と推測され、さらには「逆アナル」専門の「男らしい」ニューハーフ風俗嬢もかなりの数いると思われる。

■嬢のペニスサイズは選択指名の重要なポイント

こうした変化がなぜ起こったかといえば、それは男性客の需要に応じてだろう。「逆アナル」をしてほしい、受動の側になりたい、さらに言えば、ニューハーフに犯されたい男性客が増えたということだ。そうした男性客にとっては、ニューハーフ嬢の立派なペニスサイズはおおいに魅力であり、選択指名の重要なポイントになるだろう。

男性のセクシュアル・ファンタジー(性幻想)はきわめて多彩・多様だから、ペニスのある「女性」に犯されたいファンタジーを持つ男性は昔からいた。しかし、かなりマイナーな存在だった。それが、2000年代になってなぜ増えたのか? 正直言って、私にはわからない。「男らしさ」に縛られず自己の欲求に素直になれるようになったのなら、それは悪いことではないと思うが。

ただ、そうした男性客の需要に応じる形で、ペニスのサイズを誇る「男らしい」ニューハーフ風俗嬢が増えていることについては、伝統的な女装男娼の研究をしてきた者として、「女らしく」あろうした先人たちの苦心と努力を知るだけに、いささか微妙な気持ちになる。

■20年前から下がったニューハーフ嬢の相場

以上、畑野さんの調査報告について、私見を述べてきたが、最後に2つ、気になることを指摘しておこう。

まず、経済的な問題。ニューハーフ風俗の「市場」が拡大し、そこで働く人が大幅に増えたことは間違いないとして、急増したニューハーフ風俗嬢たちは果たして十分な収入が得られているのだろうか? という疑問だ。

性的サービス業は水商売よりさらに人気商売だから、昔からピンキリ、つまり収入上位者と下位者の落差が激しい。とはいえ、セックスワークのリスク(暴力被害、性病感染。女性のセックスワーカーの場合は、それらに望まない妊娠が加わる)を考えると、リスクに見合う収入がないとやれない。早い話、牛丼チェーン店で働く方が、収入が良いような金額ではセックスワークはやっていられない。

畑野さんの調査は料金について触れていなかったが、ネット広告をざっと見た限り、東京の大手は1時間1万6000~2万円が相場のようだ。私が知っている1990年代末の新宿の女装街娼の相場は90分2万円で、客がつかないとダンピングして1万8000円になり、1万5000円が下限だった。基本時間が異なり厳密な比較は難しいが、同水準かやや下がっている。少なくとも、20年経っているにもかかわらず上がっていない。

ちなみに、女装男娼のお値段は、同業の女性の2割引(8割)というのが歴史的に相場だった。敗戦後の1948年、女性が500円だったら400円、アフター・バブルの1990年代、女性が2万5000円だったら2万円というように。

■セックスワークにはそれなりの対価が担保されるべきだ

「人形のお時」『文芸読物』1949年2月号
ノガミ(上野)の男娼。敗戦後の1946~1948年、東京の北の玄関口・上野駅界隈には、女性の街娼とともに多くの女装男娼が集まった。「西郷さん」の銅像の下で客を待つのは、ノガミ男娼世界、第一の美貌といわれた「人形のお時」姐さん。 - 「人形のお時」『文芸読物』1949年2月号

女性の売春(非合法)相場が下がっている影響かもしれないが、やはり供給過剰なのではないだろうか。今までは供給過剰でも業者が暗黙の連携で相場を維持してきた。ところが、SNSを使った個人営業が増えてくると、一部で「値崩れ」が起こり、相場の下落をまねく。

先ほど、牛丼チェーン店で働く方が……と述べたが、このまま供給過剰が続き「値崩れ」が波及していくと、牛丼チェーンで働く方がマシという事態が生じかねない。現実に、ゲイのセックスワークでは、「牛丼一杯」とか「ワンコイン」(500円)という話を聞いたことがあるので、杞憂(きゆう)とは言えない。

セックスワークには、そのリスクに見合う対価が支払われるべきである。なにより、セックスワークと貧困がリンクしてしまうと、セックスワーカーの生活と人権が損なわれることになるからだ。

■法的な規制を一切受けないことへの疑問

次に、法制面。今まで、読んでくださった方の中に、ペニスの挿入(性交)をともなう風俗営業は禁止なのでは? と思った方もいるだろう。たしかにペニスを女性器に挿入する営業は、「売春防止法」で禁止されている。ただし、「売防法」でいう「性交」は「膣性交」であり、売春の行為主体は女性に限定されている。つまり、男性が行為主体の場合は、たとえ挿入行為が行われていても「売防法」には引っ掛からない。

「性交」をともなわない営業、例えば「ファッションヘルス」のような業態でも、女性が行為主体の場合は「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(風営法)の規制を受ける。

「福島ゆみ子」『読売新聞』1937年3月28日号
女装男娼「福島ゆみ子」。1937年、東京銀座で私服警官を誘い「密売淫」(無届け売春)の容疑で逮捕された。築地署で取り調べたところ男性であることが判明し、法律が適用できず釈放となった。 - 「福島ゆみ子」『読売新聞』1937年3月28日号

「風営法」では届け出の対象になる「性風俗関連特殊営業」を定義しているが、「店舗型ファッションヘルス」については「個室を設け、当該個室において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業」とし、「派遣型ファッションヘルス」についても「人の住居又は人の宿泊の用に供する施設において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業」としている。つまり、規制対象は「異性の客」の場合で「同性の客」の場合は対象にならないのだ。

だから、どんなに女性的な容姿のニューハーフ風俗嬢であっても、戸籍上、男性ならば、一切法的な規制を受けないことになる(ゲイ風俗の場合も同様)。つまり、法的に野放しなのだ。果たして、それでいいのだろうか?

■従来の法律ではもう対応しきれない

実は、近代日本の法律は、女装のセックスワーカーの扱いに、常に苦慮してきた(結論的には、法規制の枠外)。例えば、外科手術で作った人工の膣を使った売春行為は売春防止法で摘発できるかという問題はすでに1960年代に起こっている(結論は、戸籍上男性なら人工膣を使って売春しても摘発できない)。さらに最近では、まったく想定していなかった事態も現実化している。

現在、日本には戸籍上の性別を変更した人が約1万人いる。その6~7割は女性から男性に移行した人(Trans-man)と推定される。Trans-manの多くは子宮・卵巣は摘出しているが、膣はそのままになっている(膣を閉鎖するためには膣粘膜を剥離する必要があるが、出血量が多くなり、リスクがあるため、多くの場合、行っていない)。

三橋順子『新宿 「性なる街」の歴史地理』(朝日新聞出版)

そうした、膣を持つ男性の一部が、セックスワーク、具体的にはゲイ風俗に進出してきている。つまり、男性が膣性交を行うという、売春防止法がまったく想定していない事態が生じている。従来の法律では、もう対応できないのだ。

日本国憲法に保障された男女同権はもちろん、「LGBT」(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)が性的マジョリティーと同等の権利を主張している現在、女性が行為主体のセックスワークだけが法律の対象というのは、あまりにもバランスが悪いのではないだろうか。

私は、人身売買である強制売春、組織売春には絶対反対だが、個人の自由意思によるセックスワークは法律で禁止すべきではないと考える。むしろ、行為主体が女性であれ男性であれ、区別することなく、基本的に合法化し、法律によって届け出制にすることで、性風俗産業のアンダーグラウンド化を防止し、セックスワーカーのリスク軽減を図るべきだと考える。

ニューハーフ風俗の変化の話から、だいぶ広がってしまったが、最後に、調査データの使用を許可してくださった畑野とまとさんに、心から感謝したい。

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三橋 順子(みつはし・じゅんこ)
性社会・文化史研究者
1955年生まれ。2000年、日本最初のトランスジェンダーの大学教員となる。現在、明治大学、都留文科大学、関東学院大学などの非常勤講師。専門はジェンダー&セクシュアリティの歴史研究、とりわけ性別越境(トランスジェンダー)、買売春(主に「赤線」)の社会・文化史。著書に『女装と日本人』(講談社現代新書)、『新宿「性なる街」の歴史地理』(朝日選書)、共編著に『性欲の研究 東京のエロ地理編』(平凡社)など。

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(性社会・文化史研究者 三橋 順子)

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