「ぽっちゃり」を「給食エース」と呼ぶ教師の作戦
プレジデントオンライン / 2019年12月11日 11時15分
※本稿は、沼田晶弘『世界標準のアクティブ・ラーニングでわかった ぬまっち流 自分で伸びる小学生の育て方』(KADOKAWA)を再編集したものです。
■『ドラゴンボール』と『ワンピース』の違い
昔の人気漫画の一つ『ドラゴンボール』(集英社)は、結局、主人公である孫悟空一人がスーパースターの物語でした。もちろん、ベジータとか、ピッコロとか、脇役の活躍もしっかりと描かれてはいるのですが、戦いの最後、相手にとどめを刺すのは、決まって悟空の仕事だったのです。
世界的に有名になった『キャプテン翼』(集英社)でも、最終的に勝利を決めるゴールは翼くんですし、ほかの漫画でも、おいしいところは主人公が全部持っていきます。チームを組んでも、最終的には主人公に頼るのです。しかも、その主人公は、何でもこなせるオールラウンダー。
けれど、今の漫画は、主人公がオールラウンダーと言うより、さまざまなスペシャリストが集まってチームを組み、主人公もその中の一人という設定が増えてきたような気がします。その代表的なものが、海賊王を目指す『ワンピース』(集英社)ではないでしょうか。
もちろん、『ワンピース』でも、最後にとどめを刺すのは、主人公のモンキー・D・ルフィのことが多いのですが、悟空に比べてルフィには苦手なことがたくさんあります(悪魔の実を食べてゴム人間になったので、海に落ちるとおぼれてしまいます)。そして、そのルフィができないことを、周りの仲間たちが補っているのです。
■これからは「スぺシャリスト」の時代
刀を使うゾロに、狙撃がうまいウソップ、航海術に長(た)けているナミ、料理人のサンジ、医者のチョッパー等々。それぞれ得意な分野を持った人(動物?)がチームをつくり、ルフィ率いる海賊団を構成しています。
オールラウンダー一人が活躍する昔の漫画と、スペシャリストがチームを組んで活躍する今の漫画。その違いは、まさに日本の社会の移り変わりとぴったりと呼応しているように思います。
ボクも、受け持ったクラスを一つのチームと考えていますが、オールラウンダーとそれに頼る脇役という構図ではなく、スペシャリストたちの集団になってほしいと願っています。
それに、子どもたちは、誰もがスペシャリストになる素質を持っているので、それを見逃さずにしっかりと見つけ、育ててあげるのが教師の役割だと思うのです。
■からかわれていた子が「エース」になった
以前、受け持ったクラスに、背が高く、少しぽっちゃりした子がいました。そんなに太ってはいないのに、ときどき「ぽっちゃり」と言われてからかわれていたのです。ボクは、そんな彼を「給食エース」と名づけました。
ボクのクラスでは、給食を残さずに食べることを一つの約束にしています。そのため、全員が食べきれるように、最初に盛りつけるときは少なめに盛っています。そうすると、全員が残さずに食べきることはできるのですが、当然、クラス分の給食自体はたくさん余ることになります。それを、まだ食べられる子がおかわりをして減らすのです。
そんなとき、誰よりも活躍するのが「給食エース」でした。
彼は体が大きく、ほかのみんなよりたくさん食べられるので、必ず、毎回おかわりをしてくれていました。それでもまだ余っているときは、ボクは彼に「おい、エース、まだいけるか?」と声をかけます。まるで野球の監督が、マウンドにいる投手に向かって伝令を出すように。すると彼は「任せて」といった表情で席を立ちます。それが、たとえ4杯目のおかわりであっても、みんなの期待に応えるためにおかわりに向かうのです。
そんな「給食エース」の姿を見て、クラスのみんなから拍手が沸き起こります。その瞬間、彼はクラスのヒーローになり、彼のことをからかっていた子たちも、羨望(せんぼう)の眼差(まなざ)しで彼を見つめるようになりました。
■一点突破の自信が次への布石となる
彼を「給食エース」と呼んだことで、彼自身にもいい影響がいくつもありました。まずは自分に自信を持ってくれたということ。1学期が終わるとき、彼はボクの通知表に「『給食エース』にしてくれて、ありがとう」と書いてくれました。
でも、彼のすごいところはそれだけではなかったのです。
「給食エース」と呼ばれて自分に自信を持てたことが影響したのか、漢字テストや学習ノートなど、勉強でもぐんぐん成績が上がっていきました。どんな分野のことでも、一つのことで突き抜けて成功を収めると、その自信がほかのことも引っ張り上げてくれる。「給食エース」はそれを体現してくれたのです。
ある1点を突破したことによる自信によって、きっと2点目、3点目も続くはずだとボクは信じています。なぜなら、何か一つを成し遂げたという「成功体験」によって自分の中に「自信」が生まれ、その自信によって、もっとチャレンジしたい、もっと成功したいという「行動」となって表れるから。
少し変な例えかもしれませんが、恋人が初めて肉じゃがをつくってくれたとき、多少のお世辞を含んでいたとしても「おいしい」と言うことがありますよね。
すると、次はカレーライスをつくってくれたり、さらにはシチューだったり、最終的にはビーフストロガノフなどの凝った料理までつくってくれるようになるかもしれません。
でも、最初に肉じゃがをつくってくれたときに「おいしい」と言わなかったら、きっと次のデートからは外食ばかりになってしまうはずです。肉じゃががおいしくつくれたという一点突破の自信が、料理をつくるモチベーションにつながり、次々と新たな料理に挑戦してくれるようになるのです。
■子どもでも大人顔負けの特技がある
「給食エース」のほかにも、「鉄道ダリン」という、一点突破でスターになった子がいます。彼はとにかく鉄道の車内アナウンスが好きで、いつでもどこでもブツブツと練習しているので、バカにされていた時期があったそうです。
でも、彼には誰にも負けない特技があり、ある日、クラスの女の子がその特技の動画を撮ってボクのところに持ってきてくれたのです。そこには、電車の車内アナウンスを完璧に耳コピして、得意そうに披露している彼の姿が映っていました。しかも、英語のアナウンスまで完璧に真似をして。ボクは、その動画を見て、あまりのクオリティの高さに大喜びして、クラスのみんなに紹介しました。
この特技をきっかけに、彼はクラスのスターへの階段を上り始めました。ボクはこのアナウンスが大好きで、今では本人に許可をもらって、講演会のときに皆さんに聞いてもらっています。
■自信がつけば自分から学び出す
彼が注目を集めるようになると、「給食エース」と同じように、ほかの分野へも好影響が出始めます。
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もともと提出物を出すのを忘れがちだったのが、しっかり提出物を出すようになり、ほかのことにも積極的に取り組むようになりました。それでも、たまに提出物を忘れてしまうこともあったのですが、そんなとき「鉄道ダリン(というニックネーム)を剝奪するぞ!」と注意すると、「それだけは〜」と言って、次の日からまたしっかりとやってくれるのです。そうした姿を見ると、ボクは心の中でガッツポーズをします。
「給食エース」も「鉄道ダリン」も、ボクが考えていたのは、「何か一つの分野でも頑張れるものを見つけたい」という思いだけで、それで彼らにこのような呼び名をつけたのです。けれど、その一点突破によって、そのほかの分野にも意欲的になるのを知ったのは、彼らが証明してくれたおかげでした。
ボクもこのことによって、「自信をつける」ことの大切さをより実感しました。
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国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭
1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカ・インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学ぶ。スポーツ経営学の修士を修了後、同大学職員などを経て、2006年から現職。児童の自主性を引き出す斬新な授業が話題になり、日本テレビ『news zero』等で特集される。著書に、『「変」なクラスが世界を変える!』(中央公論新社)『家でできる「自信が持てる子」の育て方』(あさ出版)等。
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(国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭 沼田 晶弘)
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