韓国の本音「米国のせいで日本と断絶できない」
プレジデントオンライン / 2019年12月19日 9時15分
※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『日韓激突 「トランプ・ドミノ」が誘発する世界危機』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■声明文に滲み出る無念の思い
【佐藤】GSOMIAが失効する秒読みの段階にあった11月22日になって、なぜ、文在寅政権が「いつでも協定の効力を失効させることができるという前提のもと、終了通知の効力を停止させる」という、実にまどろっこしい表現で、協定の破棄通告を延期したのか、その背景を検証してみたいと思います。
【手嶋】文在寅大統領の無念の思いがこの声明文に滲(にじ)み出ています。本当は破棄したかったのだが、トランプ政権の圧力を前に妥協せざるをえなかった——と。その一方で、韓国内では「協定を破棄すべきだ」という声は、世論調査では半ばに達していましたから、手ぶらでアメリカの求めに応じるわけにはいきませんでした。
【佐藤】文在寅政権は「日本が実施している韓国への輸出規制の強化を巡って、局長級協議を行う」と発表し、こうした協議が行われている間は、WTOへの提訴手続きを停止することを明らかにしました。文在寅政権は、協定破棄を撤回するには、日本が韓国への輸出規制を撤廃するよう求めていたのですが、安倍政権は断じて応じられないとしていました。そのため、日韓が輸出規制を巡って協議することで折り合ったわけです。
もっとも日韓それぞれの折り合いの程度はだいぶ異なります。韓国は、GSOMIAの失効を停止するという決定的な譲歩をしています。これに対し日本は、GSOMIAとはまったくリンクさせない形で韓国がWTOへの提訴手続きを停止したからそれに対応して対話を行うとしています。つまり、GSOMIAとリンケージさせていない。
■トランプ政権のすべてを動員して日韓を説得
【手嶋】日韓が直に協議したのではない。トランプ政権が日韓双方に諮りながら取りまとめたのでした。アメリカは「仲裁役」ではなく、東アジアの「日米韓の三角同盟」の当事者として、GSOMIAの維持に動いたのです。トランプ政権の殺し文句は「協定を破棄すれば、中国や北朝鮮を利するだけだ」。エスパー国防長官、スティルウェル国務次官補などトランプ政権のすべてが動員されて、日韓の説得にあたりました。GSOMIAが単に機密情報の交換協定でなく、日米安保、日韓安保を補完する重要な役割を果たしていることが窺えます。
【佐藤】アメリカがここまで協定維持に真剣になったから、韓国としては譲歩する以外に選択肢がなかったのです。
文在寅大統領も、米韓同盟を事実上破棄する覚悟があれば別ですが。交渉の最終局面では、どうやって面子(メンツ)を保つかが焦点でした。安倍政権が輸出規制を巡る「対話」には応じてもいいと軟化したため、これが落としどころとなりました。安倍政権としては「対話」をするだけですから、僅(わず)かに譲ったにすぎません。
■日本が文在寅政権をねじ伏せたように見える構造
【手嶋】北朝鮮と中国の脅威を挙げて、当面は協定をなんとか維持したのですから、今後の対北交渉には少なからぬ影響を与えることになりそうです。トランプ大統領が、北の独裁者と恋に落ちて、米朝首脳会談を実現しながら、北朝鮮の非核化は少しも実現しないどころか、新鋭のミサイル開発・実験はどんどん進んでいます。米朝対話の推進役だったトランプ大統領とポンペオ国務長官が、協定維持の前面に姿を見せなかったのは、米朝対話の負の側面を物語っていると思います。
【佐藤】重要な指摘です。トランプ大統領とポンペオ国務長官がどこまで真剣にGSOMIAを維持しようとしていたのかがわからない。ただし、ペンタゴン(国防総省)と国務省の安全保障の専門家たちはこの協定をなんとしても維持しなくてはアメリカの国益が毀損(きそん)されると考えたことは間違いないと思います。
表面上、GSOMIAをめぐる危機は回避されたように見えますが、構造的には事態はいっそう深刻化していると思います。韓国人には今回の事態は日本がアメリカをうまく巻き込んで文在寅政権を力でねじ伏せたように見える。その結果、日本に対する韓国人の恨みの感情がいっそう蓄積されることになったと思います。
■「恋に落ちた」トランプと金正恩
【佐藤】文在寅にとっては、トランプと金正恩が「恋に落ちてしまった」ことも響いていますね。北朝鮮が何より望んでいるのは、自らの体制の保証にほかなりません。それを裏書きできるのは、アメリカしかいないのです。韓国や中国や日本に期待するのは、そのための従順なる仲介者の役割でしかない。
【手嶋】金正恩は、仲介者としての文在寅は、すでに賞味期限が切れていると踏んでいるのでしょう。韓国としては「反日共同戦線」をと考えていたのですが、すっかり当てが外れてしまったわけです。
【佐藤】光復節で文大統領が「南北協力を通じて、平和経済を建設して韓半島(朝鮮半島)平和体制を構築するために努力している」と呼びかけたのに対する北朝鮮の答えは、「我々は南朝鮮当局者らとこれ以上話すこともなく、再び対座するつもりもない」という、にべもないものでした。文演説で六回も強調された「平和経済」についての金正恩のコメントはさらに辛辣(しんらつ)で、「ゆでた牛の頭も天を仰いで大笑いするようなもの」と応じました。朝鮮語のニュアンスに詳しくない私にも、かなり侮蔑的な表現であることは理解できます。
■米朝にとって文在寅は「用済み」
【手嶋】2018年3月、ホワイトハウスで「米朝が初めての首脳会談に合意」という発表を記者団にしたのは、なんと「金正恩のメッセージ」を携えてトランプのもとに飛んだ、韓国の鄭義溶(チョン・ウィ・ヨン)・国家安全保障室長でした。歴史的な会談を実現させる仲介役を韓国は見事に果たしたのですが、わずか一年で仲介役としての存在感が薄れてしまいました。時の流れは、実に速い。
【佐藤】象徴的だったのが、2019年6月30日に、トランプが朝鮮半島38度線近くの板門店に足を運んで開かれた、米朝首脳会談でした。会談そのものが意味するものについては後で論じたいと思いますが、このとき文在寅にできたのは、会談の場所を貸すことだけだったのです。
【手嶋】握手して少し話して、写真を撮って、さようなら。
【佐藤】アメリカも北朝鮮も、もはや文在寅は「用済み」。「これからは二人でやっていくから、君はもういいよ」という露骨なパフォーマンスを世界に向けて演じたのでした。
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外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。
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作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2006年から作家として活動。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』『私のマルクス』『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』などがある。手嶋龍一氏との共著に『独裁の宴』『米中衝突』がある。
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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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