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鳥人ブブカがIOC理事になって今していること

プレジデントオンライン / 2019年12月22日 9時15分

IOC理事 セルゲイ・ブブカ氏

2020年に迫る東京五輪。暑さ対策や水質の問題が取り沙汰されるが、成功するのか。棒高跳びの世界記録を35回更新し、「鳥人」と呼ばれ、現在はIOC理事を務めるセルゲイ・ブブカ氏に聞いた。

■何も心配していない、まだ時間はある

日本は、私が訪問する国の中でも大好きな国のひとつです。素晴らしい思い出がたくさんあります。日本の方々のおもてなし、友情をいつも感じています。

また、スポーツにおいても大好きな試合先の1つでもありました。1991年の東京における世界陸上では棒高跳びで優勝しましたし、日本で多くの世界記録を樹立できました。

引退後はスポーツの運営に携わるようになり、現在は国際オリンピック委員会(IOC)の理事を務めています。2013年に東京での五輪開催が決まった際もそのプロセスにかかわっていました。

IOC理事としての経験でいうと、シドニー、北京、平昌の大会運営は見事だったと思いますが、東京五輪も大成功になるということを確信しています。日本はもともと高度に組織立っている国家ですから、その点は何も心配していません。スポーツに対する理解も深く、上質な観客も揃い、スポーツが持つ力を全世界に伝えるという意味で、これほどふさわしい舞台はないと確信しています。

開催時期が真夏になるため、暑さ対策が問題となっていますが、すべてのアスリートが同じ条件で競い、そして持てる力を十分に発揮できる環境は大切です。また、コンディションを整えるためにも、生活のリズムや、適切な睡眠の確保が必要です。そのうえで、アスリートたちは与えられた条件に合わせて調整を重ねていくのです。

「早朝に行われる競技を担当するボランティアは、終電で会場入りして、何時間も待つことになる」という意見もありますが、日本の組織委員会も当然時間のつぶし方くらいは考えるでしょう。ボランティアなくして大会は成立しません。私は誰よりも彼らに感謝しているのです。

お台場のオープンウォータースイミング(OWS)の問題も把握しています。19年8月のパラトライアスロンのワールドカップでは大腸菌のせいでスイムが中止になりましたが、環境の保護・浄化を促進することも五輪活動の重要な一部です。まだ1年の時間がありますから、これも日本の組織委員会が解決し、五輪のおかげで環境の浄化も進むでしょう。したがって、OWSについても会場の変更は必要ない、東京の名所で予定通り決行すればよいというのが私の考えです。

■何度となく政治に翻弄された

ここで私が何より強調したいのは、「ボイコット」が選手に与える痛みです。

私には本来4回五輪出場の可能性がありましたが、84年のロサンゼルス五輪はボイコットで出場できませんでした。最終決定を聞かされたのは、2カ月前の5月だったと思います。率直に言って、もしロスに私が出ていれば金メダルの可能性は非常に高かったでしょう。優勝記録が5メートル75で、あの年の私のベスト記録は5メートル94でしたからね。当時私はまだ20歳で、深く考えることもありませんでしたが、その後だんだん痛みが襲ってきました。大部分のアスリートにとって、五輪に出られるチャンスは1度しかありません。だからこそ、政治が介入してアスリートのたった1度の夢を潰すようなことがあってはならないのです。

IOC委員は常にアスリートとスポーツにとって何が一番大事か、という視点から物事を考え、政治の枠とは別次元で決断を下すことが義務付けられているのです。政治の揉め事がそのままスポーツに持ち込まれたら何事も収拾がつかなくなってしまうでしょう。

■ニュースでクーデター発生を知りました

私自身、何度となく人生の中で政治に翻弄されてきました。ボイコットはもちろん、ソ連崩壊の直前である91年8月、クーデターによってゴルバチョフが監禁されたとき、私はちょうど東京で開催される世界陸上のため飛行機に乗っていました。出発前夜、モスクワへパスポートを受け取りに行ったわけですが、その夜のニュースでクーデター発生を知りました。翌朝目覚めると路上を戦車が走り回っていました。その後私はパスポートを受け取り、出国できることになり空港へ向かいましたが、その途上で首都を目指す60~70台の戦車群を目撃しました。悪い兆候であることは明らかでした。

東京に到着したとき、私は真っ先に飛行機を降りるよう呼び出しを受けました。100人以上の記者たちが殺到してきて質問の嵐となりましたが、私は飛行機の中にいたわけですから、答えようがありませんでした。数日後にクリミアの別荘からゴルバチョフが解放されてモスクワに戻ることができ、家族の安全を確認してからやっと競技に集中できるようになったわけです。本当に過酷な試練でした。

とはいっても、ソ連には問題ばかりがあったわけではありません。モスクワ郊外にスポーツセンターがあり、よくそこに強化選手が集まり、日本を含め外国の選手も寝泊まりしていました。そこでは、お互いのワザを教え合ったり道具を分かち合ったりするのは普通でした。最強の競争相手に私のポール(棒高跳びの棒)を貸すことにも何の抵抗もありませんでした。老人や障碍者、病人などに席を譲るのも当たり前のことでした。こういうソビエトの文化は、今の時代においても若者たちへ伝えられるべき価値が十分にあると私は考えています。

私の息子、セルゲイ・ジュニアはかつてプロテニス選手として活動していました。そして、テニス界にはロジャー・フェデラーという史上最高の選手がいまだに健在です。私は個人的にも彼を知っていますが、天性に加えて、競技に対する愛情が長続きすること、全世界に喜びをもたらすという強い動機付けがあることが彼とほかの選手を大きく分ける要因でしょう。

技術と情熱、練習態度、健康維持、これらがすべて合わさって世界王者の地位を維持できるのだと思います。そして優れたコーチの存在も重要です。そのうえで、小さな調整を重ね、対戦相手に対応できること、1つの目標を達成しても次の目標を設定し続けられること、これを可能にするにはメンタルの強さが必要です。そして、メンタルの強化は後天的な訓練で可能なのです。

■誰が金メダルを獲ると思うか

そのように考える私だからこそ、選手時代から引退後はIOC委員になることを目指していました。スポーツを通じて世間に恩返しをしたかったのです。IOCの一員であることは大いなる誇りであり、アスリートを保護するための変革をもたらし、大会運営にとってどうすることが一番良いのかを模索し続け、大会の規模そのものは大きくしていきながらもいかにして費用を削減していくかを考え、また、様々な都市にこの素晴らしい大会開催の機会を提供できるよう、尽力を続けています。

東京五輪のマラソン開催地はどこになるのか。写真は日本代表選考会のマラソングランドチャンピオンシップ。(共同通信イメージズ=写真)

今回は日本が、全世界のアスリートがともに暮らし平和と共存共栄を実現する1つの村を提供してくれるのです。この村においては、言語の障壁があったとしても、スポーツを通じてお互いに自然と敬意を払うようになるわけです。

13年にトーマス・バッハ会長が就任してからIOCはさらに改革を推し進め、以前よりもさらに透明性が高く開かれた組織への変革を続けております。会長は国連との連携も深めつつ、今後もさらに多くの都市で大会を開催しながら若い世代がもっとスポーツと触れ合える世界を目指していきます。

五輪には国そのものの思考回路を変え、国全体を開かれたものとしていく力が備わっています。平昌五輪があったからこそ、ソウル五輪では実現しなかった北朝鮮の大会参加と、五輪期間中における国連加盟国の停戦を実現しました。これこそが五輪が持つ偉大な力であり、これに比肩するスポーツイベントは地球上のどこにもありません。大会の規模からいっても、サッカーのワールドカップでさえ霞むほどの大きなイベントなのです。

20年の東京五輪には、多くの有望な選手が出場します。私の母国ウクライナからも期待の選手が出場します。ですが、「誰が金メダルを獲ると思うか」と聞かれたら、その質問にはこれまでも答えたことはありませんし、今後も答えるつもりはありません。五輪の重み、大きさはほかのどんな大会とも比べようがありません。私自身4度の出場機会があり、すべての大会で金メダル最有力候補でした。しかし、ご存じの通り金メダルはソウルの1回だけです。ただでさえ重圧がかかる大会で、私が名前を口にしたらさらに重圧をかけることになります。私はこの重圧をほかの誰よりも知っています。

すべてのアスリートが持てる力を東京五輪で十分に発揮し、五輪精神を世界に広めつつ、何人かの選手たちがウクライナにメダルを持って帰ってきてくれることを願う次第です。

■▼「鳥人」ブブカの華麗なる年表

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タカ 大丸(たか・だいまる)
翻訳家・通訳者・ジャーナリスト
1979年生まれ。2000年米国ニューヨーク州立大学ポツダム校入学。イスラエルのテル・アヴィヴ大学にも交換留学。英語とスペイン語の多言語話者。

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(翻訳家・通訳者・ジャーナリスト タカ 大丸 撮影=原 貴彦 写真=毎日新聞/AFLO、AP/AFLO、共同通信イメージズ)

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