日本一の読書会を育てた「たった1つのルール」
プレジデントオンライン / 2019年12月11日 15時15分
■読書会をライフワークにすると決めた日
「自分1人ではなかなか読み終えることができない本も、仲間とともに期限を決めれば最後まで読める。そして、本から学んだことを互いに語り合うことで、より理解を深めることができて、継続して生かしていくことができる」
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いまや日本最大規模の読書コミュニティ、猫町倶楽部は、山本多津也さんのこんな思いから始まった。
猫町倶楽部の読書会への参加条件は課題本を読み終わっていること。ルールはたったひとつ、「決して他人の考えを否定しない」ことだ。
第1回が開かれたのは2006年の9月。参加メンバーは4人、課題本はカーネギーの『人を動かす』だった。2時間にわたってそれぞれが感想を述べあった後、参加者全員がいつにない充足感に包まれたという。
「セミナーや講演会のようなインプットだけではなく、得た学びをアウトプットすることの驚くべき効果を実感しました」
このとき山本さんは「読書会を一生続ける」と決めたという。
「本を読んで語り合うという形で生涯勉強をし続ける」
読書会の軸となるコンセプトが、固まった。
■10代から60代までがフラットにつながる
「最初は、ここまで大きくするつもりはなかったんです」という山本さん。読書会への参加希望者がどんどん増え続けること、とりわけ、ひと回り以上も年齢の違う若い人たちが参加してくれることに驚いたという。続けているうちに単なる読書会を超えたコミュニティ感が醸成されていくことに気づき、「育てていくと面白くなりそうだ」という感触を得た。
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とはいえ、大きくすることが目的ではない。基本のコンセプトを変えるつもりもない。
「ただ、ブレーキを踏むのはやめようと思いました」
参加者の年齢は、10代の高校生から60代までと幅広い。父親が息子と一緒に参加するとこともある。一般社会のなかでは年齢差が大きい場合、例えば上司と部下、先輩と後輩といったある種の関係性が伴うことになり、フラットに話す機会はほとんどない。
「でも、ここではただ同じ本を読んだ者同士として会話が始まるんです」
それがとても新鮮だったという。会の初めに簡単な自己紹介などを互いにする時間はあるが、話す内容に決まりはなく、年齢や職業を明かす必要もない。名前さえ明らかにしなくても構わない。
「本の話で何度も盛り上がって、すごく仲良くなったのに、じつは相手のことをよく知らないというのがすごく面白かったんです」
「こういう心地よい関係性は、なかなか他ではつくれないと思います」
■ヒエラルキーの芽は徹底的に排除する
猫町倶楽部の読書会はこんなふうに行われる。
参加者は6~8人で一つのグループをつくり、必ず1人、ファシリテーターと呼ばれる司会役を立てる。最初に自己紹介の時間があり、その後、課題本への感想を順に1人ずつ話してもらう。本のなかの気になった箇所や面白かったところなどを自由に話したうえで、それぞれをみんなで掘り下げていく。
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時間は1時間半から2時間程度。大勢が集まり会場内にたくさんのグループができたときなどは、大声で話さないと声が届かないくらいの盛り上がりを見せることもある。進行を担う大切な役割であるファシリテーターは、常連で仕切りの上手い人にあらかじめ依頼しておくという方法で選んでいた時期もあるが、いまは、3回以上参加している人のなかからじゃんけんで決めることが多い。それには理由がある。
「何度も繰り返し同じ人がファシリテーターをやっていると、その人を中心としたヒエラルキーができてしまうことに気づきました。それは絶対に避けたい。フラットな関係性を保つためには、絶対に上下関係をつくってはいけないんです」
読書会を円滑に進めるためには、司会役は仕切りが上手な人のほうがいいに決まっている。だが、ここでは誰もが対等であるということが優先される。
■月10冊以上の課題本をどう選ぶか
毎回の課題本は、基本的にはすべて山本さんが決めている。主にビジネス書が対象の「アウトプット勉強会」、文学作品を読む「文学サロン月曜会」、哲学書に向き合う「フィロソフィア」のほか、不定期に行われるイベントもあり、月に10冊以上を選んでいるという。書評を参考にしたり、書店の棚を見て歩いたりしながら気になったものはとりあえず購入。その数は月に50冊以上にもなる。
課題本決定の際に大事にしていることのひとつは、できる限り古典や名著から選ぶということ。時代を超えて読み継がれる作品にはそれだけの理由と価値があると感じているからだ。文学サロン月曜会の第1回は夏目漱石の『こころ』だった。
「僕自身が漱石が好きということもありますが、めちゃくちゃ王道をやろうと思ったんです」
思想の主流がサブカルチャーに移行したいま、あえて日本文学全集、世界文学全集のようなある種の教養的なものをやっていくことに意味があると山本さんは考えている。
そして、もうひとつの大事なポイントが「脳が汗をかく」ということだ。
■「読み終えた」体験がその後の人生でフックになる
猫町読書会を始めた理由が、自分1人ではなかなか読み通せない本を仲間と一緒に読もうということにあった。世の中には、多少しんどい思いをしても読む価値のある本がたくさん存在している。だが、好きな作家の本や実用性の高い本なら1人でもどんどん読めるが、「脳に汗をかく」ような本は自分だけで読み切るにはハードルが高い。
「読書会の課題をきっかけに、そういった本に触れてみてほしい」というのが山本さんの願いだ。
カントの『純粋理性批判』を課題本にしたこともある。
「おそらくみんな、僕も含めて、ちんぷんかんぷんだったと思います」
だけど、と山本さんは続ける。
「一度でも最後まで読み切ったということが、その後の人生を変える可能性がある」
意味がよくわからないままに、ただ単に文字を追っただけであったとしても、読み終えたという記憶と何かしらの誇りのような気持ちは残る。それが、その後の人生で、ひとつのフックになる。いつかどこかのタイミングで、何か大きなものがそこにひっかかってくるかもしれない。
■読書では得られない、「読書会」ならではの面白さ
1冊の本をめぐって、不思議な現象が起こることがある。その本を読んだ感想は「つまらなかった」のに、読書会に出てみたら、すごく面白くて盛り上がったというケースだ。それが最も顕著だったのは、名古屋文学サロン月曜会の第84回、課題本はサミュエル・べケット『ゴドーを待ちながら』のときだった。
不条理演劇の代表作として演劇史上に名を残している戯曲だが、ただ舞台上で2人の男がゴドーを待ち続けるだけという話で、参加者のほとんどが「まったくわからなかった」「少しも面白くなかった」という感想を抱いて読書会に参加してきた。ところが、終わったときには「こんなに面白い読書会は初めてだ」という人が続出したのだ。
「ここに、読書会の面白さがある」と山本さんは言う。
「じつは、自分で読んですごく面白くて理解もできたという本よりも、何だかよくわからなかったという本のほうが読書会は面白いんです」
読書の面白さというのは、自分のなかで「ピントがバチッと合う」喜びだ。最後までそれがないと、「つまらなかった」という感想になる。読書会には、何人かはピントを合わせて楽しんだ人がいる。その話を聞くことでピントの合わせ方に気づいたり、自分だけでは到達できない感覚に開眼したりできる。
「他の人や場所の力を借りて、新しい世界への窓をひらく。これが、読書会の醍醐味です」
■「来る者は拒まず、去る者は追わず」の徹底
猫町倶楽部の読書会への扉はいつもすべての人に開かれている。入るときはもちろん、出るときも同様だ。
「参加者を囲い込むことはまったく考えていません」
その思いは、会員数が増大したいまも月額などの定額会費制ではなくその都度参加費を支払う仕組みを続けていることにも表れている。
「毎回、みんなが自分の意思で参加するかどうかを決める。その緊張感があるおかげで、魅力的な会であり続けようという気持ちになれます」
だから、次の参加を促すようなプレッシャーをかける発言をしないように極力気をつけている。ライバルの読書会の存在もまったく気にしていない。参加者が自分たちで別の読書会を立ち上げても問題ないという。
「うちが楽しければ、また来てくれるはずですから」
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出入り自由のコミュニティゆえに、トラブルが生じることもある。ある参加者について、多数のメンバーから除名の要望が寄せられたこともあった。特定の思想傾向に基づく発言をTwitterなどで行っていることが他の参加者を傷つけていることが問題視されたのだ。
彼は読書会の場では自分の思想を人に押し付けるような発言はしていないし、除名すれば「考え方の違う人間を排除する」という前例ができてしまう。また同じようなことがあれば、「除名」で対処しなくてはつじつまが合わなくなる……。
問題となっていた男性は「他の人の言うこともわかるから、自分を除名にしてほしい」とまで言ってきた。しかし、最後の最後に除名しないことを決めた。
「13年やってきたなかで、いちばん悩んだ」という山本さんだが、このコミュニティを守りたいという思いがある人は排除されないという安心感が猫町倶楽部を支えていると再認識したのだ。
「全員を受け入れるという原点に戻ったんです」。
互いの違いを受け入れることが「ダイバーシティ」を認める第一歩だが、いうほど簡単ではない。合議制ではなくワンマンで運営してきたからこそできた決断だった。
■お気に入りの読書会を誰もが持てるといい
「初めての人も50回目の人も居心地がよい」
猫町倶楽部はそんな場所でありたいという山本さんは、読書会でできる“弱いつながり”をとても大切なものだと考えている。
「誰もが、人生に行き詰まることがある。そんな時に、突破口になるようなきっかけを与えてくれるのは身近にいる強いつながりの人じゃなくて、外にいる弱いつながりの人だと思うんです」
自分をよく知っている人の意見は、想定内を逸脱しない。でも、そうじゃない人の言葉は時に思いがけない道を拓いてくれることがある。
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「読書会での人間関係って、まさにそんな感じでしょう。普段なら出会うことのない年代や属性の人と接点を持つことができる」
そして、場の力や他者の力を利用することによって、自分の殻を破って新しい考えやアイデアが生まれてくることがある。読む力や理解する力も膨らんでいく。
「1人できちっと本を読むことよりも、誰かとそれについて話すことのほうが役に立つ」という確かな手ごたえを持っている山本さんは、読書をする人がみんなそれぞれにお気に入りの読書会を見つけてほしいと思っている。
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日本最大規模の読書会コミュニティ「猫町倶楽部」主宰
1965年名古屋市生まれ。住宅リフォーム会社を経営する傍ら、2006年から読書会をスタート。名古屋のほか東京や大阪などで年200回ほど開催し、のべ約9000人が参加している。著書に『読書会入門―人が本で交わる場所』(幻冬舎新書)がある。
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ライター・放送作家
リクルートコスモス(現・コスモスイニシア)、ベンチャー企業の経営者をサポートするコンサルティング会社を経て、現在はビジネス書を中心にライターとして活躍。京都市出身。
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(ライター・放送作家 白鳥 美子)
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