日本で普通の「社内恋愛」が世界の非常識なワケ
プレジデントオンライン / 2019年12月7日 9時15分
■CEOが従業員と「合意のH」でクビになるワケ
11月3日、米外食大手のマクドナルドのスティーブ・イースターブルック最高経営責任者(CEO)兼社長が解任された。
その理由は「従業員と関係を持った」ことが社内規程に違反したからだという。ただし「合意に基づく関係だった」とし、イースターブルック氏は妻とは離婚していたと報じられている。ということは相手の女性から告発されたセクハラではないことになる。
しかし、同社の社内規程では「管理職以上の社員が上下関係にある他の社員と恋愛関係になる」ことを禁じている。一報を受けた取締役会が調査した結果、社内規程に違反していると判断。イースターブルック氏自身も社員らに宛てたメールで規定に違反した事実を認め「当社の価値観に照らし、私が去るべき時だという点で取締役会と合意に達した」と述べている。
「社内恋愛禁止」で辞任に追い込まれたのはイースターブルック氏だけではない。
2018年6月に、米インテルのブライアン・クルザニッチCEOが社員と合意の上での恋愛が同社の全管理職に適用される「非交友原則」に違反したことで辞任している。
なぜ社内恋愛が禁止なのか。
■なぜアメリカでは管理職と従業員の恋愛を禁じているのか
もちろん法律に違反しているわけではない。だが、男女間のこじれがセクハラ問題に発展する可能性があること、社内の秩序を乱す恐れがあることから、特に会社を代表する役員や幹部社員には高い倫理性が求められているのだ。
そのため米系企業では行動規範や倫理綱領で、主に管理職は「社内恋愛を禁止」とするところが多い。
複数の米系大手企業の人事部門を経験したことがある日本の消費財メーカーの人事部長はこう指摘する。
「アメリカの大手企業では、たとえ社内不倫ではなくても上司が部下と関係を持っている事実が判明すれば行動規範違反として処分されます。部長クラス以上の幹部は解雇も珍しくありません。特に役員に登用する場合は、過去の女性関係を含めて徹底的に調査します。他社から役員を招く場合も外部の調査機関を使って調査しますし、そこで過去に女性関係でトラブルがあったり、女性関係にだらしない人といった噂(うわさ)があったりすれば、決して役員にすることはありません」
■日本企業は「恋愛禁止」規定はなく、チェックも甘々
一方、日本はどうか。
「アメリカに比べて日本企業は甘いです。役員人事は経営トップの専管事項であり、トップの信頼が厚いというだけでたいした調査も行われずに選ばれる。実際に役員の女性関係の噂が飛び込んでくることもありますし、この人、大丈夫かなと思うこともありました」
この国内消費財メーカーの人事部長は過去に実際、経営トップに具申し、役員候補者の女性関係の調査をすることになったという。
「社内の懲戒規定の処分歴などをデータベース化し、一目でわかるようにしました。過去の女性関係で処分歴だけではなく、外部の調査会社に委託して素行調査を実施し、問題があればトップに伝えるようにしています」(同上)
アメリカより緩いとはいえ、日本企業の中でも男女関係が原因で解任されることもある。大手小売業チェーンのあるカリスマ的経営者は「男女関係」に厳しいことで知られていた。側近の常務は経営者の覚えもめでたかったが、部下の女性と恋愛関係になったことが経営者の耳に入り、即刻解任された。どんな実例もあるにはある。
それでもアメリカ企業のように行動規範の中に上司と部下の「社内恋愛禁止」を明記しているわけではない。ただし、役員に関しては“一応”、役員規程を設けているところも多い。サービス業の人事部長はこう語る。
「役員の要件として『能力、実績、品格・人格が優れていること』という文言があります。もし女性関係に問題がある人であれば、とても品格があるとはいえないでしょう。しかし、本人について詳しくチェックしているわけではありません。実際に不祥事が発生すれば処分されるでしょうが、発覚しなければ見逃される可能性はあります。もし、将来の役員候補と言われている人であれば、人事として『身辺整理ぐらいちゃんとやっておけ』と言うことはあると思います」
日本の場合、役員ですら“一応”程度の規定で、恋愛禁止のような厳格な規定もない。しかも、チェックも甘いのが現実だ。
■日本が上司部下の社内恋愛・不倫三昧なワケ
とすれば、その下の部・課長になると、さらに緩くなる。食品加工メーカーの法務部長はこう語る。
「いわゆる社内不倫でこれまで社員を処分したことはありません。たとえば妻子持ちの男性管理職が社外で不倫をしている場合はそれほど問題にしません。プライベートの時間内の非違行為なのか、職場の秩序を乱す行為なのかに分けて考えています。もし、ある部署の部長と秘書の女性がつきあっているようだという通報や噂話があった場合でも、しっかりした証拠がない限り、追求することはありません。ただし、2人の関係を職場の誰もが知っていて、嫌な思いをしているなど、職場の秩序を乱していると認識できた場合は調査に入ります。その結果、不倫の事実が判明し、部長の信頼が職場で失われ、業務に支障を来していれば役職の剥奪や降格の処分をすることになるでしょう」
噂になっている程度なら何もしないし、職場内の不倫が周囲に知られていても証拠がなければ問題にすることもない。業務に支障を来すような事態が判明して処分を下すという事後的に処理する企業が多いのが実態だろう。
「証拠」が出てきた場合、例えば男性管理職の妻が「夫が会社の女性とつきあっているようだ。調べてくれ」と何度も電話をかけてきたり、そのことで家庭が泥沼化して仕事がなおざりになったりするようなケースは調査に動き出す、という企業もあるようだ。
■長期雇用かつ拘束時間が長い日本企業では職場恋愛・結婚が多い
日本の企業の中にも社内恋愛禁止を打ち出す企業が1社もないというわけではない。その昔、関西圏の中小企業を取材した折、その会社の社訓に「社内恋愛を禁ず」とあったのを見て驚いたことがある。
さらに細かく「休日であっても男女の社員が交際することも禁ず」と書いてあった。その理由を尋ねると「創業時は、地方から働きに来ている子弟も多く、親御さんの了解を得て娘さんをお預かりしている以上、田舎に帰るときまで親が安心できるようにするため」と言っていた。
それを聞いて何と古臭く、時代遅れの社訓だと思ったが、今や“最先端”である。
今は当時とは時代と環境も違う。日本だけではなく、世界中でセクハラなどハラスメントが大きな関心事になっている。しかも外国人株主が多数を占めるグローバル企業であれば、幹部社員がセクハラ問題を引き起こせば顧客や株主の批判を浴びて、会社の信用を著しく傷つけることになりかねない。
その芽を防止するリスク管理の観点から厳格な倫理規定が求められるようになっている。
しかし、一方ではアメリカ企業と違い、長期雇用かつ職場に拘束される時間が長い日本企業では「職場恋愛」の末の結婚が比較的多いかもしれない。「上司と部下の恋愛禁止」をするにしても、OK/NGの線引きが難しいのも確かである。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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