白鵬が告白「日本人になって本当にうれしい」
プレジデントオンライン / 2020年1月9日 9時15分
■常に崖っぷちにいる気持ちだった
――日本国籍の取得、おめでとうございます。
ありがとうございます。本当に嬉しいことでした。
――横綱にとって大きな決断だったのではないですか。
モンゴル国籍を失うことにもなったわけですけど、それよりも日本に帰化したいという気持ちのほうが強かったです。
――日本人しか得られない年寄名跡ですが、白鵬関については、実績面でも存在感でも文句のつけようがない、国籍はもういいんじゃないか、という声も大きかったですよね。
正直なところ、日本国籍のない状態で土俵に上がるのは不安でした。もし大怪我をしたら引退です。わたしにとって、それは相撲協会との縁が切れること。弟子(炎鵬、石浦などの内弟子)を預かっているので、引退後は相撲協会に残って彼らを指導しなくてはいけませんから、日本国籍を得られないと、彼らの信頼を裏切ることにもなります。
■横綱としてのプレッシャーだけではなかった
――横綱としてのプレッシャーだけではなかったのですね。
常に崖っぷちにいる気持ちでした。ケガで休場しているときでも、「引退」という2文字がいつも頭にあって、ゆっくりと眠れなかった。ところが日本人になった今は、ぐっすり眠れます。ほんとうに心安らか。味わったことのない気持ちですね。
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――日本への帰化について、モンゴルの白鵬ファンたちの気持ちは複雑だったのでは。お父さまもモンゴルの英雄ですし(モンゴル相撲元最高位。レスリング選手として同国史上初の五輪メダリストに)。
わたしがモンゴルへ帰ることを望んでいたかもしれません。歴代の横綱、朝青龍関、日馬富士関もそうでしたから。でも、わたしが日本人の奥さんと結婚したあたりから、モンゴルのファンには心の準備ができていたかも(笑)。失望よりも応援してくれる声が大きかった。親父も賛成してくれた。亡くなる数年前、思い切って帰化のことを相談すると、「我が道をいけ」と言ってくれましたね。レスリングの指導者・監督として世界中を見てきた親父だからこそ、後押ししてくれたのかなと。
――大相撲のほとんどの記録を塗り替えてしまった今、どこにモチベーションを見出すのでしょう?
いやいや、そんなことない。双葉山関の69連勝を超えるのは難しい(笑)。まず、2020年の東京オリンピック・パラリンピックのときには最強の横綱でありたいですね。
――先ほどの「常に崖っぷちにいる」という気持ちですけど、白鵬関の取り口が荒っぽいという批判の声も多かった。その心理とは無関係ではなさそうですね。
横綱はとにかく結果が大事。結果が残せなかったら引退だから。
――やはり「優勝」なのでしょうか。
そこは自分でも面白い変化がありました。大鵬さんの記録(優勝32回)を超えるまでは、ものすごく意識していた。でも、記録更新が迫って33回目の賜盃を抱く前には「優勝」の意識が消えてしまった。「1047勝」(魁皇の持つ幕内通算勝ち星記録)を超えることに気持ちが向きました。横綱は優勝することがとても大事だから、自分の気持ちが理解できなかった。
そんなとき、野球の王貞治さんとお話しする機会がありました。王さんは大鵬さんと同世代ですし、数々の大記録を持っている偉大な方ですし、日本を代表するプロスポーツ選手ですし。
――巨人・大鵬・玉子焼きですね。
「モチベーションが落ちてしまった」とわたしが言うと、王さんは、「記録を塗り替えるというのは、通過点なんだよ。40回優勝した人は誰もいないし、これからも出てこないよ。そこを目標にしたらどうか」って。そうきいたとき、火がついたように体が熱くなりました。王さんにしか言えない言葉だと感動しました。横綱はやっぱり優勝なんだ、と。自分でもメンタルの切り替えは速いと思います。
■年1回、3日間の断食で「最高の気分」
――それは、白鵬関の勝負どころでの仕掛けの速さと重なるもの?
どうなんでしょうね。ただ、いろいろと調べてみると、心も体も反応のスピードは速いそうです。体のメンテナンスで10年近く鍼を打ってもらっているんですけど、体の反応が普通じゃないって言われる。鍼が折れてしまうんです。だから、先生はポンポンと鍼が打てず、汗だくになってしまう。「こんな人は見たことがない」って。
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――今、34歳ですけど、長く頂点に君臨している秘訣はメンテナンスにもありそうですね。
年齢的に衰えたな、という感じは全然ありません。細胞レベルでも元気が漲っているそうです。腕の筋肉を切ったときは、再生医療でほぼ完治しました。医者が「普通は完全には治らないケガだけど」と首を傾げた。それで遺伝子検査をやってみると、ストレスに強いとかガンになりにくいとか、様々なプラスのデータが出てきました。
――そこに、日々のメンテナンスが加わるわけですね。
もちろん食事にも気を配ります。野菜をたくさん食べます。色の濃い野菜には抗酸化作用が豊かです。それに断食もするしね。
――力士が断食ですか?
そんなお相撲さん、いないよね。食べることも稽古のうちだから。稽古放棄だ(笑)。
――内臓を休ませるのが目的ですか。
そう、リフレッシュ。細胞が若返る。やるなら徹底してやりたいから、3日間、なにも食べない。準備と回復にも時間をかける本格派です。いつも決まって13キロほど体重が落ちます。気持ちも軽くなって最高の気分です。
――定期的にやるんですか?
年に1度。季節は決まってないけど、休場したときとか。ケガをすると薬を飲むでしょう。そうやって溜まった毒を出す意味もあります。
――力士には豪放磊落、鯨飲馬食というイメージがありますが……。
昔はそうだったみたい。だけど、気をつけないと体を錆びつかせる悪い食べ物もあるから。今はみんな食事への意識は高いですよ。健康情報もきちんとしているし。
――食事面でもリーダーなんですね。
断食、今後はトレンドになるかもしれませんよ。引退して親方になる人はやったほうがいい。戦わない人は太っていないほうがいいでしょう。人としてのメンテナンスです。
■ほれぼれするような速い動きの秘密
――それで納得しました。ほれぼれするような速い動きの秘密も。
脳と筋肉との連携が速いらしい。自分でも実感することですが、取組の相手とは時間の感じ方が違うと。相撲に限らず、アスリートが「ゾーンに入る」って言うでしょう。それとはちょっと違うんですけど、攻防がやけにゆっくりと見えるんですね。
――取組中に? 力士の多くは「立ち合いだけ思い切って」とか「よく覚えてない」などと言いますが……。
そう。相手の動きがコマ送りのように見える。脳がフル回転しているためだって。野球の川上哲治さんが言った「ボールが止まって見える」というのと似てるかもしれません。
――19年春場所の優勝(42回目!)インタビューで「三本締め」を行って、物議をかもしました。
平成最後だったし、良いことと思ってサービス精神でとっさにやってしまった。本当は全部終わったあとで新弟子や若い力士たちが締める。そういうしきたりを知らなかった。だから、勝手に締めたらダメって怒られた。
――報道では、八角理事長がすごい剣幕で怒ったと。理事長が大横綱を怒鳴りつけるとは。どんな感じだったんですか。
それは、あのときだけのことですから(笑)。
――一対一だったのですか。
いえ、理事の親方が全員いました。怒ってくださったことに感謝しています。勇み足だと反省しました。
――白鵬関は、横綱昇進以降の時間が長い。どんな思い出が?
横綱に上がったときも、まだまだわからないことばかりでした。尊敬する大鵬さんとお話ししたくて、約束もせずに突然部屋へ行きました。二人で5時間くらい話しました。横綱の心構えなど、やさしくアドバイスしてくれました。部屋のおかみさんが「この子、いつまでいるんだろう」って顔で見てましたね(笑)。
――横綱の気持ちは、横綱にしかわからない。
本当にそう思う。大関時代には、「番付の差はひとつだけ」と思っていた。肩書が違うだけで相撲の力は変わらないんだと。でも横綱になってみると心の持ち方がまるっきり違う。そこのところ、わたしはよく富士山にたとえます。山頂が横綱。大関は麓(ふもと)。
――五合目とかではなく、麓?
麓です。そのくらい違う。横綱にもいろいろあって、双葉山関のような域に達すると、富士山の上にもうひとつ富士山を乗せた、そのてっぺん(笑)。
■横綱は一日3番相撲を取る
――双葉山関といえば「後の先(先に仕掛けてきた相手を制圧すること)」ですね。
双葉山関は自分の立ち合いをつくり上げたんです。強い力士ほど先に攻めて相撲を優位にしたいものですけど、後の先のほうは安定感がある。だから69連勝できた。
――白鵬関の「後の先」への模索は有名ですよね。
横綱に上がって4年ほどたったときでしょうか。双葉山関へのあこがれもありました。でも後の先の心構えで負けたとき、「受けてる場合じゃないな」と思った。やはり優勝しなければいけませんから、やっても2回か3回。15日間、全取組でそれができた双葉山関は、やっぱり富士山2つ分なんですよ。双葉山関や大鵬さんの「心・技・体」は突出していたと思います。でも、わたしくらいだと「心・技・体」は日々変化する。そこが難しい。戦うときに体中に漲るアドレナリンというホルモン。あれは限りがあるんですよ。
――限りがあるんですか?
今年の初場所、手術した膝が腫れあがって14日目から休場しました。あれはアドレナリンが切れたから。アドレナリンが漲っていれば、痛みを感じないんです。そういう感覚、20年近く相撲を取って初めてわかりました。栄養を摂って休めば補充できるけど、人によって出せる量が違うみたいです。
――横綱の場合、取組だけではなく、土俵入りなどでもアドレナリンを使う苛酷さがありますね。
そうそう。あそこでアドレナリンをかなり使うの(笑)。大鵬さんは「土俵入りは相撲2番」と言っています。そのくらいたいへん。横綱は一日3番相撲を取る。そういう気持ちですね。
――さらに未来の話です。相撲部屋を銀座につくりたいと?
あれは正式なコメントじゃないんですよ(笑)。どこに部屋を開くかという話が出て、「フランスならパリ、アメリカならニューヨークだよね」って流れから、「じゃあ、日本なら銀座かな」って言っただけ。記者との会話が盛りあがって、「稽古場をガラス張りにして、外国人観光客にアピールすると面白い」と。個人的には、銀座はお酒を飲むところだと思ってます(笑)。
――ありがとうございました。
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(白鵬 翔 インタビュー・構成=須藤靖貴 撮影=小原孝博 写真=PIXTA)
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