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習近平の本心「米国生まれなら共和党に入った」

プレジデントオンライン / 2019年12月27日 9時15分

2019年12月2日、中国・北京の人民大会堂でテレビ会議を通してロシアのプーチン大統領に手をふる習近平国家主席 - 写真=AFP/時事通信フォト

現在、中国では2億人以上がキリスト教や仏教などの宗教団体に属している。毛沢東思想というイデオロギーを事実上失った中国は、広大な国土と多様な民族をどう統治していくのか。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする——。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『日韓激突 「トランプ・ドミノ」が誘発する世界危機』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■シンボリックな習近平の「工場訪問」

【手嶋】「貿易戦争」が激しさを増す中、習近平国家主席は、2019年5月20日に、瑞金を訪れて、かつての大長征になぞらえて、いまこそ「新長征へ」と国民に呼びかけました。蒋介石率いる国民党軍と苦しい内戦を戦っていた共産党の紅軍は、1934年からおよそ2年にわたってこの瑞金から延安に辿(たど)り着いたのでした。「我々は最初からやり直す必要がある」と訴えたのです。

蒋介石の国民党の攻勢に耐えかねて、紅軍は瑞金の革命根拠地を放棄し、毛沢東らに率いられた紅軍は、敗残兵のように長征に旅立ったのでした。途中で兵員の数は目に見えて減っていく。長征途上の遵義で会議を持ち、毛沢東が自らの指導権を確立します。中国共産党が中華人民共和国の建設に向けて、確かな一歩を踏み出した瞬間といっていいでしょう。

【佐藤】あの長征なしに、中国共産党は、正統性を得ることはできなかった。文化大革命のころに北京の外文出版社から出た『毛主席にしたがって長征』という本があるのですが、毛沢東が靴の皮を煮て、そのスープをみんなで飲んでいたという話が紹介されていました。そうした伝説をつくりながら、幾多の苦難を乗り越え、最後の勝利を掴(つか)み取った、その道程こそ大長征だというのです。

【手嶋】このとき、習近平は中国の戦略物資、レアアースの製造工場も訪れています。「米中戦争」にどんな姿勢、覚悟、戦略で臨むのか。この工場訪問ほどシンボリックに表しているものはありません。「米中衝突」は、そんなメッセージをワシントンに送るほどの局面に入りつつあるということでしょう。現下の国際政局を読み解くうえで、こうした象徴的な行為を軽視するわけにはいきません。

■宗教団体に属する中国人は2億人を超えた

【佐藤】さて、習近平が、いざ「新長征」へと呼びかけても、いまの中国の人々が、果たしてついていくのか。国家として、アメリカと長きにわたる戦いを続けるにあたって、それが問われています。

そして、習近平が中国の様な国をひとつにまとめていけるのかも定かではありません。かつては、毛沢東思想やマルクス・レーニン主義という「無神論という名の宗教」がありました。それが崩れたところで、中国をまとめるのに何が出てくるのか? これも習近平の中国にとって極めて重い課題です。

中国の内政に詳しいジャーナリストの福島香織さんが『習近平の敗北』(ワニブックス)という本に、2018年に中国政府が宗教に関する統計を出したことを紹介しています。それによると、キリスト教の信者や仏教徒など公認の宗教団体に属している人が、なんと2億人を超えるというのです。非公認の信者を入れると、この二倍以上いるという推計もあるようです。

4億人の人間が真面目に宗教を信じている——。この世俗化した世界で、それなりのパワーになりえます。そういう実態も踏まえて、中国のイデオロギーがどういう方向に向かっていくのか。これからの中国を考える場合、イデオロギーや宗教の問題は避けて通れません。

■「荒唐無稽な信仰」がアメリカを動かしている

【手嶋】とりわけ、現代の中国ではそうだと思います。広大な国土、世界一の人口、多様な民族、さらには、インターネット空間を介して様々な思想の潮流に触れている若者を抱える中国にとって、それを束ねる思想なくして、この国を統治していくことはかなわない。そのことをいまの習近平政権は、誰よりも肝に銘じているはずです。

【佐藤】一方のトランプにも「イデオロギー」はあるのです。地図上に存在する現実のイスラエルと、『聖書』に語られている、終わりの日がやってくるイスラエルを重ねてしまうわけです。イスラエルのために何かをやっている。それは十分に宗教的な意味を持っているとトランプは堅く信じている。でも、キリスト教右派の中では、ユダヤ教徒はやがて全員がキリスト教徒に改宗する。キリスト教右派の人々は、そう信じています。荒唐無稽と思うかもしれませんが、そんな荒唐無稽な信仰が、超大国の政治を突き動かすドライビングフォース、推進力になっているのが、21世紀の現実なんです。

【手嶋】まさしく、信じるものは救われる、その力を無視するわけにはいきません。

■毛沢東のために命を投げ出す人は、もういない

【佐藤】キリスト教は、性交渉しないで子ども(イエス・キリスト)が生まれたという教義を絶対に変えません。死んだイエスが3日後に復活するという教義もそう。死んだら人は魂も肉体も消滅するが、終わりの日が来ると復活して、天から降りてきたキリストによる最後の審判を受ける。これらは、現代の科学からすると、全部荒唐無稽ではないですか。しかし、その荒唐無稽なものを絶対に譲らない。堅持している。それがキリスト教の強さです。だから21世紀まで連綿と生き残ってきたのです。そうしたキリスト教という伝統の礎に、トランプはちゃんと乗っかっている。

アリー・ハーメネイは、12番目のイマームはお隠れの状態になるけれども、その間はアーヤトッラー、聖職者を遣わしている。この世の終わりには、お隠れイマームが現れて助けてくれる。その教義を信じているのです。あるいは信じているふりをしているわけです。そういう非合理なものによって、イランという国家が成り立っている。そこを見逃しては、いまのイランは理解できませんよ。

一方、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、アジアからヨーロッパ大陸にまたがるロシアという国家が、独自の形態で発展していくという予測を持っている。だから、ロシアが存続することは世界史的な意義があると主張しているのです。これは一種の地政学と言っていい。このユーラシア主義ともいうべきイデオロギーで生き残りを策しています。

では、翻って中国はどうか? 今でも、天安門広場には毛沢東の写真が掛かっています。しかし、そのために命を投げ出す人は、たぶんもういないのです。

■安定化させる「イデオロギー」が見つからない

【手嶋】そうだとすると、何をあの広大無辺な国家を統合する原理に据えるのか、いくら「習近平思想」などと言っても、説得力がありません。

【佐藤】仮に「ナショナリズム」を持ち出して、組み立ててみましょう。漢民族は、ナショナリズムでまとまるかもしれませんが、ウイグル人や、チベット人とは、さらなる緊張を生じてしまいます。これではうまくいかない。だから、ナショナリズムは、中国を束ねる決定的な武器にはなりえません。

すでに4億人が信じている宗教を考えても、そもそも、それぞれの教義も異なりますし、いまの中国の政権にとって、宗教は「警戒」の対象ですから、使えそうにありません。福島さんの著書によれば、18年4月に、膨大な宗教人口を管理する国家宗教事務局が、党中央統一戦線部の傘下になったといいます。党中央が、直接宗教工作を指導する形にしたことは重要です。その影響は、さっそく教育にも及んでいて、19年に改訂された小学校向け教科書から、外国文学作品に出てくる「神様」「聖書」などの表現が削除されたそうです。

【手嶋】それは、露骨と言えば、あまりに露骨ですね。

【佐藤】しかし、中国史を紐解(ひもと)けば、国家が乱れたときには、必ずと言っていいほど民衆は宗教と結びついて不満を爆発させてきました。宗教が起爆剤となって、巨大な政治のマグマと化し、歴代の王朝を崩壊させてきました。いまの習近平指導部は、そうした現実をよく学習しているのでしょう。それだけに、中国を安定化させる決め手は、やはり、一種のイデオロギーしかないと思います。しかしながら、それがいまだに見えない。この怖さを心底知っているのは、習近平指導部ではないでしょうか。

■アメリカに生まれていたら、共和党に入った

【手嶋】超大国アメリカとの覇権争いに名乗りを上げた現代中国が、実は「統合の原理」を欠いている——。非常に重要な指摘だと思います。佐藤さんの話を聞いて、2018年10月26日に釣魚台迎賓館で催された晩餐会席上での習近平発言を思い出しました。米中衝突のさなか、トランプの盟友である安倍首相を惹きつけようという狙いもあったのでしょう。習近平国家主席は、これまでに見せたことがないような満面の笑みで安倍首相を迎えたのです。それだけに、習近平はいつになくリラックスした表情をみせ、安倍首相にこう語りかけました。

「私は中国に生まれましたから、政治を志すにあたって、共青団(中国共産主義青年団)から中国共産党という組織を経て、今日に至りました。もしアメリカに生をうけていれば、共和党か、民主党に入って、一国の指導者を目指したことでしょう」

晩餐の席には、中国共産党の最高幹部がずらりと顔を揃(そろ)えていたのですが、この習近平発言に、申し訳程度にお追従笑いは浮かべたものの、彼らの表情はこわばったといいます。

■共産党は国家権力を握るための「道具」

【佐藤】それはそうでしょう。大長征をやり遂げた中国共産党の理念とはかけ離れた、非常に現実主義的な、プラグマティックな思考が顔を覗(のぞ)かせています。

【手嶋】まさしく、その通りです。習近平発言の行間を読み解けば、自分は中国共産党の理念に共鳴して党の前衛組織に入ったわけではない、あくまでも、政治権力を掌握するために組織の人になったということになります。その証拠に、アメリカに生まれて、大統領になろうと思えば、二大政党のいずれかに属していたというのですから。

【佐藤】そう言ってしまえば、身も蓋(ふた)もないのですが、中国共産党は、国家権力を握るための道具に過ぎない——と。

【手嶋】中国共産党に特に思い入れなどない。他に選択肢がなかった。そこにあるのは、イデオロギーなどという高尚なものとはほど遠い指導者の思考のスタイルです。このエピソードには続きがあります。安倍首相が、この習近平発言を引き取って、「ならば、習近平国家主席がもし日本に生まれていれば、われらの自由民主党にお入りになったわけですね」と言って、列席した人々の爆笑を誘ったそうです。

■追随を許さない安倍首相の「下品力」

【佐藤】そのへんにも、どんな会話も受けて立つ、安倍流の「下品力」が発揮されています。これは悪口を言っているのではありません。安倍さんがトランプの懐に飛び込むことができたのもこの「下品力」が存分に発揮されたからです。これはドイツのメルケル首相やイギリスのメイ前首相などの追随を許しません(笑)。

手嶋龍一・佐藤優『日韓激突 「トランプ・ドミノ」が誘発する世界危機』(中公新書ラクレ)

【手嶋】かつての中国の指導者が、大国の賓客を迎えてこんな発言をしたことなどあるでしょうか。

【佐藤】ここまでイデオロギーを弱体化させて、果たして、混迷を深める時代の超大国を率いていけるのか。他人事(ひとごと)ながら心配になってしまいます。大国のリーダーがプラグマティズムを露(あら)わにして行動する。恐ろしいことだと申し上げておきます。資本主義社会では、イデオロギーが弱まると、力が貨幣に吸収されてしまう。金を持つ人間が子飼いをつくって、利権を配分しつつ、血液のように循環させる仕組みをつくる。そうしないと、権力が維持できないからです。

【手嶋】いまの中国でも、そういうシステムに乗って、途方もない蓄財を果たした人間がたくさん出ています。中国共産党の権威を存分に使って金を儲けていた。習近平政権が誕生すると、「反腐敗運動」が起きて、そうした弊を一掃とまではいきませんが、駆逐しようとした。このため、現在の中国では、党の権威を笠に着た金儲けは難しくなってしまいました。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2006年から作家として活動。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』『私のマルクス』『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』などがある。手嶋龍一氏との共著に『独裁の宴』『米中衝突』がある。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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