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息子が「ひきこもり」と気づかない母親の苦悩

プレジデントオンライン / 2019年12月20日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BBuilder

70代の女性が「働きたい。お金がない」と生活困窮者の相談窓口を訪れた。話を聞くと、何年も働いていない40代の息子から経済的に依存され、暴力も受けているという。なぜこれまで支援機関に来なかったのか。愛知教育大学の川北稔准教授が解説する――。

※本稿は、川北稔『8050問題の深層「限界家族」をどう救うか』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。

■母親の「働きたい」に隠されたメッセージ

70代の女性が、生活困窮者の相談窓口を訪れた。「働きたい。仕事がほしい」という。なぜ働きたいのかを問うと、「貯金も底をつき、お金がない」という。なぜお金がないのだろうか。「じつは何年も働いていない40代の息子がいて、お金がかかる」。この女性は息子から経済的に依存され、しばしば金銭を要求されていた。息子から暴力を受けていることも分かったという。

この場合、女性が訴えている表面的なメッセージは「働きたい」「お金がない」だが、その裏に隠れているのは「息子がひきこもっている、息子から暴力を受けている」ということだ。じつは、自立相談支援窓口に相談に来る人は「ひきこもり」という言葉を知らないことが多い。または、そうした言葉で自分のことをとらえていない人が多い。

「ひきこもり相談」という窓口があっても、ひきこもり状態にある人が自分のことを該当者だと思うとは限らない。それに対して自立相談支援窓口は「暮らしと仕事の相談センター」というような名前で運営されているところが多い。こうして間口を広くしたうえで来所、相談を呼びかけることで、より多くの対象者とつながっていく余地も生まれる。

実際に自立相談支援窓口を対象にした家族会の調査(2018)では、回答した151か所の窓口のうち、88.1%の窓口ですでに「ひきこもり」の事例に対応したことがあった。また、対応したことがある本人の年齢層では40代が最も多かった。

■70代の母親と同居している、40代のDさん

若年層のひきこもり相談は、両親のどちらかが子どもの状態を心配して窓口を訪れるかたちで始まることが多い。しかし、高齢化が進み、自分たちの介護が必要となる段階の親たちが、子どもの相談を新たに始めるのは難しい。すでに触れたように自立相談支援窓口から寄せられた事例では、父母が高齢の場合や死亡している場合も多く、ひきこもり相談に専念できる時期は過ぎている。それが川崎の事件の事例であり、地域包括支援センターが出合う事例である。

具体的な支援例を見ていこう。40代のDさんは、父親とは死別しており、70代の母親と同居している。高齢者介護を受けている母親が、介護支援専門員・ケアマネジャーを通じて自立相談支援窓口に「息子のことが心配だ」と連絡をした。

Dさんは学生時代に受けたいじめがきっかけで、ひきこもり状態になったという。以後、20代、30代と長らくひきこもっていた。また対人不安、強迫性障害などの精神疾患を発症しているため、本人が外出することも、同相談窓口の支援者が訪問することも困難だった。

■電話相談、母親との協力体制で10年ぶりの外出

しかし、支援者はあきらめずにDさんに定期的に電話相談をおこなった。また、ケアマネジャーを通じてDさんの成育歴や家計状況を母親から聞き、母親にも本人支援に協力してもらえるような体制をつくった。

ある日、Dさんが自宅でけがをした。病院に同行してほしいとDさんが自ら自立相談支援窓口を訪れたことから、本人と初めて接触することができた。Dさんの信頼を得ていたこと、関係機関との連携により母親ともつながっていたことが、彼らのSOSのキャッチにつながったと思われる。Dさんにとって外出は10年ぶりのことだった。

この例では、高齢の母親が自らひきこもりの相談に動くことはできないが、介護を担当するケアマネジャーは息子の成育歴などを詳しく聞くことができた。このように複数の機関のあいだで丁寧な情報収集を積み重ねたことが、Dさんが自らSOSを発することをスムーズにしたといえよう。

■「生活保護を受けるくらいなら死ぬ」と語るEさん

別の事例では、両親が亡くなった後で自宅に取り残された50代の男性が支援対象となった。Eさんは人との関わりや援助を拒絶する面があり、信頼関係を築くのに時間がかかった。医師など限られた人との関わりのみで生活してきており、安易に人を信用しない面や、新たな人間関係の構築に興味を示さない様子がみられた。

また、自立相談支援窓口の支援者との面談でも情報を開示しなかったり、反抗的な態度をみせたりしていたが、同窓口ではボランティア団体との提携による食料支援など、関係機関が目にみえるかたちで関わりを続けた。やがてEさんの態度も和らぎ、自身の事情を話すようになった。

Eさんは関係機関からの支援に対して、当初は「自分なんかのために申し訳ない」と話していたが、次第に「支援を受けてがんばろうという気持ちになった」と前向きにとらえるように意識が変わっていったという。とはいえ生活保護の受給には抵抗感を示し、当初「保護を受けるくらいなら死ぬ」という言葉をもらしていたが、体調不良などから就労には結びつかず、最終的には受給に至った。

■大げんかで親子のコミュニケーションが断絶

ぎりぎりになるまで外部とつながることができない親子が多いが、ひきこもり状態の人の関心事に寄り添うようにして、信頼関係を構築した支援例もある。

50代の男性であるLさんは70代の父親と2人で暮らしている。15年前に会社を退職後、ひきこもり状態が続いている。父親は「なぜ働かないのか」とLさんに強くあたり、大げんかになった。以後、親子のコミュニケーションは断絶したという。

父親は定年を機に社会福祉協議会で開かれていた親たちの集まりに参加するようになった。支援者からの訪問の提案は、Lさんが拒絶したが、父親が持ち帰った親たちの集まりの通信誌を居間で読んでいる姿がみられた。父親が参加して、同じような境遇の親たちと語り合っている場所に、少しだけ興味を寄せている様子がうかがわれた。

■信頼関係構築のきっかけは「猫」

その後、父親の話からLさんの現在の関心事が、かわいがっている猫の世話だと分かった。あるときこの猫が病気になり、病院を探すことになった。動物病院に猫を連れていくのに車が必要だが、父親もLさんも車を持っていない。そこで自立相談支援窓口や社会福祉協議会が話し合い、社会福祉協議会のボランティアグループの会員が車で迎えにいくことにした。何度か病院に同行したところ、次第に猫以外の話もするようになった。

Lさんに仕事をしたい気持ちがあることが分かったので、支援員は再度自立相談支援窓口を勧めたが、そこには行きたくないという。自宅から出て訓練を受けることにはまだ抵抗があるようだ。そこで社会福祉協議会が請け負っている内職を提案したところ、自宅で作業するようになった。

支援者としては、今後、もし高齢の父親の体が不自由になることがあれば、将来を考え、次の段階の提案ができるようにしたいと考えているという。

■本人の悩みに継続的にかかわる「伴走型支援」

高齢になった親が、我が子のひきこもりについて相談することができなくなったあとに本人にアプローチしたり、ひきこもり以外の関心事から本人と信頼関係を構築したりした例をみてきた。

川北稔『8050問題の深層「限界家族」をどう救うか』(NHK出版新書)

「ひきこもり支援」「就労支援」といった枠を越えて、一人の人が抱える悩みに対して包括的に、継続的にかかわっていくような支援の姿勢を、「伴走型支援」という。

40歳以上の無職やひきこもり状態の人を含め、8050問題の対応は始まったばかりといえる。介護をきっかけに家族にアプローチする介護関係者や、年齢や分野を問わない自立相談支援窓口の支援者による対応例は、今後も増えていくと思われる。一方、外部には窮状に思えても、本人や家族が支援者の提案をなかなか受け入れられない実情があるのも現実である。

限界に至るまで外部の支援から家庭を閉ざす人たち、支援を求めている反面、具体的な提案を受け入れにくい家族の姿がある。目標を狭く定めた縦割り型の相談ではなく、伴走型支援によって事態を打開していくことが求められている。

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川北 稔(かわきた・みのる)
愛知教育大学教育学部准教授
1974年、神奈川生まれ。名古屋大学大学院博士後期課程単位取得修了。社会学の立場から児童生徒の不登校、若者・中高年のひきこもりなど、社会的孤立の課題について調査・研究を行う。

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(愛知教育大学教育学部准教授 川北 稔)

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