チケットは即完売「秘境駅」を行く観光列車の旅
プレジデントオンライン / 2019年12月16日 15時15分
■「ポツンと」人気は一軒家だけではない
「秘境」がひそかなブームとなっている。日本各地の人里離れた場所に存在する住宅を紹介するテレビ番組『ポツンと一軒家』(テレビ朝日系列)は、今月8日放送分の平均視聴率が18.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)で好調だ。
ポツンとある家と同じく、ポツンと存在する駅にも人気が集まっている。駅周辺に人家や人の気配が全く感じられず、鉄道以外での到達が難しい駅は秘境駅と呼ばれ、年々愛好家が増えている。
そんな秘境駅ファンから熱視線を浴びる鉄道路線の一つがJR飯田線だ。豊橋駅(愛知県豊橋市)と辰野駅(長野県上伊那郡辰野町)を結ぶローカル線で、駅は全部で94駅もある。通して乗れば約6時間かかることから、鉄道ファンの間では“忍耐の路線”とも言われる。天竜川に沿って走る全195.7kmの間には、138のトンネル、379の橋を数える。
飯田線には秘境駅が多い。「秘境駅へ行こう!」などの著書を持つ鉄道愛好家の牛山隆信氏が、ホームページで発表している「秘境駅ランキング」2019年度版によれば、100位以内に飯田線の駅は8つもランクインしている。
■チケットは即完売の大人気観光列車
周りには何もなく、ポツンとたたずむ秘境駅。癒やしを求めて秘境駅巡りをしたい鉄道ファンは多数存在するが、1日で回ろうと思えば大変だ。そもそも運行本数の少ない飯田線。ひとたび秘境駅に降りれば次の列車がくるのは2,3時間後というのもザラである。コンビニも喫茶店もない秘境駅にポツンと取り残されるのは想像するだけでも気が遠くなる。
そんな秘境駅ファンの悩みを一挙に解決してくれるのが、2010年から毎年春と秋に数回運行されている急行列車「飯田線秘境駅号」だ。1日でたくさんの秘境駅を回れる夢のような観光列車であり、毎回チケットが発売されると即完売するという人気ぶりだ。
なぜこんなにも人気なのか。飯田線秘境駅号の企画を担当するJR東海・運輸営業部の大谷直也さんこう分析する。
「『どうしてこんなところに駅があるの!?』という驚きが、秘境駅の人気に火をつけていると感じます。秘境を訪ねるテレビ番組も人気で、みんな『行ってみたい』と思うのでしょう。小和田をはじめとする秘境駅には、かつて周辺に集落がありましたが、ダムの完成によって水没してしまったところもあります。このように駅一つ一つに歴史があり、そのロマンに思いをはせたり、大自然の魅力を感じるのも人気のポイントです。たくさんの人が癒やしを求めているのでしょう」(大谷さん)
■スタッフはポケトーク持参で外国人受け入れ態勢も万全
この飯田線秘境駅号は国内に限らず海外からも注目を浴びている。今年5月には「COOL JAPAN AWARD 2019」を受賞。このアワードは世界が共感する「COOL JAPAN」を世界各国の外国人の審査によって発掘・認定するものだ。
審査員は「誰も降りない鄙びた秘境の無人駅に静かに止まる列車は映画の世界のよう。深い山の中、あたり一帯に囲まれ、蝉の鳴き声だけが聞こえるような情景はとても日本的」とコメントしている。ちなみに他の鉄道会社の受賞は、大井川鉄道と京都丹後鉄道だった。
現に、今年春に運行した秘境駅号には、バックパックを背負った欧米からの旅行客がいたそうだ。大谷さんに聞けば海外に向けて宣伝は打っておらず、SNSか何かで情報を仕入れたのかと推測される。JR東海は今回のアワード受賞を契機に、外国人の乗客が増えることに大きな期待を寄せる。秘境駅号はインバウンドの受け入れ態勢も万全で、英語版の沿線マップ配布や、添乗スタッフに携帯通訳機「ポケトーク」を配備している。
11月24日、筆者も飯田線秘境駅号に乗車した。運転区間は豊橋~飯田(長野県飯田市)。午前9時50分に豊橋を出発し、飯田に着くのは午後3時半。約5時間半の列車旅である。
座席は全部で168席。この日もほぼ満席だ。カメラや時刻表を手にした鉄道ファンをはじめ、ファミリー、シニアグループなどでにぎわう。女性も半分近く乗車していたのが印象的だ。一部旅行会社では、秘境駅号に乗車するツアーも販売されている。
■それぞれの駅に降りて撮影や散策を楽しめる
途中の停車駅は、新城、柿平(186位)、東栄、大嵐、小和田(3位)、中井侍(13位)、伊那小沢(79位)、平岡、為栗(16位)、田本(6位)、金野(7位)、千代(25位)、天竜峡。(※順位は「秘境駅ランキング」による)。天竜峡まで豊橋運輸区の運転士が乗務し、そこから伊那松島運輸区の運転士と交代する。
それぞれの駅では、降りて撮影や散策等を楽しめるように停車時間を設けてある。走行中は飯田線を知り尽くした乗務員が、ユニークなアナウンスで沿線を紹介。景観の良い場所は徐行するので、シャッターチャンスを逃すことはない。
停車する秘境駅は、一つひとつが個性的で、味わい深い。古い木造の立派な駅舎がある小和田、絶壁に細長いホームが張り付く田本、つり橋のかかる天竜川が目の前に広がる為栗など見どころは満載。金野や千代は駅看板に触ると運気がアップすると言われ、停車直後から看板には多くの人だかりができていた。
停車する駅には、大嵐(おおぞれ)や中井侍(なかいさむらい)、為栗(してぐり)など難読駅もある。筆者としては、ぜひとも駅看板を写真に収めて、後に周囲にクイズを出す楽しみ方を提案したい。
■現地住民による伝統芸能のパフォーマンスも
飯田線秘境号は地域連携も魅力の一つ。一部の駅では住民たちのおもてなしが待っている。特産品の販売や、伝統芸能のパフォーマンスなど、あたたかい交流も可能だ。JR社員たちは、運行を前に地域住民とも打ち合わせを重ねている。
車内のもてなしも手厚い。沿線マップや乗車証明書、今回新たに制作された秘境駅号「原寸大ヘッドマークシール」が配られた。シールは原寸大というところがミソである。手に取ると非常に大きくてリアルだ。鉄道ファンなら誰しも小躍りしたくなるだろう。
■35年ぶりに誕生した駅長は12歳の男の子
あくまでも主役は乗客。抽選で選ばれた子どもが「小和田駅一日駅長」に任命するイベントもあった。この日駅長に選ばれた愛知県一宮市から来た12歳の男の子は、自宅で時刻表を読むのが趣味という鉄道ファン。「駅舎の裏側に入れてうれしい」と興奮した様子で、小和田駅の事務室で業務を行った。小和田駅は1984年までは有人駅だったが、それ以降は無人。実に35年ぶりに駅長が誕生するという、貴重な瞬間だった。
乗客を楽しませてくれるイベントが満載で、おもてなしの心を感じずにはいられない。この日おもてなし担当として乗務したJR東海・運転士の伊藤大輔さんは「車内はとても楽しい雰囲気。秘境駅号は、皆さんに笑顔になってもらうために、そして地域のためにという思いで運行しています。秘境駅が好きな乗務員もいるので盛り上げたい」とコメントした。
■旅行会社を介したツアーがチケット購入の穴場
秘境駅号が来年春に10周年を迎えるにあたり、同社大谷さんはこう語る。
「鉄道ファンの間で秘境駅の人気に火が付きだしたとき、効率よく回れる列車を、ということで企画されました。単線である飯田線の複雑なダイヤを縫いつつ、秘境駅の魅力を感じてもらうために、時間をかけて運行ダイヤを調整しています。おかげさまで運行当初から人気で、リピーターも多いです。今は宣伝効果もあってか、鉄道ファンからファミリー層へと客層が広がりつつあります。
ちなみに私の“推し”の駅は小和田駅です。秘境駅のエッセンスがすべて凝縮されており、まさに『なんでこんなところに?』という感じの駅ですが、歴史やストーリーが詰まっています。少し歩けば廃虚となった製茶工場や、ミゼット(かつての三輪自動車)があるなど、人の営みを感じます。これこそ秘境駅のロマンです!」
国内外から熱い視線が注がれる秘境駅号。インバウンド人気に火が付けばプラチナチケットとなり、さらに競争倍率が上がるだろう。大谷さんによれば、座席数を増やすことも前向きに検討したいが、まだ協議を重ねる必要があるとのこと。ここだけの話、駅の窓口よりも旅行会社を介したツアーの方が比較的チケットが取りやすいというから、チェックしておきたい。
■飯田線秘境駅号に停車したおもな駅リスト
■秘境の旅はさらに続く
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鉄道コラムニスト
All About旅行ガイド。お得な鉄道旅行テクに詳しい乗り鉄。メディア出演多数。著書に『100倍クリックされる 超Webライティング 実践テク60』ほか。
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(鉄道コラムニスト 東 香名子)
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