ビール業界初の女性役員に学ぶ男社会の泳ぎ方
プレジデントオンライン / 2020年1月9日 6時15分
■製造ラインに入るため、異動希望を出し神戸へ
ビール業界で女性初の工場長、初の女性執行役員、そしてこの春、常務執行役員に就任した神崎夕紀さん。周囲は男性ばかりという製造の現場に入り、目の前のことに向き合った結果、“初”ずくめのキャリアが形成された。そんなさりげなさが穏やかなたたずまいにある。もともとは大学で農化学を学んだ理系。「技術で貢献しようという気持ちがバックグラウンドにある」と自己分析する。
「医薬品開発のベンチャー企業を経てキリンビールに入り、最初に福岡工場に勤めました。それまで、ものを作るためにたくさんの人が大きい設備を使って働いているという状況が想像できていなかったので、工場のダイナミックさには衝撃を受けましたね。品質保証の仕事をしていましたが、製造のプロセスに加わりたいと強く思うようになりました」
地域限定採用だったが異動希望を出し続け、入社6年目にオープンしたばかりの神戸工場に転勤になった。
「最初の1年間はすごく楽しかったですよ。立ち上げ直後ですから現場は混乱していたし、当時のことなので工場に泊まり込みで作業する日もありました。でも、品質管理担当として、商品を作りその良しあしを判断し出荷していくという製造のプロセスを1から経験できたので、充実していましたね。
■私なんて何度ダメだと言われたか
あれから20年、いまだに神戸工場の立ち上げメンバーと会うと『あの時はこうだった』という苦労話になります。たぶんそれは一生やり続ける(笑)。しかも工場長が天才肌で、とても研究熱心な人でした。私たち現場の人間にも直接、知識を問い、知らないとダメ出しされる。私なんて何度ダメだと言われたか数え切れないぐらいでした」
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神崎さんが「思いついたことをすぐやってしまうタイプ」だったこともあり、頭ごなしに怒られることもあったが「当時はそんなことものともしなかった」という。もの作りの最前線で働くのは、それほど楽しかった。だが、同時に壁も感じ始める。
「工場ではチームで仕事をしているので、そのチームで出した成果をきちんと形にしていきたいと思ったんです。例えば生産性を上げるための提案をしても、なかなかすんなりとは通らない。むしろ通るほうが珍しいぐらい(笑)。だから自分のポジションを決定権があるところに上げないと次につながらないと思いました。気持ちとしてはけっこう切実でしたね。仕事していて楽しいだけではダメだと気づいた時期でした」
その思いから経営職に合格したのは42歳のとき。女性で管理職になる人はまれだった。さらに上を目指し、栃木工場で花形といわれる醸造担当部長になった後、工場閉鎖を経験したのが最大の試練だったという。
「当時は部下が50人ぐらいいました。一人一人と面談し、期間雇用の人には辞めていただき、正職員には他のエリアに異動してもらう。みんな栃木で働けると思って入ってきたわけですし、住宅を買っている人もいる。当然、不満は出てきます」
閉鎖は半年後で時間はあったが、メンタル的に厳しい半年間だった。
「一貫して『ここで後ろ向きになって、腐ってもいいことはない。閉鎖までの間にどう成長するかを考え、新しいところに行ってスタートダッシュしたほうがいい』と部下を説得し続けました。そして、工場が閉まった日はみんな大泣きでしたね」
管理職の辛い役割を全うし、「2度としてはならない」と心に刻んだ。自身も本社に異動になり、さらに研究所を経て、女性初の工場長に。
「そのときは内線電話で内示を受けて、『神戸工場だ』と言われ、まさか工場長とは思わず『神戸工場のなんですか?』と聞き返しました(笑)。でも、立ち上げの思い出がある神戸でうれしかったですね」
2017年には現職の横浜工場長となり、同時にキリンビール執行役員に。役員になる際の面接では失敗したと思っていただけに、昇格には驚いたとか。
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■社長面接では失敗も!? 役員、さらに常務に昇進
「面接でキリンホールディングスの社長に問われたことにうまく答えられなかったんです。会社がこういう状況になったら経営サイドとしてどうするんだということを厳しく問われましたが、ふだん考えていない要素もあって、うまく話せない。なんとか答えましたが、終わって『うわぁ、全然ダメだな』と思いました」
しかし、結果は昇格。さらに、19年春、常務というキリンビールの女性で前人未踏の立場になった。
「考えなければならないことはたくさん。20年、30年先を見て、ビール造りに役立つ技術を開発していかなければならない。会社を将来にわたりお客さまに支持されるようにしなければならない。それと同時に、働いている人たちにやりがいを持ってほしいという思いが強くあります」
工場という現場に立ち続けているだけに、働く人を見る目は温かい。
「私の経験から言えるのは『置かれた場所で咲きなさい』というように、与えられた役割を全うすれば必ずプラスになるので、しっかりやったほうがいいということ。仕事が好きではないからと、それこそ後ろ向きになって腐り、表面でこなそうとすると、その時経験できるものを経験しないで終わってしまう。仕事を深掘りし結果的にプラスにできるかどうかは自分次第です。いつか訪れるチャンスを活かすためにもポテンシャルを高めておいてほしいですね」
役員の素顔に迫るQ&A
Q 好きな言葉
チャンスを活かせる自分になろう(自分の言葉)
Q 趣味
料理と晩酌
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Q ストレス発散
ゆるゆるジョギング
Q 愛読書
上橋菜穂子著「守り人」シリーズ
Q Favorite item
ゴルフボールケース
テディベアのようなゴルフボール入れ。「ゴルフは50歳を過ぎて始め、スコアは上がらないけれど前向きにやっています」
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キリンビール 常務執行役員 生産本部 横浜工場長
佐賀大学大学院農学研究科を修了し、1988年に体外診断薬製造メーカー入社。92年、キリンビール入社。福岡工場、神戸工場、横浜工場、栃木工場などに勤務し、2015年に女性初の工場長となる神戸工場長に。17年に横浜工場長、19年に常務執行役員。
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(小田 慶子 撮影=強田美央)
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