残業を愛する人々が気づかない恐るべきリスク
プレジデントオンライン / 2019年12月16日 11時15分
■働けど働けど、なお生産性は高まらず
1時間働くことで稼ぐおカネ(付加価値)を「時間当たり労働生産性」と呼びます。日本生産性本部が毎年発表するデータによると、日本は47.5ドル(4733円/購買力平価換算)。アメリカの72.0ドル(7169円)に比べると7割に達していません。その状況が25年以上もつづいているのです。
OECDの加盟36カ国のなかでは20位。G7(フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ)のなかでは、約50年にわたってずっと最下位です。この国際比較を見るかぎり、たしかに日本の生産性は低いということがわかるでしょう。
日本の働き方で、欧米の先進国と大きく違うことがほかにもあります。長時間労働です。OECDの調査では、日本で週50時間以上働く人は約22%です。ドイツの約5%、アメリカの約12%、イギリスの約13%に比較すると、長時間労働が日常化している人は多いといえます。
■データの裏に「働きアリ」
日本人の年間労働時間は、現在は1700時間前後でここ10年で見れば減少傾向にあります。1980年代後半までは2100時間でしたから、それに比べると年間の労働時間はかなり減ったように見えます。しかし現在の1700時間には、90年代以降に増加したパートタイマーなどの短時間労働者も含めた平均値となっています。フルタイムで働く男性社員では、現在でも年間の平均労働時間は2000時間を超え、かつて「働きアリ」「ワーカホリック」と呼ばれた働き方は、この30年間で実はほとんど変化しなかったことがわかります。
長時間労働の是正が本格的に進みだしたのはここ2~3年のことです。2019年4月に改正労働基準法が施行され、大企業では時間外労働の罰則付き上限規制が導入されています。これに先駆け、労働時間の削減に取り組む企業は多くありました。たとえば500人以上の事業所を見ると、フルタイムの男性社員で労働時間が週60時間を超える人は、2015年は13.6%だったのが、2018年は10.9%に減っています。この傾向は女性社員にも、また中小企業の社員も認められるので、日本全体で長時間労働を是正する動きがようやく始まったといえます。
■長時間労働のリスク
働く人にとって、長時間労働がもたらす最大のリスクは、心身の健康を害することでしょう。労働時間が心身の疾患にどう影響するかについては、国内外で多くの研究が蓄積されてきました。
たとえばアメリカでは、週46時間以上の労働を10年以上つづけた人は、心血管疾患の発症リスクが高くなると報告した研究があります。イギリスの公務員を対象とした研究では、週55時間以上の労働に従事した人は、35~40時間労働だった人に比べ、大うつ病や不安障害の発症リスクが高まると報告されています。
私たちの研究でも、労働時間が週50時間を超えるあたりからメンタルヘルスが顕著に悪化するという傾向が認められました(図表1)。ストレスから「イライラする」「寝つきが悪い」などの自覚があるため、仕事の能率も悪く、生産性は低下していると考えていいでしょう。
![長時間労働はメンタルヘルスにどう影響するか?](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/4/670/img_a4c49069e7670f9755bdc5252808c004340320.jpg)
■週50時間を超えると危ない
この研究では、同一個人に4年間にわたって、働き方やメンタルヘルスについて追跡調査したデータを用いています。つまり、業務内容や働き方の違い、ストレス耐性や性格の違いといった個人差に関係なく、週50時間を超えるとメンタルヘルスが悪化する人は多いという結果が得られたのです。
週50時間未満の場合は、労働時間の長さによるメンタルヘルスの違いが比較的小さいことから、週50時間はメンタルヘルスを健康に保つうえでの参考値になるはずです。
ところが、同じデータを用いた別の研究で、たいへん興味深い結果が得られました。「仕事の満足度」は、労働時間が週55時間を超えたあたりから上昇するということです(図表2)。この満足度は、残業手当が増えるなどの金銭的な効用ではなく、仕事から得られる達成感、自己効力感、職場で必要とされているという自尊心などを指しています。平たく言えば、週55時間を超える長時間労働は、本人にとっては、仕事が面白く、満足感や達成感が大きいということになります。
![なぜそこまでして長時間労働するのか?](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/c/670/img_6c4090c1dc8e7cdc321bc6f97d0aa0ba203169.jpg)
■残業で得られる充実感は“認知の歪み”
2つの研究は同じデータを用いたので、一見すると、矛盾した結果が出たようにも観察できます。
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■労働時間が週55時間を超えると、仕事の満足感は高まる傾向にある。
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この2つが、働く個人のなかで同時に起こるということです。メンタルヘルスは悪化しながらも、気分は高揚している。いわゆる「ワーキング・ハイ」だろうと推察できます。
行動経済学の領域では、自分の健康に過剰な自信をもってしまう傾向(overconfidence)や、現在の状態が将来も継続されると考えてしまうバイアス(projection bias)が、人間には見られると指摘されています。いわば“認知の歪み”です。
私たちは働くときに、以下のことを意識するべきでしょう。
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◎仕事の満足度を優先しすぎず、自分のカラダの声に耳を傾ける。
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この2つを意識するだけでも長時間労働は是正され、日本の時間当たり生産性は高まるのではないでしょうか。
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早稲田大学教育・総合科学学術院 教授
1994年、日本銀行入行、金融研究所にて経済分析を担当。一橋大学経済研究所助教授、同准教授、東京大学社会科学研究所准教授を経て、2011年4月より早稲田大学教育・総合科学学術院准教授、14年4月より現職。専門分野は労働経済学、応用ミクロ経済学。
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(早稲田大学教育・総合科学学術院 教授 黒田 祥子 写真=iStock.com 構成=Top Communication)
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