米国の新聞が「政府機密」を暴き続けられるワケ
プレジデントオンライン / 2019年12月13日 18時15分
■「アメリカは負けている。早く撤退すべきだ」
慶應や上智で開講している講座「2050年のメディア」では、必ず、ニューヨーク・タイムズの回をもうけ、学生には映画『ペンタゴン・ペーパーズ』を見てから授業に臨むようにさせている。
というのは、この事件ほど、報道の存在する意味をよく知らせてくれる事件はないからだ。
1971年のペンタゴン・ペーパーズ報道はアメリカにおいて、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストが真の意味で「第四の権力」として政府をチェックする役割を持つことが人々の間で認識された事件だった。
米国政府がベトナム戦争の有効性について調査したその結果は、「アメリカは負けている。早く撤退すべきだ」というものだった。が、この調査報告書は、政権内でもごく一部が共有したのみで、公表されずに終わろうとしていた。
その文書を持ち出してコピーし、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストに持ち込んだのが執筆者ダニエル・エルスバーグで、ニューヨーク・タイムズはそれをもとに連載を始めるが、ニクソン政権から、出版差し止めの仮処分申請がなされ、これが認められてしまう。
あとから文書を入手したポスト紙は、社の経営を揺るがせるであろうこの文書を掲載すべきか否かで社は真っ二つに割れる。
■キャサリン・グラハム「質が利益をつれてくる」
社主キャサリン・グラハムは、上場目論見書にある一節にポスト紙の特徴を他の新聞と比較してこう書いてあることに着目する。
「質が利益をつれてくる」
他の新聞チェーンに比べて利益率は低いが、それは質の高い報道をするために、スタッフや取材費にお金をかけているからで、それはいずれきっと報われ利益をもたらす、そうした趣旨だと判断したグラハムは、ペンタゴン・ペーパーズも掲載を決める。
ワシントン・ポスト紙が12月9日からの連載で明るみに出したアフガニスタン・ペーパーズ(原題は「Lessons Learned(=得られた教訓)」)は、まさに、71年のキャサリン・グラハムの言葉を地でいった活動で手に入れたものだ。
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■「諜報活動の責任者が本音を話している」との情報
きっかけは、2016年の夏にマイケル・フリンが、「アフガン復興のための特別調査委員会」(Special Inspector General for Afganistan Reconstruction=SIGAR)という政府機関のインタビューを受けた、という情報をポストの記者が得たことだった。マイケル・フリンは、後にトランプ政権の国家安全保証問題担当補佐官に任命されることになる軍人で、アフガニスタンで、諜報活動の責任者でもあった。その彼が、アフガン戦争について本音を話しているという。
ポストは、2016年8月に情報自由法によって、フリンのインタビューの録音、起こしを開示するよう申請した。トランプ当選前のこの時期に、SIGARの事務局は、数週間で記録は開示できるとしていた。
が、トランプ当選の後、雲行きが変わった。フリンが、国家安全保障担当補佐官に任命された翌日、SIGARは、フリンのインタビューを開示しないことを決定する。「現在進行中の案件については法は開示を認めていない」として。
そこからのポストの行動が凄(すご)い。
■訴訟費用は、何十万ドルもかかるとみられたが…
ポストは、まずSIGARに、その決定は「公共の利益に反するから法的に不当」として、上告する。そして、ここが重要なのだが、2017年3月には、SIGAR調査全体の他のインタビューについても、情報自由局に情報公開請求をしたのだった。
そして、2017年10月には、ポスト紙は、SIGARのトップを、文書を開示しないことは不当として、提訴するのである。
この訴訟費用は、何十万ドルもかかるとみられたが、キャサリン・グラハムの「質が利益をつれてくる」の言葉どおり、ポスト紙は、このフリンのケースを、SIGARの調査全体の試金石として使ったのだった。
SIGARは、ついに何百もの、この調査でのインタビューを訴外で、ポストへ渡したのだった。これらは、「アメリカの国民が、常に嘘(うそ)をつかれてきた」ことを示している文書だ、というSIGARのトップのジョン・ソプコの言葉とともに。
■「戦争の目的がまったくわからない」
実際、インタビューには驚くべき情報が含まれていた。戦況を有利に見せるために、データの改竄(かいざん)が常態化していたことや、タリバンを掃討するためといって山賊まがいのウォーロード(軍閥)たちに多額の金が消えていたこと、また「戦争の目的がまったくわからない」といった前線の指揮官の言葉などが次から次へと出てきたのだった。それは腐敗をえぐるような情報だった。
映画『ペンタゴン・ペーパーズ』では、深夜掲載を決めたグラハムの一言で印刷所に一報が入り、印刷工が、印刷開始のボタンを押す。コールドタイプの活字で作られた版から次々と新聞が刷られていく。待ち受ける配送車が、払暁のワシントンの街に、新聞の梱包を投げ下ろしていく。このようにして、秘密報告は、国民の共有のものとなった。
現在はデジタルによってポストは、この秘密報告を国民と共有している。
■印象論だけの政権批判は「竹槍の戦い」にすぎない
現在のポスト紙は紙よりも有料デジタル版のほうが、契約者数が多い。100万を超えるデジタル版の契約者数がある。
連載では、時間をきめて読者からの質問に、デジタル上で、取材班の記者たちが答えるというイベントがあった。その記録は今も掲載されているが、読みごたえがある。たとえば実際に子どもが兵士として来年の2月にカブールに赴任するという親からは、このような評価がわかった今、「どうやって、戦場に赴く若い兵士たちに、あなたたちの努力は意味があるというべきなのか?」といった問いにも正面から答えている。
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ペンタゴン・ペーパーズとアフガニスタン・ペーパーズには共通の特徴がある、現在進行中の戦争について、政府が調査をし、その有効性に大きな疑問をなげかける。文書は、政府内にとどめおかれ、国民には共有されない。それを「第四の権力」としてのメディアが明るみに出したという点だ。
ひるがえって日本はどうか? まず政権が、政権の政策が失敗しているのではないか、というような調査自体を行うことはない。そして記録自体が、シュレッダーにかけられた(「桜を見る会」今年の招待者の名簿)、あるいは、廃棄された(2016年の自衛隊南スーダン派遣部隊が作成した日報)と発表される。
そしてメディアは、そうした政権に、印象論だけの否定で「竹槍(やり)の戦い」をしているように見える。
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慶應義塾大学総合政策学部 特別招聘教授
1986年、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年、文藝春秋に入社。編集者として、一貫してノンフィクション畑を歩き、河北新報社『河北新報のいちばん長い日』、ケン・オーレッタ『グーグル秘録』、船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』、ジリアン・テット『サイロ・エフェクト』などを手がけた。19年3月、同社退社。2018年4月より前期は慶應義塾大学SFC、後期は上智大学新聞学科で、「今後繁栄するメディアの条件」を探る講座「2050年のメディア」を開講している。 著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善ライブラリー)、『勝負の分かれ目』(角川文庫)。最新刊は『2050年のメディア』(文藝春秋)。
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(慶應義塾大学総合政策学部 特別招聘教授 下山 進)
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