不合理でも「自国第一主義」に走る政治家の魂胆
プレジデントオンライン / 2019年12月16日 18時15分
■「絶対権力」を求める政治家が世界中で増えている
世界が巨大な怪獣に飲み込まれようとしている。一体、この怪獣の正体は何なのだろうか。
脳裏をよぎるのが、「リヴァイアサン」である。17世紀のイギリスの哲学者トマス・ホッブズは、自然状態による市民同士の戦争を避けるため、市民は絶対権力に服従すべきだと説いた。そのとき絶対権力をもつ国家のことを、ホッブズは旧約聖書に登場する海の怪獣にちなみ「リヴァイアサン」と呼んだ。
最近、民主主義の国々にこの絶対権力を志向する政治家が増えている。代表格は、アメリカのドナルド・トランプ大統領である。トランプ氏にへつらう日本の安倍晋三首相や韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も同類項だ。
かたくなにEU離脱を主張し、今回、議会解散後の総選挙で圧勝したイギリスのボリス・ジョンソン首相も、トランプ氏に引けを取らない、絶対権力を求める凄まじい政治家である。
中国の習近平(シー・チンピン)国会主席や北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長も絶対権力を志向している。しかし、彼らの国は体制そのものが独裁であり、私たちの民主主義国家とは大きく違う。
■デマをネットに流して、世間の歓心を買う
ジョンソン氏とトランプ氏は55歳と73歳と年齢は離れているが、性格や言動はとてもよく似ている。
2人とも発言がかなり大ざっぱだ。人種差別や女性蔑視の失言も多い。あきれるのは、事実とは違う情報を無責任に大勢の人の前で話し、ネットにも流す。選挙戦では実現の難しい公約を大っぴらに掲げ、支持者の歓心を買おうとする。支持者の求めるところを見つけ出しては、さらに支持者を増やしていく。ジョンソン氏もトランプ氏も、ポピュリズム(大衆迎合主義)の政治家である。
12月12日に投開票されたイギリス下院総選挙で、ジョンソン氏は「EU(欧州連合)離脱」を前面に押し出し、何度も「来年1月31日までに離脱する」と叫び、混乱に疲れて早期収拾を望んでいた有権者の心をつかんだ。
■「でっち上げ記事」が問題になった元ジャーナリスト
ジョンソン氏は破天荒な政治家だ。英オックスフォード大卒のエリートで、ジャーナリズムの世界で活動した後、下院議員、2度のロンドン市長、外相とキャリアを重ねている。
一方、英タイムズ紙で研修生として働いたときには、でっち上げ記事が問題となって解雇された。その後、デイリー・テレグラフ紙に入社し、ブリュッセル特派員として働いたものの、事実を誇張した記事を書くことから度々問題になった。
週刊誌『スペクテイター』の編集長やBBCのニュース風刺番組の出演者を歴任し、奇想天外なキャラクターが徐々に人気を集めていった。
ボサボサの金髪頭。小太りで前かがみの風貌。離婚と再婚も繰り返しており、英国の政界ではその存在の異様さが際立つ。
トランプ氏の「アメリカ第一主義」は有名だが、ジョンソン氏も「イギリスを偉大な国にしよう」と国益の優先を唱えてきた。彼も確かな自国第一主義者である。
■自国第一主義を追い続ければ、やがては破綻する
沙鴎一歩は、民主主義国家がポピュリズムや自国第一主義に走ることは、車の車軸を歪めることと同じだと考える。民主主義で国家を運営していくには、車軸を整えるように、民意や国益とのバランスを整えなくてはいけない。有権者の声を巧みに捉えながら国益を強調し、自らの権威を高める。そんな国家運営を続ければ、アクセルを踏み込んだときに車軸が壊れて大事故を起こす。
自国の利益を優先することが外交の基本だが、それにも限度がある。民主主義国家が自国第一主義やポピュリズムを追い続けると、やがては破綻する。グローバリゼーションの進んだ現代社会では、他国との協力や協調なしに国家運営はできない。単独国家は存在しえない。ヨーロッパの国々をひとつにまとめ上げたEUの存在価値はここにある。
EUはEC(欧州共同体)をベースに外交や安全保障の政策を共有し、単一通貨ユーロの導入によって通貨が統合されている。1993年11月にマーストリヒト条約(欧州連合条約)の発効で創設された。加盟国は約30。加盟国間の出入国や税関の審査が廃止され、人と物が自由に移動できる。本部はベルギーのブリュッセルにある。
1党独裁国家の中国でさえ、経済政策に資本主義の原理を取り入れ、「一帯一路」というシルクロードに沿った巨大経済圏構想、つまり他国との連携を重視している。北朝鮮にしてもその中国のお墨付きなしにはもはや存在できない。
■サッチャー政権下の1987年以来の歴史的な大勝利
問題のイギリスの下院(定数650)総選挙は12月12日(現地時間)に投開票が行われ、13日の午後には全選挙区の開票作業が終了し、全650議席が確定した。
ジョンソン首相が率いる保守党が第1党を維持し、単独過半数の議席を獲得した。サッチャー政権下の1987年以来の歴史的な大勝利だった。投票率は67.3%だった。
これでイギリスがEUと結んだ離脱協定案や関連法案の下院通過が容易になり、来年1月末のEUからの離脱が実現に近づく。
イギリスBBCによると、保守党が過半数の326議席を上回る365議席を獲得した。最大野党の労働党は改選前から大きく議席を減らし、203議席にとどまった。EU残留を求める北部スコットランド地方の地域政党スコットランド民族党(SNP)は48議席、自由民主党は11議席だった。
■「イギリスが目指す理念と将来像を国際社会に示せ」
12月13日付の朝日新聞の社説は、選挙戦の模様をこう書いている。
「議会の混沌が長引いたため、英国民の間では疲労感が広がっていたという。最大野党の労働党は離脱か残留かを表明せず、両方の支持者を失った」
「『何が何でも』と強硬姿勢を貫いてきたジョンソン氏は、党内の穏健派を追放した。『やり遂げる』と大書きした掘削機を運転して壁をぶち抜くパフォーマンスも見せた」
朝日社説は「そうした言動の派手さとは裏腹に、離脱後の英国の姿は一向に見えていない」と指摘し、こう主張する。
「欧州統合の流れに背を向けて、英国はこれからどんな秩序を志向するのか。多国間協調を重んじるのか、それとも単独行動の傾向を強めるのか」
「離脱に踏み切る前に、ジョンソン氏は新たな英国がめざす理念と将来像を、国際社会に明示してもらいたい」
ヨーロッパを代表するイギリスだ。かつては大英帝国の名をほしいままにした国家である。EU各国だけでなく、日本やアメリカを初めとする世界中の国々がその一挙一動を見ている。ジョンソン氏にはしっかりとイギリスの行く末を示してほしい。
■なぜ朝日社説は「自国第一主義の問題」を追及しないのか
朝日社説は書く。
「ジョンソン氏の討論発言や、保守党のマニフェストを見る限りでは残念ながら、内向きな姿勢が目立つ。とくに移民政策では、資格審査を強め、非熟練人材の受け入れ抑制を強めるとしている」
左派の朝日社説としては、右派的な移民政策が許せないのだろう。さらに朝日社説は指摘する。
「財政では、この9年間保守党が守った緊縮路線をやめて、公共投資を増やすという。移民規制と財政的なテコ入れにより、『主権を取り戻した』英国の復活を強調する思惑のようだが、そこには閉鎖的な自国第一主義がちらつく」
朝日社説も沙鴎一歩と同じく、ジョンソン氏の自国第一主義を問題視している。「自国第一主義」であることは間違いない。ならばそこを社説として追及してほしかった。自国第一主義の問題点を分かりやすく浮き彫りにするのが、新聞の社説の役目ではないか。
■経済的な観点からは、残留が合理的な判断であるが…
右派の読売新聞は12月14日付社説で、ジョンソン氏の圧勝をこう書き出している。
「英国が欧州連合(EU)から来年1月末に離脱する道が大きく開けた。英国と欧州の将来に重大な影響を与える審判が下されたと言えよう」
前向きな捉え方だが、否定的な分析も忘れない。
「英国の進む方向は明確になったが、課題は多い。離脱は短期的には英国経済にマイナスになるというのが大方の見方だ。経済的な観点からは、残留が合理的な判断であることに変わりはない」
やはり離脱せず、ヨーロッパ諸国と仲良くやっていくのがベストなのだ。
■残留派の票が小選挙区制のもとで議席につながらなかった
さらに読売社説は「英国社会での離脱派と残留派の対立は深刻だ。世論調査では、両者の数字は拮抗している」と指摘し、こう主張する。
「今回の選挙結果は、残留派の票が労働党と小党に分散し、小選挙区制のもとで議席につながらなかった側面が大きい。ジョンソン氏は、国民の分裂を修復し、融和を促していかねばならない」
分裂や分断は自国の利益を最優先するトランプ氏のアメリカでも、大きな社会問題となっている。読売社説が主張するように、ジョンソン氏は離脱派と残留派の対立を和らげる政策を一刻も早く打ち出す必要がある。
読売社説はジョンソン氏のポピュリズムと自国第一主義の問題に触れていない。そこがとても残念である。
今後もイギリスのEU離脱問題で社説を書く機会は何度もあるだろう。そのときにはぜひ、ポピュリズムと自国第一主義の問題にまで言及してほしい。これは1人の読者としての思いである。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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