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日本のがん検診率が先進国最低な「最低のワケ」

プレジデントオンライン / 2020年1月27日 9時15分

今や日本のがん患者の5年生存率は66.4%。早期に見つければ助かる率はさらに上がるが――。(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/adventtr

生涯のうちに男性の62%、女性の47%が罹患(りかん)するがん。一方で治療法の進歩により、早期に発見できれば治る病気にもなっている。たが、東京女子医大がんセンターの林和彦センター長は「多くの人は自覚症状が出てから病院に来る。その多くは進行がんになってしまっている」と嘆く――。

■どんなに啓発活動をしても40%強止まり

日本では1年に100万人の人ががんにかかり、そのうち37万人の人が亡くなります。

100万人は富山県や秋田県の人口と同じ。37万人は、例えば大阪府吹田市の人口と同じです。毎年1つの県の人口と同じ数の人ががんになり、1つの市と同じ数の人ががんで亡くなるのです。

生涯のうちに男性の62%、女性の47%ががんにかかります。決してテレビの中の有名人だけの話ではなく、どの人にも今日にでも起こりうることなのです。

そして100万人のうち37万人の人が亡くなるということは、逆に言うと残りの60万人以上は助かるということ。がんは決して「かかったら死を覚悟するしかない病気」ではなく、3人に2人が助かる病気なのです。実際、国立がんセンターが2019年12月14日に発表したデータによると、日本全国のがん患者の5年生存率は、最新の集計で66.4%に達しています(*1)

しかし「あなたはがんです」と言われたとき、冷静に反応できる人はほとんどいません。みな「なんで私が。がん家系じゃないのに」「なんてついてないんだ」そして何より「まさか、自分ががんになるなんて」と反応します。これはわれわれにとっては残念なことです。

がん対策には政府の予算がつけられています。全国各地に「がんセンター」が作られ、2006年には「がん対策基本法」も公布され、「がんは2人に1人がかかる病気」という啓発活動もされてきました。それでも日本人の多くは、がんを自分のこととして見ていません。

日本人は先進国の中でもがん検診を受ける人の割合が最も低い国です。がん対策基本法ができた2006年の時点では、どのがんの検診率も軒並み20~30%台でした。それから十数年かけて、国を挙げて啓発活動をし、ようやく40%程度まで上がってきました。がん検診の啓発活動は今も盛んに行われていますが、検診率は40%強まで上がったところで止まっています。これは80%あるアメリカの半分です。

■自覚症状が出てからでは遅い

政府がこれほど努力してがん検診を勧めているのは、それだけのメリットがあるからです。

僕の患者さんのなかには、初診の時点でもう助かる見込みのなかった方がたくさんいます。そんな患者さんの多くは、がん検診を受けていません。

毎年がん検診を受けるような人は健康への関心が高く、高血圧にしても糖尿病にしても早めにチェックし、必要な医療を受けています。検診で見つかるがんは早期がんが多く、例えば子宮頸がんであれば9割近くが早期がんです。その段階で治療すれば、95%が治癒します。ところが検診を受けないまま、自覚症状が出てから病院に来てがんが見つかった人の場合、30~40%は進行がんです。そういうことがわかっていながら、日本ではいまだに自覚症状が出てから来る人が半分を占めるのです。

■自分の命がかかっているのに

なぜ日本では、がん検診の受診率が低いのでしょうか。2016年に、がん検診を受けない理由を国が調べた国民調査があります。理由の1番は「受ける時間がないから」で、これが5割。2番は「費用がかかり経済的に負担だから」で、こちらは4割でした。「がんとわかるのが怖いから」も4割、「健康状態に自信があり、必要を感じない」という人も3割いました。

こういう結果を見ると、ついいら立ちを抑えられません。自分の命がかかっているのです。時間などなんとでもなるはずです。毎日食事もしているし、遊びにも行っているでしょう。お金についていえば、がん検診は多くの自治体で補助があり、無料かそれに近い費用になっています。高くてもせいぜい、内視鏡検査で3000円というところです。何万円もする化粧品や何百万円もする車を買うことを考えれば、それぐらい出せないことはないでしょう。

僕は小中学校でがん教育の授業をするとき、この調査結果をいつも見せて、「どう思う」と聞いています。先日、新宿の小学校で講演した際、前に座っていた6年生の女の子たちに聞いたら、3人が息を合わせたように、「バカみたい」と言いました。

そういう反応があるとうれしくなります。日本人は予防的な行動が苦手な国民なのかもしれません。

■わが身を守る「ヘルスリテラシー」も世界最低

「ヘルスリテラシー(Health Literacy)」という言葉があります。日本ではあまりなじみがありませんが、公衆衛生学的に確立された概念で、「ヘルスケア(病気や症状があるときどう医療を利用するか)」「疾病予防(予防接種や検診受診、その他疾病を予防するための行動など)」「ヘルスプロモーション(健康の維持・増進)」の三つの領域について、健康情報を「入手」・「理解」し、適切に「評価」して「活用」できる能力を指します。

個人のヘルスリテラシ-を測定できる質問表もつくられており、人々の実際の行動も、この質問表の点数によく相関していることがわかっています。国際比較もよく行われているのですが、残念ながら、日本人のヘルスリテラシーは調べられる限りで「世界最低」なのです。欧米先進国はもとより、経済的には発展途上国であるミャンマーやベトナム、インドネシア、カザフスタンなどよりもずっと下です。

■標準治療を拒否し、代替療法に飛びつく人々

ヘルスリテラシーが低いということは、ちまたに流れる健康情報の是非を自分で判断することができないということです。実際、テレビで放送されたこと、活字で書かれたこと、会員制交流サイト(SNS)で情報として流れてきたことを、無条件で信じ込んでしまう方が少なくないのではないでしょうか。

世界価値観調査(World Values Survey)という調査でも、日本人の73%は「テレビや新聞の報道内容を信じる」「ほぼ信じる」と答えたそうです。これは飛び抜けて高い数字です(同じ質問に対し「信じる」と答えたアメリカ人はわずか22%でした)。その結果、テレビで「○○が体にいい」と言う話が放送されるたび、翌日にはスーパーの棚からその商品が消えることになるわけです。

ヘルスリテラシーの低さは、いわゆる代替療法に飛びつく人の多さにもつながっています。現在の日本の病院で行われている標準治療は、医学的なエビデンスを積み上げた中で、最も有効とされる治療法です。「これが一番、有効な可能性が高い」ことがわかっている治療法なのです。

ところが全くエビデンスのない誤った情報を信じ、当初から標準治療を拒否して代替療法に飛びつく人が少なくありません。国民の皆さんには、わが身を守るために、ぜひともご自分のヘルスリテラシーを高めていただきたいと思います。

■「充実した医療体制」への甘え?

がん患者の5年生存率に代表される日本の医療水準の高さは、世界的に知られています。しかも日本は、病気になったときに患者が支払う医療費の安さ、受診したり治療を受けたりする場合の医療機関へのアクセスのよさでも極めて高い水準にあり、WHOの調査でも、世界的な医学誌の評価でも、常に世界トップクラスの医療体制と評価されています。しかし肝心の日本人は、その事実をわかっていません。

先に日本のがん検診の受診率が40%で、アメリカはその倍の80%とお話ししました。なぜアメリカでそんなにがん検診の受診率が高いのでしょうか? アメリカでは医療費の個人負担額が驚くほど高いことが、その理由の一つだと思います。

アメリカでは高額の医療費請求による「医療破産(medical bankruptcy)」が社会問題になっており、2019年に米国公衆衛生学会が発行する学術誌に掲載された研究論文では、アメリカ人の個人破産の66.5%が医療に関連していたとしています(*2)。がんと診断された患者の42%は2年以内に資産を使い果たす、という報告もあります(*3)

日本で標準的に行われている膵臓(すいぞう)がんや肺がんの治療、心筋梗塞での急性期の集中治療室(ICU)の長期入院などは、同じ治療をアメリカでやったら、健康保険のカバーが不十分な中産階級以下の家庭なら、確実に破産してしまうような金額を請求されます。

■自分の健康に無頓着にならないで

僕は以前、ロサンゼルスで腫瘍医として勤務していたことがあるのですが、女性たちがなぜかしょっちゅう自分の胸を触っていることに気づきました。「何をしているんだろう」と思っていたのですが、実は彼女たちは、乳房にしこりがないかを触って確かめていたのです。病院の女性看護師などは毎日の習慣のようにそうやって乳がんのチェックをしていて、僕も「先生、ここにしこりがあるように思うのですが」などと相談されたことがあります。

日本人は全員が医療保険に加入しているし、高額療養費制度で治療費が一定額を超えたときはその分の支給を受けられます。しかし治療費を気にしないですむ結果、日本人が自分の健康状態に無頓着になり、それが検診率の低下につながっているとしたら、あまりにも皮肉な話です。進行して自覚症状が出てから病院に行くのでは、社会の医療費負担は増え、本人が助かる確率も低くなってしまいます。

(*1)国立がん研究センター「がん診療連携拠点病院等院内がん登録生存率集計」2019年12月14日
(*2)Adrienne M. Gilligan, David S. Alberts, Denise J. Roe, Grant H. Skrepnek, “Death or Debt? National Estimates of Financial Toxicity in Persons with Newly-Diagnosed Cancer” The American Journal of Medicine October 2018, Volume 131, Issue 10, Pages 1187–1199.e5
(*3)David U. Himmelstein, Robert M. Lawless, Deborah Thorne, Pamela Foohey, Steffie Woolhandler, “Medical Bankruptcy: Still Common Despite the Affordable Care Act”, American Journal of Public Health 109, no. 3 (March 1, 2019): pp. 431-433.

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林 和彦(はやし・かずひこ)
東京女子医大がんセンター長
医学博士、1986年千葉大学医学部卒業。東京女子医科大学消化器外科入局後、米南カリフォルニア大学に留学。東京女子医科大学化学療法・緩和ケア科教授を経て現職。長年がん患者やその家族と治療を通じて触れ合うなかで、国民ががんについて正しい知識を持つことの重要性を感じ、がん啓発やがん教育に傾注。2017年には教員免許も取得。小中学校や高等学校でのがんの授業に加え、医師や教員対象の講演も積極的に行っている。著書に『よくわかるがんの話1~3』(保育社)など

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(東京女子医大がんセンター長 林 和彦)

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