経営者が「教祖」と崇めるコンサルタントの伝説
プレジデントオンライン / 2019年12月25日 11時15分
※本稿は、作間信司『一倉定の社長学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■死の直前まで、社長を叱り飛ばした
「社長専門コンサルタント」を生涯貫いた一倉(いちくら)定(さだむ)先生はよく、「世の中に、良い会社とか悪い会社なんてない。あるのは、良い社長か悪い社長だけである」と語っていた。この一言こそ、“社長の教祖”の異名を持つ一倉定の信念があった。
一倉先生は1999(平成11)年3月に亡くなる直前、病床においてさえ鬼気迫る形相で社長を叱り飛ばしていた。最期は教え子であったT社長が運営する施設に入った。そのT社長の計らいで富士山を望める特別室が用意された。
しかし、である。部屋に入るや否や「社長を呼んで来い!」と一喝。「君は富士山が綺麗に見えると言ったが、いったいどこに見えるんだ!」確かに窓からは雄大な富士山が正面に見えてはいるが、ベッドに横になると壁と青い空しか視界に入ってこないのである。
「君はこのベッドに寝たことがないだろう」「一晩も泊まったことはないはずだ」「あれほど、『お客様の立場になって』『お客様第一主義』と教え、経営計画書に書いてあっても、君はまだ全然わかっていない」と大目玉だった。
会社の繁盛も長い事業の継続も「全てはお客様がお買い求めになられ、満足し、また購入していただけることでしか実現できない」。「この当たり前すぎるほど当たり前のことが、なぜわからないんだ」と、常に社長に「喝」を入れ続けていた。
「社長の居場所は常に市場、お客様のところになければならない」とした一倉社長学の原則は、時代を超えた不変の哲理なのである。
■厳しさに隠された「やさしい心」
あるときは、大手メーカーの下請けで赤字に転落したA社長からのSOSを受け、「工場のコストダウン政策では潰れてしまう!」と檄を飛ばし、嫌がる社長とともに販売店の店頭訪問を繰り返し、高級ラインの商品開発と値上げ要請、自主販売の具体策を講じた。
また、不渡り事故で資金難に陥りそうになった社長と経理部長を川崎の自宅に呼び、休日を返上し深夜に及ぶまで資金対策や銀行対策に心血を注いだ。何としても会社を守り抜くための手立てを考え、実行させ続けたのである。
全ての権限を社長に集中させ、怯懦(きょうだ)になる社長の背中を押し、強烈なトップダウンで血が流れようと幹部が反対しようと、会社存続のためには泣いて馬謖(ばしょく)を斬ることも断行させたのである。
一倉先生を知っている社長たちは、「鬼の一倉」を強調したがるが、実際の一倉先生は鬼だけではなかった。「鬼手仏心」という四字熟語があるが、一倉先生の厳しい姿勢の中に「慈悲にみちたやさしい心」を感じた社長がたくさんいたのである。
講義や会社で怒鳴られた社長たちが今でも、「あのとき、先生があれだけ本気で怒鳴ってくれていなかったら、ウチは今頃ないかもしれない」と話している。これほど怒鳴られて多くの社長たちから感謝されているのは、一倉定先生ぐらいだろう。
■「業績不振を社員のせいにするな!」
私がはじめて一倉定先生と会ったのは、1979(昭和54)年である。その頃の一倉先生は東京・大阪・福岡の公開セミナー(年間8コース)と個別企業の相談指導など、超ハードスケジュールでまさに全国を飛び回わっていた。
当時は、60歳を過ぎたあたりで、まさに脂が乗り切った時期だった。獲物を狙うような眼光の鋭さが印象的であった。当時、私は大学3年で経営学、会計学を専攻していたが、当然だが一倉先生の講義が大学の講義とあまりに違うことにショックを覚えた。さらに社長がこれほど熱心に勉強する姿に触れ、意味もわからず感動したことだけは鮮明に記憶している。
当時の情景が浮かんできた。
東京駅から徒歩5分、皇居前のパレスホテル、地下1階のゴールデンルーム。350名を超える異業種の社長が一堂に集い、大きな声で互いに近況や市場、お客様の情報交換で一種独特の熱気に包まれていた。会場の前列は10年、20年と通い続けていた常連組の席だった。家族ぐるみの付き合いをしているオーナー一族も多く、さながら同窓会の雰囲気である。
午前10時きっかりに、ざわついていた会場が一倉先生の登場とともに、ピーンと張りつめた空気に変わり、社長を叱り飛ばすような、教え諭すような一倉節が午後4時まで続いた。私の手元には、当時、一倉先生が講義で使用していた受講用テキストが8冊あるが、今でもページをめくっていくと、行間から先生が「いったい、社長はどっちを向いて経営をしているんだ!」「業績不振を社員のせいにするとは、社長の怠慢以外何物でもない」と睨むように怒鳴る声が響いてくる。
■「1杯3万円の珈琲」を飲みに通うK社長
当時、私には、一つ疑問があった。それは、10年、20年と通い続ける社長たちの心境だった。毎年毎年同じようにしか聞こえない話を、多くの社長がなぜ高いお金を払ってまで聞いているのかということだった。
そこで、勇気を出して、親しくさせていただいた社長に尋ねたことがあった。「傘屋さんの事例の次は、千葉の食品工場の商品開発で……、と次の冗談まで覚えているほどなのに、なぜ出席されるのですか」と。
すると、K社長はニヤッと笑って、こう話し出したのである。
「同じ話でも、聞くこっちの聴き方で、営業方針を変えなきゃとか、新事業の糸口が少し見えて腹が据わったなど、気づきが毎回違ってくるんだよ」K社長は講義会場で聞かずに、毎年、珈琲コーナーで珈琲をがぶ飲みしながら講義を聞いていた。
また、富山から来られているA社長は一倉先生に、「とにかく3年間は私の講義を聴き続けなさい」「なるほどと思ったことはとにかく決めて実行しなさいと諭され、素直に従ったんだよ」と。社長のあり方に悩んでいた当時の自分には、考え方の違いに驚くばかりで、3年のうちに会社がみるみる良くなり、「いつの間にか、一倉教の信者になっていた」と懐かしそうに話された。
そして、初日が終われば、あちこちの仲間が夕食を兼ねて集い、経営論を肴に自分の体験や考え方を戦わせて2日目の朝を迎えるのが、毎回の講義風景であった。
一倉先生の言葉が「これではダメだよ!」と聞こえていたのだろう。その一番の姿が「社長自身が満足し、わがまま、傲慢になってお客様を見ていない姿」なのである。K社長はお約束通り翌年2月にも、1杯3万円になるコーヒーを飲みに来て、怒られている自分の姿を思い浮かべ、また一年間走り続けるのである。
■ユニ・チャーム創業者も門下生だった
大阪の金属加工業の社長は、一倉先生の教えを「背中にズドーンと太い柱が建ったようだ」と表現された。その柱とは、社長それぞれによって異なる。ある社長にとっては「お客様第一主義」であったり、またある社長にとっては「環境整備」であったりする。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/4/200/img_547e74a963c3486bc0ab653548a6e2e4256531.jpg)
有名になった「電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも社長の責任」「経営計画書」「事業の定義づけ」など、社長の生涯を通して変わることのない信念を形作っていた。
先年亡くなられたユニ・チャームの創業者、高原慶一朗社長(当時)もまた大変勉強熱心な方であり、東部一倉社長会の主要メンバーを長年務めていた。ご自身の著書の中でも「原因自分論」という独特の表現で社長の覚悟を表明し、言い訳をせずお客様である女性の満足・不平不満の解消に経営資源を集中され、社業発展に尽力されていた。
一倉先生は、何年経っても「変わらない事業経営の根幹」を社長に叩き込むとともに、事業の繁栄は進化、複雑化するお客様の要求を満たすために「我社を作り変え続ける社長の姿勢」こそ大事であるという教えは、いかなる業種でもいつの時代にも通用するのである。まさに、本質の力を説いていたのである。
売上利益の向上は、会社の外にいるお客様を訪ね、欲求、不平をつかみ、満足する商品・サービスを提供することでしか実現しない。この当たり前の現実が、先生自身の幹部社員時代の倒産体験と数多くの指導現場で血を吐くような努力で体得した根本思想である。
だから社長への指導は、資金の確認を早急に終えると、お客様を訪問し自身の目で見て、お客様の声を直接聞き、ご要望を実現するために、社内がどんなに混乱しようともできる方法を考えさせ実行させたのである。
そこで社長が、営業からの報告をそのまま話そうものなら、たちまちカミナリが落ちる。自分の目と足でつかんだお客様のことと聞いた話の違いを、たちどころに先生に見抜かれてしまい、会社の存亡に関わることを社長自らやろうとせず、社員任せにする性根を徹底的に叩き直されることになるのである。
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日本経営合理化協会専務理事
1959年生まれ。山口県出身。1981年、明治大学経営学部卒業後、大手インテリア会社にて販売戦略など実務経験を積んだ後、1983年、日本経営合理化協会入協。事業の企画・立案を担当するかたわら、会長牟田學の薫陶を受け、全国の中堅・中小企業の経営相談に携わる。協会主催の社長塾「地球の会」「事業発展計画書作成合宿セミナー」などの講師を歴任し、現在「佐藤塾~長期計画~」副塾長、「JMCA幹部塾」塾長を務める。
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(日本経営合理化協会専務理事 作間 信司)
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