あの令和の歌人が「讃酒歌」を詠みまくった理由
プレジデントオンライン / 2020年1月3日 9時15分
※本稿は、三宅香帆『妄想とツッコミでよむ万葉集』(だいわ文庫)の一部を再編集したものです。
■飲む人と飲まない人の大きな分断
あな醜賢しらをすと
酒飲まぬ人をよく見ば
猿にかも似る
(『萬葉集』巻三・三四四)
現代語訳
あほかいな、賢いフリして
酒飲まん人を見ると、
猿に似てると思うで
お酒を飲む人と、飲まない人。
今も昔もそこには大きな大きな分断があり、「え、そんなに?」とちょっと苦笑しておののいてしまいそうな溝が広がっている。
飲み会でわーきゃーと楽しそうに騒いでいる人を横目で見ては、お酒を飲む人なんてバカみたい、と思う人がいる。
反対に、飲み会でまったくお酒を飲まない人を横目で見ては、あほらし、なんで飲まないほうが賢いみたいなポーズをとるんだ、と思う人もいるだろう。
そう、この歌みたいに。
■萬葉集には13首もの「讃酒歌」がある
この歌なんてきわめてシンプル、「お酒を飲まない人、サルに見える!」という歌……。悪口かよ。苦笑してしまうわ。
しかしお酒を飲む人の詠む歌は、これで終わらない。実は、まだまだある。
萬葉集には、なんと13首もの「讃酒歌」が掲載されているのだ。
巻三という巻におさめられた「讃酒歌」は、歌群(歌たちのまとまり)の題詞に「大宰帥大伴卿の酒を讃めし歌十三首」と書かれている。お酒を讃(ほ)める歌たち、と書いて、讃酒歌。大宰帥大伴卿とは大伴旅人(当時、大宰府の長官だった)のこと。
しかしお酒を讃(たた)えるだけで13首も歌が詠めるなんて、旅人、どんだけお酒が好きなんだ……とツッコむべきところ。というかむしろ、お酒が好きな人が萬葉集の時代から変わらず居続けることに感動する、というべきだろーか。
■酔っ払いの号泣を全肯定
讃酒歌には、ほかにこんな歌がある。
(巻三・三四五)
現代語訳
価値のしれない珍宝であっても、
一杯の濁酒に勝てることなんてないんやで
……宝よりも価値のあるお酒、宣言。
(巻三・三四八)
現代語訳
この世で楽しくお酒を飲んで生きられるならば、
来世は虫や鳥にでもなろうかな
……お酒を飲むことが今世のいちばんの楽しみ、発言。
(巻三・三五〇)
現代語訳
黙って賢そうにしているよりも、
酒を飲んで酔い泣きするほうがいいはずだ
……酔っぱらいが泣くこと、全肯定、宣言。
■壮大な裏テーマ「漢詩からの影響」
お酒の肯定しかしてねえ……! どれも「お酒を飲まないでしらっと座っているよりも、お酒を飲んでばかになったほうがいいよ!」といった声が言外に聞こえそうな、某ジャニーズの「WAになっておどってみますか☆」といったノリに似たものを感じる歌たちだと思いませんか。
しかし。当時、お酒を飲むことをテーマにして詠むことは、当たり前かと聞かれれば、そうではない。
萬葉集中に「宴会で詠まれた歌」はすごく多いけれど、「お酒を飲むことそのものを詠んだ歌」は少ないのだ。
じゃあ、旅人はどうして13首もの「お酒をテーマとした歌」を詠んだのか?
それを考えてみると、「漢詩からの影響」という萬葉集の大きな大きな裏テーマが見えてくる。お酒の話から急に壮大な話になるけれど、ちょっと解説してみよう。
漢詩、つまりは中国の詩。
萬葉集は奈良時代の歌集ですが、そこには多大なる漢詩の影響が横たわっている。というか、この時代は漢文という中国の文体が使われていたわけだから、自分たちよりも先を行ってる漢詩を無視することなんてできない。むしろ元来のフォーマットはあっちにある。
たとえば一昔前のアーティストが、みなさんビートルズの影響を多大に受けていたように。漢詩という「最先端の文芸」に学びながら、萬葉集の歌人は和歌を詠んでいた。
■太宰府は外国文化の影響を受けやすい地域だった
とくに大伴旅人をはじめとする、「大宰府にいた歌人」(ほかの有名な歌人には山上憶良がいる。ほら、「貧窮問答歌」って歴史か国語の教科書で習いませんでした?)は、漢詩をものすごくよく勉強していた。大宰府は九州だし、中国と地理的に近く、漢詩や漢文の本がたくさん入ってきたことがその理由のひとつらしい。外国文化の影響を受けやすい地域って今も昔もたしかにある。
で。たとえば漢詩のなかには、劉伶という人が作った「酒徳頌」(酒徳の頌)(『文選』四十七に所収)という詩がある。お酒の徳、つまりお酒ってすばらしい! ということについて詠んだ詩になっている。頌ってのは、神様にささげるために徳をほめる詩のことね。
いったいどんな飲んべえが作者なのかと思うけれど。この作者、劉伶って人は「竹林の七賢」ってやつのひとりなのだ。
「竹林の七賢」とは何か。中国の魏・晋の時代、世俗の揉め事を避けて竹林の奥に集まった、七人の文人のこと。文人ってのは賢くて教養のある人々のことね。まあ世俗の政治などに構わず、山奥で自分たちの豊かな教養を耕すことに励んだ賢いひとたち……というイメージの人々だ。
■飲んべえの詩すらも「お手本」だった
その竹林にこもった七賢のうちのひとりが、「酒徳頌」の作者。
この「酒徳頌」、内容としては、みんなが酒が悪いって怒ることを「何言っちゃってんの」と笑う内容である。ほ、ほんとに「七賢」のメンバーなのか? といぶかしくなるほど、お酒に対する肯定的な意見を詠った詩だ。
ちなみに劉伶は大酒飲みで奥さんが心配すると「オレは自分では断酒できねえ! 神様に断酒をお願いする!」と言いつつそのためにお酒を用意し、やっぱり酔っ払った……というエピソードが残ってるような人だったらしい。お酒ラブだったことは想像がつく。こんなふうに竹林の七賢ってイメージだけだと、悟りきったおじいさんたちのように思えるけれど、作った詩文を見ると「悟り……?」と首を傾げたくなるものも多いところが面白いところだ。
で、現代の我々からすると「ほんとに七賢なのか」と言いたくなるお酒についての詩文も、萬葉集の人々にとってみればお手本とすべき文芸だった。だからこそこの「酒徳頌」、萬葉集の旅人が作った讃酒歌の内容にすこし似ているのだ。
讃酒歌のなかに、
(巻三・三四○)
現代語訳
むかしの竹林の七賢でさえ欲したのは、酒だったんだよ
という歌がある。旅人が「酒徳頌」をふまえていた証拠となる歌だ。えらい人のお墨付きをもらったから、もうお酒ガンガン飲んでいいよね! という発想。すごい。
今も昔も好きな人は好きなお酒たち。飲みすぎには注意してくださいね、ということで、おひとつどうぞ。
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文筆家・批評家
1994年生まれ。京都天狼院書店元店長。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。研究テーマは「万葉集における歌物語の萌芽」。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)、『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)がある。
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(文筆家・批評家 三宅 香帆)
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