なぜ京都に来る日本人観光客が減っているのか
プレジデントオンライン / 2019年12月31日 11時15分
※本稿は、中井治郎『パンクする京都』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■「いうほど増えてへん」、なのに…
観光客の引き起こすさまざまな問題に京都の市民が悲鳴を上げるオーバーツーリズム的状況が大きく問題化されるようになってきたのは、2015年前後からであるといわれている。
しかし京都を訪れる観光客数が5000万人を突破した2008年以降、その数がピークを記録した2015年でも5600万人ほどなのである。しかも、その後は減少傾向にあって2018年には5275万人まで数字を下げている。
つまり観光客数は「いうほど増えてへん」うえに、近年ではむしろ減りつつあるのである。ではなぜ、京都のオーバーツーリズムは深刻化したのだろうか。
そのカラクリにおいて重要なことは「量」ではなく「質」への着目である。つまり、「どれくらいの人が京都に来ているのか?」ではなく、「どんな人が京都に来ているのか?」という視点だ。
■ひそかに進行する「日本人の京都ばなれ」
京都における観光産業の主役だったのはもちろん日本人観光客だった。この日本人観光客が減っているのだ。たとえば、お宿バブルといわれ「部屋が取れない。取れても高くて泊まれない」などといわれてきた近年の京都であるが、じつは日本人宿泊数はここ数年、毎年数%ずつ減少し続けており、とくに主要ホテルの日本人宿泊者数は2018年には9.4%も減少したという。
また2019年の7月に発表された「じゃらんリサーチセンター」による2018年度の宿泊旅行調査結果では、京都の宿泊者数は全国7位であり、「大人が楽しめるスポットや施設・体験が多かった」では5位と健闘するものの、「地元ならではのおいしい食べ物が多かった」29位、「地元の人のホスピタリティを感じた」18位など、たとえば8分野のうち4分野で1位を占める沖縄に比べるととても「日本一魅力的な観光都市」などと胸を張れるものではない。さらに前年度に比較しても8分野中6分野で順位を下げているのである。
近年は日本全体で国内旅行者数が減少傾向にあるとはいえ、これらのデータや調査結果からは、「日本人の京都ばなれ」がひそかに進行しているさまを見て取ることができるかもしれない。
■外国人との「お宿争奪戦」に負ける
すっかり決まり文句となった「若者の~ばなれ」が往々にして「若者ではない人」の一面的な物事の捉え方を示すものでしかないように、「日本人の京都ばなれ」にも、その言葉に安易に乗っかる前にその背景に目を向けることも重要である。
たとえば日本人宿泊者数の低下の背景としては、「お宿バブル」を引き起こした宿不足の結果、外国人観光客と日本人観光客のあいだで部屋の奪い合いが起こっていることが指摘されている。
気軽な国内旅行として京都を訪れようと思う日本人観光客と、一大イベントである海外旅行として京都を訪れようと思う外国人観光客では、宿を予約するタイミングがちがうのだ。
つまり「よし、はるばる日本にいくぞ!」という意気込みの外国人たちが旅行の数か月も前に部屋を押さえてしまうため、「来月の連休、ちょっと京都でも行ってみようか」とふと思い立った日本人が宿を取ろうとホテル予約サイトを開く頃には、ときすでに遅し。希望の日程と適当な予算でプランを検索してもどこも満室。「仕方ない、京都はあきらめるか」と、またちがう観光地の名前で検索し始めることになってしまうのである。
■京都を押し出される日本人
また日本人にとっての京都の魅力・人気の低下にかんしても、京都市の発表した平成30年度「京都観光総合調査」にその背景をうかがわせる調査結果がある。
実際に京都を訪れた日本人観光客への調査で、9割を超える人々が「京都観光に満足した」と答えている一方、「京都観光中に残念なことがあった」と答えた日本人も4割を超え、その多くが「観光客が多すぎて観光を楽しめなかった」「観光客のマナーが悪い」「いつも道路が混んでいる」などオーバーツーリズムに起因すると思われるものなのだ。
これはつまり満員電車の乗客の悲鳴と同じで、京都がそのキャパシティを超えた観光客を受け入れていることへの苦情ともいえる。
ホテルの部屋数やバスの本数、また観光空間の広さなど、観光にかんするさまざまなインフラ的要素との兼ね合いのなかで、どれだけの観光客を受け入れられるかという観光地のキャパシティは有限である。
ホテルの予約合戦に負け、多すぎる観光客のために観光を楽しめない日本人観光客。そこには京都に押し寄せる外国人観光客と限られた観光インフラを奪い合い、「負けて」押し出される日本人観光客という構図が見え隠れする。
「日本人の京都ばなれ」というより「京都から日本人が押し出されている」というほうが実状に近いといえるだろう。
■外国人観光客の「質」の変化が招いた問題
そして、日本人観光客が減り外国人観光客が増えるというのは、京都を訪れる観光客数という「量」はそれほど変わらなくても「質」が徐々に入れ替わっていることを意味する。
本書で見てきたような京都におけるオーバーツーリズムをめぐる問題は、じつは単に観光客の数が増えたことによるものではなく、全体の観光客数はそれほど変わらなくてもその中身が外国人観光客に取ってかわったことで惹起(じゃっき)しているのだ。
全体の観光客数は変わらなくても、そのなかで外国人観光客の比率が増えることで起こる問題はさまざまにあるが、まずは「集中」にかんするものと「文化」にかんするものとがあげられる。
外国人観光客の比率が高くなると必然的に「京都ははじめて」という人が多くなる。そうすると、清水寺や金閣寺など、日本人観光客であれば「修学旅行でいちど行ったから、もういいかな」と思ってしまう京都のゴールデンルートといわれる「ド定番」スポットに観光客が集中することになる。また、バスの一日乗車券などを使用する人が多いため、限られた交通機関に観光客が集中してしまう。
■目立つマナー違反、生活の場への浸食するツーリズム
文化にかんする摩擦は「マナー違反」という形で問題化されることが多い。
「試食をすべて食べてしまう」「他の店の食べ物を持ち込む」「何も頼まずに居座る」など飲食店でのふるまい、ゴミのポイ捨て、トイレの使い方、道端で座り込む、落書きなど、この種のトラブルは観光地ごと、街ごと、お店の形態ごとに枚挙に暇がないほど多種多様な形をとることになる。
もちろん「旅の恥は掻き捨て」的な非日常ゆえの大胆さに起因するマナー違反もあるが、主にこのような異文化接触時の摩擦がマナー違反問題の根底にあると思ってよいだろう。
定番の観光名所だけでなく地元の人々の暮らしを観光対象とする「まちなか」観光の人気が生む問題もある。市民の生活のための場所だった錦市場が観光化されていく問題や、舞妓パパラッチという形で問題化されている祇園や花街における外国人観光客のマナー違反の問題も、そもそもは「一見さんお断り」で知られる「敷居の高さ」で日本人観光客が遠慮を感じていた祇園界隈に、そんな感覚を共有しない外国人観光客が押し寄せていることが問題の根本である。これもある種の異文化接触の問題といえるだろう。
いずれにせよ、京都でオーバーツーリズムが問題化しはじめた2014年から2016年の間に外国人宿泊客数は3倍も増加していた。このことからも観光客の「質」の変化が京都の地域社会にどれほど大きな影響を与えたかをうかがい知ることができるだろう。
■圧倒的な存在感を示す中国人のポテンシャル
では現在、外国人旅行者として日本を訪れているのはどのような人々なのだろうか。現在、訪日外国人の5人に4人はアジア人であり、欧米人は10人に1人ほどである。
2018年のデータでは中国(26.9%)、韓国(24.2%)からの旅行者だけで全体の5割を超え、これに台湾(15.3%)、香港(7.1%)を加えると東アジアからの観光客だけで73.5%も占めることとなる。
とくに年々数を増し続ける中国人の存在感は大きく(2008年の訪日中国人は100万人ほどだったが、2018年には約838万人)、「3人に1人は中国人」といってもよいくらいである。彼らこそ日本の外国人観光客急増の原動力といってもよい。
いまや世界中の海外旅行者の5分の1を占めるといわれ、日本のみならず世界中の観光地に押し寄せ世界中の観光地にオーバーツーリズムをもたらす「主役」とされることも多い中国人旅行者であるが、ツーリズムの世界でそれだけの存在感を示す現時点でも、パスポートを発給されているのは中国の全人口約14億のうちわずか5%ほどにすぎないという。
中国のパスポート所有者は今後年間1000万単位で増えていくともいわれており、そのポテンシャルは計り知れない。
■見落とされがちな「ビザ」の問題
外国人観光客の急増は中国をはじめとするアジア中間層の成長が主要因であることはよく知られているが、日本国発行のパスポートを持つ人々がこのことについて考えるときに見落としやすいのがビザの問題である。
とくに、「日本のパスポートを持っていればどこの国でも入国できるのに」と世界の旅行者から羨(うらや)まれるほど日本国のパスポート所有者は海外旅行の際にビザを必要としないことが多いため、余計にピンとこない人が多いかもしれない。
ビザとは目的ごとの入国のための事前審査証であり、つまりは入国許可である。主に国家間の政治的・経済的関係によって許可される要件やそのために必要な手続きが緩和されたり、また逆に厳格化されることもある。
世界の人々が、たとえば「さあ、次のバカンスではどこの国に行こうか」と候補となるいくつかの国を見比べるとき、自分が渡航する際に観光ビザが必要な国かどうか、その要件の厳しさ、そして手続きがどれだけ「めんどくさい」かなどは重要なチェックポイントになるのだ。
■発給要件の緩和で団体客がドッと流入
そしてインバウンド市場の「主役」である中国人旅行者も、ビザ要件の緩和とともにその数を伸ばしてきた。しかし中国は日本にとってあまりに広大で巨大な国なのだ。
その人口規模や国内事情の複雑性にかんがみて、他国のようにいちどに全土・全国民に対して観光ビザ緩和や免除というわけにはいかないと判断され、中国に対するビザ緩和は地域別、要件別に段階的に行われてきた。
2000年に北京、上海、広東省の住民を対象に団体観光ビザの発給が始まり、徐々に対象地域を拡大。職業や経済力の確かさなどが発給要件とされながらも、個人観光ビザの解禁は2009年に始まり、その要件も段階的に緩和されていくこととなる。
これはつまり「中国人観光客も富裕層ばかりではなくなった」「最近は中国人のバスツアー団体客が増えた」など、訪日中国人観光客の「質」の変化を考える際は、その時々の観光ビザの要件によっていまどのような人々が日本のビザを手に入れることができているのかを考える必要があるということである。
■外国人観光客は「上客」か「招かざる客」か
平成30年「京都観光総合調査」では外国人消費額の単価は日本人消費額の2.2倍とされている。つまり外国人観光客は日本人にとって、とても「効率の良い客」なのである。
しかし、その一方で、これまで見てきたような外国人観光客へのヘイトの高まりも無視できない。彼らは「上客」なのか、「招かれざる客」なのか、どちらなのだろうか。
現在のインバウンドブームが到来する前である、2003年に行われた内閣府の世論調査では「海外からの観光客が増えることをどう思うか」という問いに対して、「増えてほしい」(48.2%)が「増えてほしくない」(32.4%)を上回っていたが、「増えてほしくない」理由としては90.2%の人々が「犯罪の増加につながる心配」をあげていた。
また「ビザ取得の免除や簡素化はすべきでない」が53%と、「免除・簡素化すべき」の22.1%を上回っていた。さらに「観光庁」が発足した2008年に総務省によって行われた「訪日外国人旅行者の受入れに関する調査」では、ホテル・旅館の実に72.3%が「今後とも外国人旅行者を受け入れたくない」と回答している。
■効率のいい客、救世主、でも不満が募る…
日本のインバウンド誘致は「官」主導であったといわれるが、国民や観光業界はどちらかといえば、もともと「冷めていた」ことがよく分かるデータといえるだろう。とくに実際に最前線で外国人観光客を受け入れることになる宿泊業界は及び腰であったといえる。
そんな日本社会が、出口の見えない「失われた20年」やリーマンショックによる消費の冷え込みなどによって、「背に腹は代えられぬ」と渋々「救世主」として外国人観光客を受け入れることになったというのが現実なのだ。
一方で、日本にこれだけの外国人が訪れること自体がこの国が経験するはじめての事態であることも事実である。そして、それに対する社会的な合意の形成が十分であったとはとてもいえず、そのことが社会やコミュニティにストレスや不安や反感をもたらすことになった要因といえるだろう。とくに地域の安全・安心にかかわる問題として持ち上がるマナー問題などは象徴的である。
■ゲストとホストの「出会い」に常に注意を払うべき
アジア系外国人観光客のなかでもとくに中国からの訪日観光客が急増する一方、内閣府による「外交に関する世論調査」では2014年に中国に対して「親しみを感じない」比率が過去最高に達して以来、「冷めている」どころではない「冷え切った」好感度を示す数字が続いている。
これはもちろん近年の外交上の問題も背景にはあるが、日本でお金を落とす外国人観光客がもてはやされる一方で、この章で述べてきたような日常生活で出会う彼らへの不満やヘイトが社会で少しずつ高まっていることも事実である。
観光はたしかに観光客というゲストと地域の人々というホストの「出会い」である。観光客の数というのは、その数だけ、この二者の出会いがあったということでもある。だからこそ、単なる数字の多寡に一喜一憂するのではなく、この二者がどのような出会い方をしているのか、人々はその出会いをどのように経験し、そこにどのような意味を見出しているのかには常に注意しなくてはならない。
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社会学者
1977年、大阪府生まれ。龍谷大学社会学部卒業、同大学院博士課程修了。京都界隈で延長に延長を重ねた学生時代を過ごし、就職氷河期やリーマンショックを受け流してきた人生再設計第一世代の社会学者。現在は京都の三条通で暮らしながら非常勤講師として母校の龍谷大学などで教鞭を執っている。専攻は観光社会学。京都府美山町や世界遺産・熊野古道をフィールドに、文化遺産の観光資源化と山伏についての研究を行う。
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(社会学者 中井 治郎)
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