マイナス金利は「住宅バブル」を起こす大失策だ
プレジデントオンライン / 2019年12月23日 9時15分
欧州中央銀行事会のメンバーで、イタリア中銀のイグナシオ・ビスコ総裁。「マイナス金利政策はほとんど効果がない」という見解を示した。福岡で今年6月に開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議にて。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■地方銀行が「かつてない業績の悪化」を記録したワケ
日銀は金融緩和策の一環として、2016年1月からマイナス金利政策を採用している。しかし景気にはさしたる効能がなかった反面、地銀を中心に金融機関の収益が大幅に悪化している。
報道によれば、全国103行の19年9月中間決算では、銀行収益の柱である資金利益が4年連続で減少、5つの銀行が純損益で赤字に転落するなど、かつてない業績の悪化を記録した模様だ。
他方で、同様の問題点に苛まれている欧州では、マイナス金利政策を見直す機運が高まっている。欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ前総裁は9月の政策理事会で、預金金利(金融機関がECBに預金をする際に適用される金利)を年▲0.40%から▲0.50%に引き下げた。その際、ECBは金融機関の収益に配慮するため、マイナス金利が適用される対象の資金に制限を設けた。
ECB理事会のメンバーであるイタリア中銀のビスコ総裁は12月初旬、独紙ハンデルスブラットとのインタビューで、マイナス金利政策はほとんど効果がないという見解を示した。
11月にECBの新総裁へ就任したクリスティーヌ・ラガルド氏もまた、デビュー戦となる12月の理事会後の会見の際に、マイナス金利政策の副作用について言及した。
ユーロとの間で固定相場制度を導入しているデンマークは、ECBの追加利下げを受けて、政策金利の一つである譲渡性預金の金利を0.10%引き下げ、年▲0.75%にした。対称的に、変動相場制を採用しているスウェーデン中銀(リクスバンク)は12月19日の会合で政策金利を▲0.25%からゼロに引き上げ、マイナス金利政策を解除した。
■住宅ローンを増やしただけのマイナス金利政策
そもそも金融緩和とは、金融市場に大量の資金を供給して金利を引き下げ、需要を刺激する政策だ。大量の資金を供給することで極短期の特定の金利(つまり政策金利)を低く誘導し、低金利環境を整えるのである。その政策金利は、伝統的にマイナス圏に引き下げることはできないとされてきた(金利の非負制約)。
2008年秋に生じたリーマンショック以降、各国の中銀は金融緩和を強化し続けてきた。その結果、政策金利はゼロまで達してしまった。それでも財政や景気を支えるために金融緩和を強化しなければならないと考えた各国の中銀は、政策金利やその一部の金利などをマイナス圏に引き下げて、金融緩和の強化を試みた。
厳密にいえば、各国で採用されているマイナス金利の仕組みはそれぞれ異なる。共通していることは、銀行が中銀に必要以上に預けている資金(超過準備)に対して手数料を徴収することだ。事実上の罰金を支払うくらいなら銀行は超過準備を取り崩し、貸出を増やすはずだ。それが景気の押し上げにつながると、各国中銀は考えたわけである。
■スウェーデンでは住宅価格が急騰し「住宅バブル」に
確かに銀行は貸出をある程度は増やした。ところが中銀の狙いとは裏腹に、増えた貸出は企業の設備投資用ではなく家計の住宅購入用であった。その傾向が顕著だったスウェーデンの場合、家計の債務残高はマイナス金利導入前の14年末時点で対GDP比82.7%であったのが、19年第2四半期時点で88.1%にまで膨らんだ〔出所は国際決済銀行(BIS)〕。
なおリーマンショックが生じた2008年時点におけるスウェーデン家計の債務は、対GDP比68.6%であった。その後、度重なる金融緩和の結果、需要が刺激されて住宅ローンが急増した。結果として住宅価格も急騰し、住宅バブルの様相を呈していたが、マイナス金利の導入はこの流れにさらに拍車をかけるものになってしまった。
スウェーデンの住宅価格は2017年ごろから下落に転じたとはいえ、水準はまだ非常に高い。事態をこのまま放置しておけば、住宅バブルがさらに膨張することになりかねない。それにバブルが崩壊すれば、マイナス金利で収益力が弱まった銀行に不良債権問題が追い打ちをかけることになるため、金融危機が生じると警戒される。
■欧州では脱マイナス金利の動きが広がっている
程度の差はあるが、こうした現象は欧州の各国で生じている。マイナス金利で需要が刺激されても、伸びるのは住宅ローンが中心だ。そこから得られる収益よりも、マイナス金利で徴収される手数料といった費用の方が勝っている。わが国と同様に、銀行の業績不振は、欧州では非常に大きな問題となっている。
経営に苦慮する欧州の銀行は、ペイオフ対象外の大口預金者に対してマイナス金利を適用している。当初は法人が中心だったが、今は個人(預金が10万ユーロ以上)にも適用されている。負担を避けたい人々が預金を引き出し、家庭用の金庫に入れるようになったというは有名な話だ。預金者にとってこれほど評判が悪い金融緩和策もないと言えよう。
それに世界的なドル高を受けて、欧州の主要通貨は相場が安定している。物価も緩やかだが着実に上昇している。通貨や物価を理由とする金融緩和は正当化できない。こうしたことから、欧州では脱マイナス金利の動きが広がりを見せている。それでは、同様にマイナス金利政策を実施している日本の場合はどうだろうか。
■行き過ぎた金融緩和は財政の持続可能性を削ぐ結果に
日本の家計の債務残高は最新19年第2四半期時点でGDPの58.7%にすぎない。マイナス金利政策導入前の15年末時点でも56.7%と、マイナス金利で家計の債務が増えたとは考えにくい。この間に日本の住宅価格は都市部を中心に堅調に上昇しているが、マイナス金利との関係は定かではない。
しかし繰り返しとなるが、地域経済のインフラである地方銀行を中心に、日本の銀行の収益力はマイナス金利政策の導入後、着実に悪化している。地方銀行そのものの経営体質に問題がないわけではないが、マイナス金利という異常な環境が銀行の収益力を弱めていることは、日銀自身も認める紛れもない事実だ。
GDPの2倍以上の公的債務を抱える日本経済にとって、財政の持続可能性を高めることは喫緊の課題だ。その財政を支えるためには、大規模な金融緩和は確かに必要不可欠である。しかし行き過ぎた金融緩和が、財政を支える金融を傷つける結果となっていることを私たちは認識すべきだろう。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)
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