あの「大勝軒」がスキー場でつけ麺を始めたワケ
プレジデントオンライン / 2019年12月25日 9時15分
■あの「大勝軒」が長野のスキー場に店をオープンさせた深い理由
広大なゲレンデと雪質の良さで知られるものの、白馬スキーエリアなどに比べて飲食店が少なく、ホテル内での食事を好まない海外からきた客のニーズに十分こたえられない……。
そんな悩みを抱える長野県の志賀高原スキー場に、2019年12月20日、つけ麺で有名な「大勝軒」がオープンした(経営は、株式会社大勝軒TOKYO。正式名称:大勝軒NEXT志賀高原ショップ。以下「大勝軒」)。
超有名店の長野県初進出とあって、地元紙「信濃毎日新聞」は12月20日付の紙面で「大勝軒の味、ふるさとで つけ麺の店、志賀高原に 山ノ内で少年時代―故山岸一雄さん考案」と大きく扱った。開店日にはテレビの人気情報番組がさっそく食レポに訪れるなど話題になっている。
「外国からのお客さまにも受けるでしょうし、関東はもちろんのこと、関西からくるスキーヤーも大勝軒の名は知っている。縁があって当ホテルの入り口わきで営業してもらうことになりましたが、志賀高原スキー場全体にとってもうれしいことです」(志賀一井ホテル社長・児玉市郎次さん)
でも、どうして志賀高原なのか。
■東池袋大勝軒店主の故・山岸一雄氏の愛弟子が込めた思い
ビジネスとして考えれば、都市部の長野市や松本市のほうが良さそうだ。じつは、出店するなら志賀高原スキー場を擁する長野県下高井郡山ノ内町でなければならないという理由があったのだ。
話は2018年の暮れにさかのぼる。
「町中華探検隊隊長」として都心の店を中心に取材に訪れている筆者は、「お茶の水、大勝軒」店主で、大勝軒TOKYO代表の田内川真介さんに知己を得て、神保町界隈へ行くたびに食べに行くようになっていた。
大勝軒はつけ麺とラーメンのイメージが強いのだが、ここにはカレーライスや焼きそばなど、町中華的なメニューが揃っているからだ。
田内川さんは、“ラーメンの神様”の異名を取った、東池袋大勝軒店主だった故・山岸一雄の弟子として修業を積んだ経歴を持つが、他の弟子たちのように自由に独立することを許されなかった。
「マスター(山岸氏)から、おまえだけはオレの味を変えずに守っていけと命じられたんです。子どものころから店に通い、息子みたいに接してくれていたからかもしれません」(田内川さん)
■伝統を守る「お茶の水、大勝軒」だからできた、スキー場出店
尊敬するマスターにそう言われたらやるしかない。そして、さらにもうひとつ条件が。
「『もういっぺん、昔の味を食べてもらいたいんだ。真介、一緒にやろう』と言われました。東池袋大勝軒では開業当時(1961年)、いわゆる町中華。つけ麺が人気となり、やむなくメニューを減らしていった経緯がありました。マスターはそれが残念だったんでしょう。最後に昔の味を復活させたかったんだと思います」
田内川さんがお茶の水に店を開いた2006年の開業当時は、山岸氏が連日のようにやってきて、味を伝授してもらった。だからここには、他の大勝軒にはない“復刻メニュー”がいろいろある。評判は上々で、復刻版カレーライスは並みいる専門店を抑え、「神田カレーグランプリ」で優勝もしているほどだ。
ある日顔を出すと、味噌ラーメンの復刻に取り組んでいる最中で、使用する味噌などを決めるため長野県へ行く予定だが、足がないという。そこで、松本市在住の筆者の車で味噌屋や唐辛子メーカーを回ることにした。
そのとき「マスターの出身地なので挨拶しておきたい」と立ち寄ったのが山岸一雄の地元である山ノ内町の役場。このとき、観光商工課の堀米貴秀さんから出たのが、山ノ内町のイベントに出店してもらえないかという提案である。
「つけ麺の生みの親である山岸さんが、山ノ内町出身であることを、地元でも知らない人が多い。いまや全国に広まったつけ麺で町をPRできないかと考え、ダメ元の気持ちでお願いしてみたんです」(堀米さん)
意外なことに、突然の申し出を受けた田内川さんは前向きの対応を取る。
「イベント販売だとつけ麺は難しいけど、カレーならやれるかもしれない。マスターの地元ですし、採算は度外視で考えてみましょう」
「お茶の水、大勝軒」を繁盛させ、いまや都内と千葉県で4店舗を経営するやり手社長らしからぬ発言だ。筆者に対して繰り返し言うのは「故郷で役に立てることがあるなら、マスターも喜んでくれるんじゃないか」という言葉だ。山岸さんがいなくなっても続く師弟関係の強さがうかがえた。
■大勝軒誕生のきっかけ荻窪「丸長」創業メンバー5人も山ノ内町出身
もうひとつ、背中を押すものがある。それは大勝軒が誕生するきっかけとなった「丸長」の創業メンバー5人も山ノ内町出身だということだ。
戦後間もない1947年(昭和22)に、都内の荻窪で5人が「丸長」を開店し、4人が「丸信」「栄楽」「大勝軒」「栄龍軒」として独立。それぞれ。のれん分け店を増やしつつ、“丸長のれん会”を結成し、グループの絆を維持してきた。
ちなみに、山岸氏が働き、まかないとして食べていたつけそば(つけ麺)は、中野と東池袋、代々木上原大勝軒でメニュー化され、その後、丸長各店にひろがっていった。
山岸氏の死後、分裂した東池袋大勝軒グループの中で、田内川さんは『味を守る会』を結成し、山岸氏のルーツである丸長のれん会に加盟している。山岸氏の故郷から声をかけられ、それに応えようとすることには、丸長のれん会として地元に恩返しする気持ちも込められているように筆者は感じた。
そう考えると、今年6月に開催されたイベントが成功した後、山ノ内町から本格的な出店を求められるのは自然な流れだったのかもしれない。
町にしてみれば、単に有名店を誘致するという話ではないのだ。そこには、つけ麺という大ヒット商品を発明して世に広めた、丸長ならびに山岸氏へのリスペクトと、ぜひとも町おこしの目玉にしたいという狙いがある。出店を真剣に考える動機がどちら側にもあるわけだ。
■大勝軒の門を叩いた「海産物問屋の女性」が店長
夏には店の場所を決めるべく視察に行き、もともとラーメン店だったが3シーズン営業されていなかった志賀一井ホテルの空き物件を借りることになった。
ホテル側の好意で家賃は安いが、新たにドアを設置するなど新たな投資が必要だが、田内川さんの決断は早かった。
「うちで修行中の青沼さつきさんに、のれん分けのような形で任せてみようと思うんですよね」
青沼さんは、中華に欠かせないナルトや海産物を扱う問屋をやっているが、店舗営業に興味を持ち、大勝軒の門を叩いた人。彼女が店長となり、スタッフを一人雇い入れれば調理はできる。フロアは、足りなければアルバイトに入ってもらえば回せるだろう。
出店の話が正式に決まると、町では道の駅で販売を計画し始めるなど、動きを早めた。秋には内装工事の打ち合わせをし、12月中旬に開業することも決定した。
■「目標は月商300万円」山の中のスキー場で可能なのか?
ところで、店を軌道に乗せ、2、3年で投資を回収するには、どれほどの売り上げがあればいいのか。
「目標は月商300万円かなあ。でも、山の中のスキー場でそれが可能なのか、正直言って見当がつかないですね。どれほどの人が食事を求めて店の前を通るかのデータもない。でも、やってみる価値はあると思う」
それよりも、問題は味だと表情を引き締める。「有名だから食べにきたけど、たいしたことないな」と、客に絶対に言わせたくないのだ。
「マスターに恥をかかせるわけにはいかないんですよ。混雑時のオペレーションについては東京で青沼さんに特訓します。忙しい時期にはウチのスタッフを応援に出すことも考えています。だけど、自分がいつもいられるわけじゃないでしょう。厨房も狭いので、材料に関してはカレーやラーメンスープを東京から送るしかないですね」
心配なのは、標高が1000メートル以上あること。お湯が沸騰しにくいとなると、茹で時間が通常より長くかかる。ただでさえ、つけ麺は注文を受けてから完成まで時間のかかるメニュー。茹で時間が長いと回転も悪くなるし、客を待たせてしまう。それを防ぐため麺を少し細くすることも考えているようだった。
■町おこし&ホテル再生&師匠の故郷に錦を飾る
この店はのれん分けだから独立採算制。田内川さんの利益はほとんどない。でも、それでいいと言う。のれん分けは弟子の独立。のれん分けさせた側が、それを応援するのはあたりまえのこととされてきた。理想は共存共栄。本部が儲ける仕組みになりがちなフランチャイズとは考え方が違う。
ビジネスとして考えてみても、この店にはお金以外のメリットがたくさんある。
山ノ内町は町おこしの“名物にして切り札”を手に入れた。一井ホテルは閉鎖していた店舗物件を復活させるとともに大勝軒のあるホテルという立ち位置を得た。青柳さんは独立を果たし、やる気満々の門出を迎えた。そして、田内川さんは世話になった師匠が“故郷に錦を飾る”手伝いをすることができた。縁結びの神様がいるとしたら、会心の出来だとほくそ笑むんじゃないか。
開店から1時間たった12時。小雪が舞うなか、店を訪れると席はほとんど埋まっていた。なかには、長野市から東池袋大勝軒まで通っていたというラーメン好きの姿もある。
たしかに若干麺が細いようだ。
「いまはそうですが、茹で時間の差は数秒とわかったので、太いのに戻すつもりです。オリジナルの味に近いほうがいいですからね」
当面の目標は一日平均ラーメン100杯。とりあえず休憩時間を設けずにやって、傾向がわかってきたらこの場所に最適な営業形態を作っていくつもりだ。
「はい、お待ち」
注文した“あつもり”が湯気を立ててやってきた。冷えた体を温めるべく一気にすすり上げる。
う、うまい!
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ノンフィクション作家
主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)、『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)など。最新刊は、『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。
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(ノンフィクション作家 北尾 トロ)
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