外交を「好き嫌い」で熱弁する人につけるクスリ
プレジデントオンライン / 2019年12月30日 11時15分
※本稿は、髙橋洋一『外交戦』(あさ出版)の一部を再編集したものです。
■「庶民にはわからないこと」で片付けてはいけない
「国際関係とは何か」と問われたら、読者は何と答えるだろうか。
ひと言でいえば、国際関係とは国家間の「貿易」と「安全保障」のことである。
貿易と安全保障は表裏一体であり、それを国家間でどうしていくのかを話し合うのが「外交」だ。
「貿易と安全保障の原理原則」をまとめたうえで、このところ目立った動きを見せている国際関係を解説したものが、本書『外交戦』である。
私は、書名の類はすべて編集担当者に一任している。それにしても、なんだか禍々しい響きすらある書名となったものだが、ある意味では、「外交」というものの性質を端的に表している。
外交は、実弾の飛び交わない戦だ。昨今の国際関係に目を向けてみても、各国が貿易と安全保障をめぐってしのぎを削っている。
片方が何か手を打てば、もう片方が別の手を打つ。お互いに国益がかかっているから簡単には引かないし、片方が少しでもスキや弱みを見せたら、もう片方はさらに畳み掛ける。
「相手が引いたら押す」「自分が引いたら押される」――。ひとたび互いの国益が衝突しようものなら、こうした押し合いが起こるのが外交なのだ。
もちろん現代では、実弾が飛び交う戦はそうそう起こらない。少なくとも民主主義国同士では、戦争を極力回避するという力学が働いている。それでも、どうしたら貿易と安全保障を最大限、自国に有利に持っていけるだろうかと戦略を練り、つねに出方を伺っている。
そういう意味では「平時」などじつは存在せず、随時随所で、外交という「戦」が繰り広げられているといってもいいだろう。
そして、一般人は、みずからが外交のプレイヤーとなることはなくても、もっと具体的に外交の何たるかを知っておいたほうがいい。間違っても「雲の上で行なわれている、庶民にはよくわからないこと」で片付けてはいけない。外交には国益がかかっており、国民の利害に直結するからだ。
■「経済同盟」と「軍事同盟」は一体になって当然だ
貿易と安全保障は、密接につながっている。経済的結びつきが強ければ、軍事的結びつきも強くなるし、その反対もまたしかりだ。対立し、いつ戦争になるかわからない相手とは誰も貿易しない。
ひとたび戦争になれば、相手国への投資がムダになるばかりか、貿易のために相手国に駐在している自国民が拘束されたり、はては殺害されたりといった被害に遭う危険も高まる。
このように単純に考えても、貿易は、戦争が起こる可能性がきわめて低い国、すなわち安全保障条約が結ばれており、軍事的結びつきが強い国と行うことが前提となる。
貿易が盛んな国とは、必然的に安全保障上の関係も強まるし、安全保障上の関係が強ければ、貿易も盛んになる。
お互いの利益を守るためには、軍事的な争いを避けることが一番だ。また、貿易をしてお互いに利益を持ち合っているのだから、片方の危機はもう片方の危機にもつながる。
たとえば、貿易の相手国が他国から攻撃され、国内経済がめちゃくちゃになったとしたら、その経済的損害は自国にも降りかかることになる。
貿易の盛んな国とは一蓮托生、リスクを共有しているということだ。だから「経済同盟」と「軍事同盟」は一体になって当然なのだ。
■「川を上り、海を渡る」思考とは何か
物事を考える際には、「過去に似た事例はなかったか」「海外に似た事例はないか」と探ってみることが欠かせない。こうしたものの見方を、「川を上れ、海を渡れ」という。私が官僚時代、先輩諸氏からつねづねいわれていたことであり、今も、ものを考えるときの基本の1つになっている。
今、考えている問題に似たような出来事が過去になかったか。海外になかったか。
あったとしたら、どのような経緯をたどったか。
「川を上り、海を渡る」と、先例から学べるとともに、物事の因果関係がわかってストンと腹落ちすることも多いのである。これは何を考える際にも重要な視点だが、こと国際関係を考える際には欠かせない。国と国のお付き合いこそ、過去、それらの国の間で何があったかという経緯が、今と将来の関係を決定づけるからだ。
「川を上る」――歴史を振り返る際に、何が基になるかといえば、中学や高校レベルの世界史だ。
私はプリンストン大学に留学した際、国際政治学を学んだ。そこでは、博士レベルの高度な知識を身につけたわけだが、じつは外交問題で歴史を振り返る際中学、高校で習った世界史が意外と役に立つことも多い。
歴史的経緯も踏まえて考えることで、今、何が起こっているかをより深く理解し、今後、どうなることが望ましいかについても、ある程度、確度の高い見方ができる。
「海を渡る」――海外の事例を探ってみると「井の中の蛙」にならずに、より広い視野から普遍的に物事を考えられる。そこから本質が見えてくることも多い。
国際関係について考える際、私は国際法や国連憲章を見ることにしている。これも1つの「海を渡る」思考法といえるだろう。
■国内法だけでは「世界レベルの常識」が身に付かない
私は、何事もまずは原理原則を用いて考える。経済について考える際は、もちろん市場原理だ。感情や偏見の余地がいっさいない市場原理の視点から見れば、どこでも、誰に対しても通用するロジックで考えることができる。
国際法や国連憲章は、市場原理ほど揺るぎないものではないまでも、世界で通用するロジックを知る手っ取り早い方法だ。外交を考えるときには、まず参照するといいだろう。
日本の国内法だけで考えていると、井の中の蛙になりがちだ。どうしても日本人同士だけでしか通用しない議論になってしまう。外交にはつねに相手国の存在がある以上、それでは外交について筋の通った考え方をしているとはいえない。そこで国際法や国連憲章に当たってみると、いわば「世界レベルの常識」で考えることができるのだ。
ちなみに、勘違いしている人がいるかもしれないので付記しておくと、国際法という法律が、日本の刑法や民法のような形で存在するわけではない。国内法は、その国の議会が制定するが、国際社会には、そうした立法府がない。国連を思い浮かべたかもしれないが、国連は、加盟国に対して拘束力のある法律を定めているわけではないのだ。
■世界の価値観やモラルも含まれている
国連には「各国の主権は何事においても守られるべき」という大理念がある。立法は、国家主権の代表格である。もし国連が各国の国内法を凌駕する法律を作ってしまったら、各国の主権をみずから侵すことになってしまい、大理念と矛盾することになってしまう。
だから、国連といえども、独自の法律で各国を拘束することはできないのである。
では、いわゆる国際法とは何を指すのか。1つには、条約や協定など複数国間で明文化されたものである。また、明文化されていなくても、長期間、ある種、慣行として国際社会で守られてきたルールも国際法として扱われる。
先ほど、「国際法や国連憲章に当たると、世界レベルの常識で考えられる」といったのは、こういうわけだ。国内法ほど明確な規定ではないが、国際社会で共有されている価値観、モラルといったらいいだろうか。
こうした視点を持っておくと、国際関係を考えるセンスが一気に鋭くなるのである。
■経済も国際関係もデータさえあれば読み解ける
世界は今、これまでにないほど激動の時代をむかえている。
国の行方を決める政府に対して、あるいは無知蒙昧なマスコミに惑わされないために、私たちが持ちうるもっとも心がけたいことは、「本質を見抜き、筋の通った答えを導く思考力」だ。
その「考えるという習慣」を手にするためには、一にも二にも原理原則を知ることが何より大事である。この一冊ですべての外交問題を網羅するのは難しいし、そもそも本書の目的ではない。本書に登場した外交問題以外でも、本書で説明したことを応用すれば、自分で筋の通った答えを導き出すことができるはずだ。
私の専門は「数量政策学」だ。数量政策学とは数字、つまり「データ」を通して経済など世の中のことを分析し、政策論を展開するものだ。経済を論じることもあれば、国際関係を論じることもある。
世の中の事象にはたいていデータがあり、データさえあれば、感情や先入観にとらわれず、冷静に分析できるのだ。つまり、私にとっては、経済だろうが国際関係だろうが、考える際の基本スタンスはまったく変わらない。
しかし世間一般では、ちょっと違うようである。
■「わかったつもり」が感情論を生み出している
経済については一般的に「よくわからない」という反応が多い。一方、国際関係については、「理解したつもり」で、そのじつ何も理解しておらず、その頭でヒステリックに考えている人が多いように見受けられるのだ。
国際関係とは、国と国とのお付き合いの話である。貿易と安全保障はドライに考えることが重要なのだが、お付き合いという点で「仲がいい」「仲が悪い」「好き」「嫌い」というように個人の感情に落とし込まれやすい一面がある。
経済のように「よくわからない」と投げ出すのも危険だが、外交については「わかったつもり」で間違った考えに陥るのは、さらに危険だ。
貧しい知識からくる狭い視野が、ロジックに乏しい感情論を生み出していることに、早く気づいてほしいものである。
原理原則にのっとり、答えに至るまでのちょっとした思考法を身につけること。難しそうな問題も、原理原則にのっとってシンプルに考えれば、意外とすんなりと筋の通った答えに行き着くことができる。
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政策工房代表取締役会長
嘉悦大学教授。1980年に大蔵省(現財務省)に入省。大蔵省理財局資金企画室長、内閣参事官(首相官邸)などの要職を歴任。小泉内閣・第一次安倍内閣ではブレーンとして活躍。
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(政策工房代表取締役会長 髙橋 洋一)
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