知の巨人が「欧州ではあり得ない」と嘆息した事
プレジデントオンライン / 2020年1月3日 11時15分
■世界的な課題を解決する6つの方法とは
――「東京会議」開催に向けてアタリ氏は、世界の諸問題解決に向けた具体的方策を提言した。1つは既存する国際協定の維持。そしてもう1つは新たな機構の構築だ。
2.新たな問題に対処するための新たなフォーラムまたは機構を構築する。
a.経済協力開発機構(OECD)において脱税防止のためのプラットフォームを構築しGAFAへの国際課税を体系化する。
b.人工知能開発(特に兵器に関わるもの)を制限するための憲章を導入する。
c.遺伝子操作の開発を制限するための憲章を導入する。
d.CO2排出への国際課税を導入する。
e.あらゆる人(特にまだ国民登録のない10億人の人々)を対象として「世界市民パスポート」を交付する。
f.あらゆる場所で、児童の権利、女性の権利、あらゆるマイノリティーの権利を保護する。
既存の国際機関は、生きながらえなければなりません。ただし現実に合わせて調整することも可能だと思います。例えばオープンに議論して国連安保理の構成を変える。安保理は、いつまでも今のような構成ではいられないと思います。インド、アフリカ、ラテンアメリカ諸国が安保理の常任理事国に入っていないことは、正当性に欠けます。制度を強化しなければいけません。
今年、大阪で20カ国・地域(G20)サミットが開催されました。G20も常設の事務局をつくることが賢明です。G20を1つの場として、何が決定されたか、制度的な記憶を持ち、フォローアップをする。議長国の変更はあってもいいのですが、事務局を持つことが、G20を生かす1つのやり方だと思います。GAFAや炭素への課税については、今はただ議論されているだけです。
■10億人の“無名”の人たちに身分の保障を
――この提言の中で、特に目を引くのが国民登録のない10億人の人々を対象とした「世界市民パスポート」の交付だ。アタリ氏の持論でもある「世界市民パスポート」とはどのようなものなのか。
私は「世界市民のパスポート」を提言しています。今、多くの人たちが無名のまま死んでいます。難民としてひどい状況から海を越えて逃げてくる間に、誰にも知られぬまま亡くなります。もし一人ひとりが世界市民として国連の人権宣言と国連憲章に基づいた条件で明記されたパスポートを持っていれば、どんな人でも必ず、何らかの権利を有するはずです。10億の人たちには身分の保障が全くないので、この人たちに名前、写真、そして威厳をパスポートによって与えることは非常に大事です。
我々(世界)は一つの小さな村なのです。気候変動に対して壁はつくれません。ある1国だけのために効率的な気候変動の政策などはあり得ません。これは世界の問題です。中国の川に行ってみてください。そこにはたくさんのプラスチックが捨てられています。さらにブラジルやオーストラリアでの大規模火災もあります。これらは全て局地的ではなく、世界的な問題です。それに我々はグローバルな形で対面していかなければなりません。
私のコンセプトは「合理的な利他主義」です。我々は自己利益に基づいているのは事実ですが、我々が利他主義になることが、我々の自己利益になるのです。ポピュリストが自己中心だというのはいいですが、1番利己的なのは利他主義になることです。本当にハッピーになるには、他者がハッピーになることです。
例えば製品を売るときには、お客さまがハッピーであってこそ、あなたの利益にかなうのです。お客さまがハッピーであれば、あなた自身がハッピーになるのです。それがポピュリズムに対する最も大事なイデオロギー的な戦いです。
■日本は世界で最も「次世代への準備」が遅れている
――シンポジウムの中でアタリ氏は日本に対してもメッセージを発した。親日家でもあるアタリ氏だが、日本の現状についての受け止めは厳しい。
1970年代、(アメリカの社会学者である)エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という有名な本がありました。彼はその中で、これから何十年も日本が世界においてナンバーワンになると言ったのですが、そうはなりませんでした。
私の財団「ポジティブプラネット」では、人口、汚職の度合い、報道の自由といった47のパラメーターを用いて、全てのOECD諸国のポジティビティを測定し、その結果を公表して、国のランク付けを行っています。それぞれの国が次世代のためにちゃんと準備しているかどうかを測定しているのです。
このデータで上位を占めるのはスカンディナビア諸国です。アイスランド、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン。ニュージーランドも上位に入っています。フランスは38カ国中20位です。真ん中ぐらいです。最下位の4国がトルコ、イタリア、ギリシャ、そして日本です。「次世代に備える」という点では、世界の中で日本は最下位です。
私は何も日本が悪いということを言いたいわけではなく、それを取り上げて検討し、改善できると日本に言っていただきたいのです。10年後に私が日本に来たときに、日本が1位になっているのを楽しみにしています。
■今後の課題は「女性」の一言に尽きる
――日本が10年後、「次世代に備えた」国になるにはどうしたらいいか。アタリ氏は、あえて挑戦的な提言をした。大半の参加者が男性の会場を見回しながら、ゆっくりと語り始める。
日本の将来についてですが、あえて挑戦的なお答えをします。日本は私にとっては親しみに満ちた国ですが、一言だけ選ぶとすれば、女性の地位(向上)にあります。
そもそもヨーロッパのシンポジウムで女性の登壇者がいないということはあり得ません。女性にもっと力を与えれば、力を発揮できます。女性がさらなる社会の発展に貢献するでしょう。法制度を整備すれば、出生率も上がり、社会も豊かになります。日本の今後に関して私からはただこの一言、「女性」です。
女性に関して何をしたらいいのか。私は国内政治には関与したくはないですが、1つだけ例を言いましょう。やはりクオータ制(人数割当制)を導入すべきだと思います。実は、私はクオータ制に反対していました。しかし、一過性、一時的なクオータ制は、あってもいいと思います。クオータ制を導入して、例えば今後、10年間は強制的に半分は女性にしなければいけないということにしてみるわけです。
上場会社のボード(取締役)の半分も、10年間は女性にしなければいけない。そして10年たったら、(女性の地位は十分に向上して)クオータ制など忘れてもいいということにすることができると思います。
ヨーロッパでもそういうことが行われていて、今では随分変わっています。
■ひとつの課題を他国と協力して解決していく
私だけではなく、いろいろなことが言われなければいけないだろうと思います。例えば女性が働きやすい条件の整備は大変大きな政策問題だと思います。とにかく日本の人口動態をドラスチックに変えようと思えば、そのようなことが必要だと思います。
それから、マルチラテラリズム(多国間主義)は鍵だと思います。それが世界の生存のための条件だと思います。これは何度も繰り返して言わないといけません。GAFAやCO2への課税など、いろいろな分野でやっていく必要があります。グローバルな考え方をいろいろなところに援用していくのです。これに関しては、日本は他の国と同じように大きな役割を果たせると思います。それをすることが日本の国益にかなうと思います。
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経済学者
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業。フランス・ミッテラン仏大統領特別補佐官、欧州復興開発銀行の初代総裁などを歴任。ソ連の崩壊、金融危機、テロの脅威、トランプ米大統領の誕生などを的中させた。『2030年 ジャック・アタリの未来予測』(プレジデント社)など著書多数。
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(経済学者 ジャック・アタリ 構成=プレジデントオンライン編集部)
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