指示待ち社員が生まれ変わる「1対1面談」の魔法
プレジデントオンライン / 2020年1月21日 11時15分
■「受け身社員」を前向きに変える方法
本連載では、世界の経営学の視点を基に、日本のファミリービジネスで代替わりを機に革新を起こしている「第二創業」企業を題材に学びを得ていきます。
今、多くの伝統的日本企業が、働く人のクリエーティビティを引き出せず、変革の壁に直面しています。暗黙のルールや、合意形成にコストがかかる上意下達の文化など、経済成長期の組織システムが残っているおかげで、変革を回避する受け身の働き方が定着してしまっているのです。
この状態を打破する鍵の1つが内発的動機を刺激し、高めることが挙げられます。内発的動機とクリエーティビティの関係については、近年、経営学の世界でも注目され、さかんに研究されています。ちなみに内発的動機とは、やりがいや楽しさによるモチベーションのこと。給料、昇進など外部的な影響と関係なく、純粋に内面から湧き上がるヤル気を指します。組織心理学者アダム・グラントは、心理実験から「内発的動機を強くもつ人のほうが創造的な成果を出しやすい」との研究結果を報告しています。
内発的動機の強い社員が多い企業として、多くの人が思い浮かべるのはリクルートではないでしょうか。実際、同社にはあらゆる機会を捉えて「あなたはどうしたいか?」と社員に問いかける社風が根づいています。その結果、創造性の高いアイデアが次々に生み出され、社員が自律的にそのプロジェクトに取り組む好循環が生まれています。
「うちの社員はもともとベンチャーマインドの高い企業の社員とは違うから」と諦めているリーダーもいるかもしれませんが、内発的動機を引き出すことは老舗企業の場合も不可能ではありません。
有効とされる方法のひとつが1on1。周知のとおり、シリコンバレーで広く行われ、日本でも多くの企業が導入している育成手法です。上司と部下が一対一で話し合うことで日ごろの悩みの解決を図るほか、やりたいことや才能に目覚める機会につなげます。
米シンシナティ大学のグラーエンらの研究によれば、部下の悩みや課題を引き出すアクティブリスニングを行うと、リーダーと部下における質の高い心理交換関係、つまり「えこひいきの関係」が高まり、部下のモチベーションが上がることがわかっています。もしそのリーダーが優秀で、部下全員をえこひいきできる“最強リーダー”であれば、全員の資質を聞き出して自覚させるとともに、個性に応じ、適材適所の配置を行うこともできます。部下の自己効力感は高まり、ますます内発的動機が喚起されるに違いありません。
■27歳で社長就任3代目が取り組んだ社員の意識改革
今回は社員に自らの個性を発見させ、変革を起こした理化電子の事例から、具体策を探ってみることにしましょう。
半導体検査部品などの製造販売を手掛ける理化電子。設立は1961年で、90年代前半には早くも海外展開をスタート。今や世界各国に拠点を構えグローバルニッチ企業としての存在感を高めています。
3代目社長、戸田泰子氏は大手コンサルティングファームの出身。2015年、27歳の若さで代表に就任しました。半導体技術など門外漢だった戸田氏が徹底してこだわり抜いたのが、ほかならぬ内発的動機づけだったといいます。
同社は創業者の祖父、海外展開で事業を拡大した父の強いリーダーシップのもと経営が行われてきました。そのため、就任当時の社員たちは、自ら考え挑戦する意欲を失っているように見えたそうです。
「半導体をめぐるグローバル競争は激化しており、単にいいモノを作れば売れるという時代ではなくなっていました。変革を起こさなければ生き残りは厳しいと痛感しました」(戸田氏、以下同)
■組織の未来は必ず切り開ける
社員一人ひとりの可能性を引き出せば組織の未来は必ず切り開ける――そう信じた戸田氏がまず着手したのが1on1でした。
「一人ひとりと30分~1時間、膝を突き合わせて話を聞きました。投げかけた質問は、『どんなときにワクワクするか』『挑戦したいことは』など。各社員の強み、よさを見つけフィードバックもしました」
長年、指示されるまま働いていた社員のなかには、いきなり質問をぶつけられ、頭が真っ白になってしまう人も多かったそう。それでもトップから直接問いかけられ、「自分は何がしたいのか」と内省したことで意識には変化が生まれたのではないでしょうか。
個性を発見してもらうべく、価値観を特定するワークショップも行いました。自分の行動などの傾向を抽出する作業を行い、最終的に「勝負」「サポート」などコアとなる価値観を明示。その価値感を同僚とも共有することでお互い考えていることが認知できるというものでした。
さらに戸田氏が行ったのが、製品アイデアのプレゼン大会。優秀作品は製品化することを宣言し、アイデアを募集したところ、20案ほど集まったそうです。グランプリに輝いたのは、現場で加工に携わる職人が発案した「耳かき」。精密メーカーならではの切削や研磨の技術を応用。製品化決定後、プロダクトデザイナーや江戸切子の職人にも協力を依頼し、商品化に漕ぎつけます。その耳かきは1本1万円ながら累計約400本を売り上げる人気商品に。創業以来初のBtoC商品の誕生に社内は沸き上がりました。
「いままでマニュアル通りに操作していた機械が、まるで素晴らしい玩具のように見えているらしいのです。『そろそろ新製品を』という声も出るなど、これまでと違う空気が生まれています」
1on1から始まった内発的動機を高める活動。戸田氏は「組織貢献の先に、社会にさらなる価値を生み出せる企業にしたい」と話します。理化電子の挑戦はまだまだ続きそうです。
【理化電子】
1961年創業。半導体製造用装置に用いる精密治工具の製造販売や電子部品の検査システムの製造、販売を行う。現在東京、大阪に営業所、熊本と長野に工場を構えている。海外子会社も台湾、アメリカなど5社を有する。
●本社所在地:東京都港区三田1丁目4番地28号
●売上高:15.8億円(2019年3月期)
●従業員数:97名(2019年12月時点)
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早稲田大学大学院経営管理研究科教授
1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、同大学院修士課程修了。三菱総合研究所へ入所。2008年、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。その後、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。19年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』など。入山先生出演中「浜松町Innovation Culture Cafe」●文化放送(FM91.6/AM1134/radiko.jp)●毎週火曜日 19:00~21:00生放送。毎回多彩なジャンルの専門家などを招き、社会課題や未来予想図をテーマにイノベーションのヒントを探っていく。
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(早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山 章栄 構成=西川敦子)
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