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「日本が最も親中」と肩を落とす香港デモ抗議者

プレジデントオンライン / 2019年12月28日 11時15分

12月8日、日没後も続いたデモ行進 - 撮影=筆者

2019年3月から続いている香港のデモ。6月9日には主催者発表で約100万人が参加した大規模デモへと発展した。その勢いは衰えておらず、12月のデモには約80万人が参加した。抗議者たちはいま何を考えているのか。このデモは今後どこに向かうのか。写真家の初沢亜利氏が現地で声を聞いた――。

■デモの資金はどこから出ているのか

12月19日、香港警察はデモ活動を支援するため、クラウドファンディングで資金を募っていた非営利組織「星火同盟」の4人を逮捕し、集められた約10億円を凍結した。

香港の知人によると、星火だけでなく他の小規模な抗議者支援グループも12月に入り次々と運営休止になっているようだ。香港理工大学で多数の抗議者が逮捕され、抗議活動が弱体化した、と言われる中、彼らへの資金を遮断することで、抗議デモを根絶する狙いがうかがえる。

半年以上続く香港デモのニュースを見る度に、「活動を支える資金はどこから出ているのか?」と疑問をもつ人は多いはずだ。

親中派香港人が好む考えは、中国共産党を潰すための拠点としてアメリカが香港を利用し、デモ参加者にお金を流している、という類いの話。党派を問わず香港人がよく口にするのは、中国国内の反習近平派からの金の流れだ。香港の民主化を応援する台湾人が、金を渡している、という説もしばしば耳にする。

実態は全く分からない。だからこそ陰謀論が渦巻くのだ。そんな中で1つだけ確かなことがある。「金を出した」と認める人たちの話だ。9月、12月と香港で多くの民主派市民に会ったが、半年間で10万円以上クラウドファンディングで寄付した、と話す人が大勢いた。就職したての20代前半でさえ、月に1万円は出す、と話してくれた。

「最前線には行けないが、せめて怪我をした抗議者の治療費くらいはカンパしたい」
「逮捕された者の弁護士費用の足しにして欲しい」

今回凍結された10億円は、1人1人の思いが集約された資金ではないのか。

■4カ月ぶりの合法デモは平和的だった

12月7日からの10日間、2カ月半ぶりに香港を訪れ、デモに参加する抗議者や市民の姿を取材した。

入国の翌8日は、6月9日の100万人デモから半年を迎える週末で、80万人が香港島を東から西へと練り歩いた。

約4カ月ぶりに香港警察の許可が下りた民陣(民間人権陣線)主催のデモ行進だったこともあり、平和的な市民が数多く参加した。

午後3時にスタート地点、銅鑼湾(コーズウェイベイ)に集まった人たちは緊張に包まれていた。警察はこれまで幾度も終了時間を前倒しして、「この場にいる者は違法である」と理不尽な逮捕を繰り返してきた。

この日も夜10時まで許可が下りていたが、誰も警察を信用していなかった。若い抗議者らは、秘匿性の高いSNSテレグラム内で「何時に短縮されるか」を巡り投票を行っていた。4時、6時を予想する投票が多かったようだ。

結果として、その日は抗議者と警察の激しい衝突はなく、おおむね平和に1日が終わった。理由は幾つか考えられた。11月中旬、香港理工大学での抗議者による籠城で、多くの若者が逮捕され、前線に出る要員が大幅に不足したこと。この日のデモを主催した民陣と警察の交渉がギリギリのところで折り合いが付いたこと。

11月24日の区議会選挙での民主派圧勝を受け、警察側が市民の声をある程度尊重した可能性もある。11月19日に香港警察トップがより強硬と言われる人に交代したことで、抗議者側が警察の出方を慎重に見極めた、という見方もできた。

撮影=筆者
抗議者と見物人 - 撮影=筆者

■民主主義のために闘った半年間

週が明け、10人を超える若い抗議者にインタビューを行った。彼らの抗議活動への意欲は一様にトーンダウンしていた。第一に、皆疲れ切っていた。現場に出る回数は減り「今後の人生についても考え始めている」と口にする者が増えた。学業、仕事、余暇を犠牲にして、逮捕や負傷、命の危険も顧みず闘った半年だった。

香港にこれまで存在した「自由」と「法の支配」が脅かされるのであれば、「民主主義」を手に入れるしかない。「逃亡犯条例改正案」の撤回にとどまらない「5大訴求」を掲げ未来の香港人のために闘ってきた。

撮影=筆者
青い塗料の入った液体を放水する - 撮影=筆者

家族、友人、恋人、さまざまな人間関係にも変化が生じた。「親中派の親と激しくけんかし、家を出た」と嘆く若者もいれば、「あまり仲が良くなかったいとこと、安全確認のため頻繁に連絡を取り合い絆が増した」と語る若者もいた。

最前線の勇武派で20代後半の男性に話を聞くことができた。カフェなどの公の場ではなく、警察が立ち寄る可能性の低い密室で、全身を隠すいでたちで向かい合った。会うことができたのは、知人の仲介でインタビューを申し出てから4日後のこと。こちらが普段どのような媒体で仕事をしているのか、といったことも事前に細かくチェックされた。

■「民主派と勇武派の分断」は幻想だった

警戒心には理由があった。

「警察は12月に入ってから懐柔策を取っている。公式のFacebookページを見ても、抗議者をなだめるような投稿が増えている。トップが変わり方針を変えたのだろう。しかし、水面下では仲間の逮捕が相次いでいます」

香港理工大学の籠城では逮捕者以外も多数の若者がIDを登録させられた。監視カメラ映像、警官自身が現場で映す映像、交通機関やコンビニ、カフェなどで使えるオクトパスカードの記録など、さまざまな情報が警察に集約された可能性は高い。

わざわざ衝突現場で大立ち回りして逮捕することは、警官にとっても危険を伴う。「ある日突然帰宅した家の前で逮捕されるケースが増えている」と苦しい表情を浮かべた。一方、勇武派内に警察のスパイが紛れ込むケースもみられ、外部に情報を漏らしているのは誰なのか、互いに疑心暗鬼になっているようだ。「警戒してすみません」と彼は何度も頭を下げた。

撮影=筆者
抗議者が籠城する以前の平和な理工大学内 - 撮影=筆者

半年間で自然発生的に生まれた標語は幾つもあるが、その一つに「各自が努力する。仲間割れはしない」という言葉がある。日本人には現在の香港デモをかつての学生運動になぞらえて見てしまう傾向がある。だから、「仲間割れしないはずがない」「平和主義的な民主派市民と勇武派との間で分断が起きている」と考えがちだ。しかし区議会選挙の結果、それに続く80万人デモは、分断が事実ではないことを内外に示すこととなった。

「中国の支配を排除し自由を維持したい。香港警察の過剰な暴力は許せない」。シンプルな感情を土台にした闘いなのだ。そこには細かなイデオロギーも歴史観も存在しない。理論が細分化し対立する素地がないのだ。

■「日本の報道が最も中国寄りだ」と感じる抗議者

抗議者たちは、自分たちの活動が世界でどう受け止められているか、について敏感だった。

今回の取材で数人に告げられたことがある。

「欧米、韓国などと比べると、日本の報道や、それを受けた日本国民のネット上のコメントが最も青い(中国寄り)と、抗議者の間で話題になっている」

「欧米メディアは、民主化を暴力で押さえ付ける政府、警察を絶対悪とし、軸がブレない。日本では抗議者と警察の暴力を併記した上で、市民は抗議者の暴力に批判的だ、と結論付ける報道が目立つ。中国メディアに近い報じ方です」

あまり知られていないが、香港人が日本に渡航する割合は人口の4分の1に上り、その多くは年に3回、4回と通っている。世界一親日の国(地域)が香港なのだ。

2019年10月の台風19号の被害に際し、抗議者たちは即座に街頭募金を行い100万香港ドル(約1400万円)を日本赤十字社を通じて寄付している。10月1日、4日と香港警察が実弾を発砲し、抗議者の怒りが頂点に達したさなかの行動だった。「われわれは日本に片思いをしているようです」と、20代前半で抗議者の女性は寂しそうだった。

撮影=筆者
現場から中継する海外メディア - 撮影=筆者

10月くらいから抗議者や民主派市民に浸透し始めているスマホアプリがある。飲食店、雑貨店などが、民主派が黄、親中派が青と色分けされ、地図上で一目で分かるようになっている。青い店には金を落とさず、黄色い店を皆で応援する、との合意のもとに作られたアプリだ。

私が滞在したホテル近くに静かで居心地の良いスターバックス(親中派)があった。抗議者数人が代わる代わる来てくださり話をうかがったが、誰一人飲み物を注文しなかった。「親中派の飲食店に複数人が予約の電話を掛け、誰も行かない、というやり方もある」と聞かされた時は、さすがに閉口したが、時間をかけて親中派を追い込むさまざまな方法を日々編み出していることは分かった。

■勇武派の行動にはしっかりとした根拠がある

平和に年越しを迎える予感に包まれ、使用しなかった防毒マスクをスーツケースに詰め込んでいた帰国前夜、九龍半島旺角エリアで突如抗議者と警察の衝突が起き、急いで現場に駆け付けた。

黒ずくめの抗議者は数えるほどだったが、警察は催涙弾を撃ちまくっていた。隣にいた香港人プレスも「残業代稼ぎとしか思えないな」とあきれていた。6月以降に警官1万1000人が受け取った残業代は133億円、一人当たり毎月20万円になる。

交差点で抗議者がバリケードを築き始める中、タクシーが横切ろうとした。その前に黒いゴミ袋を置き、道をふさいだ抗議者に対し、怒った乗客が車から降り「子供が中にいるんだ。通してくれ」と語気を強めた。抗議者は即座にゴミ袋をどかし2人は和解し肩を組んだ。抗議者たちには、彼らなりの倫理観がある。年寄りと子供には迷惑をかけない。

撮影=筆者
市民と抗議者、和解の瞬間 - 撮影=筆者

インタビューに応じた勇武派男性は「理由なき破壊は1つもない。自発的暴力ではなく、必要だったから行った暴力です。金や物も取りません。親中派の路面店舗に火を放つ時も、建物の上層階の住民の様子を見ながら慎重に行う」と、単なる暴徒ではないことを繰り返し主張した。半年間テレビ中継で勇武派の行為を眺めてきた市民の多くが、彼らを全面的に批判しないのは、攻撃対象と根拠を理解してのことだろう。

■「抗議者の犯罪行為もちゃんと撮れ」という警官のメッセージ

数の上で余りに非対称な夜の攻防だったが、深夜1時過ぎ、これまでに感じたことのない恐怖に襲われた。警官隊が見詰める大通りの100メートル先で抗議者数人がバリケードに火を放った。プレスと書かれた黄色いベストと防毒マスクを着用した私は、両者の間で警官隊寄りに1人で立ち、成り行きを見守った。火は勢いを増してきた。

撮影=筆者
バリケードから勢いを増す炎 - 撮影=筆者

警官50人近くが突如私に向かって指や警棒をさし、広東語でわめき立てた。位置取りがまずかったかとキョロキョロしたが何しろ全く言葉が分からない。怒鳴り声へと声量は増した。警察のプレスへの暴行が相次いでいることもあり、全身に鳥肌が立った。ふと、燃え盛るバリケードにカメラを向けた。すると、警官から、今度は拍手が湧いた。振り返ると数人が親指を立てている。

「警察の暴力だけではなく、抗議者の犯罪行為もちゃんと撮れ!」という意味だったと気が付き、胸をなで下ろした。

■「デモによる金融へのダメージはない」と言い切る関係者

帰国当日、金融系の企業で働く2人の日本人にそれぞれ話を聞いた。

彼らは一般的な予想に反する見解を述べた。半年のデモを経ても金融に関してはほとんどダメージがないと言い切る。

「香港経済はわずかに衰退傾向にあるが、米中経済戦争、中国経済の伸び悩みが主たる要因でデモの影響は、あって3番目の要因でしかない。香港ドルの価値は下がっていない。日本からの投資も減ってない。観光客が激減し観光業者や小売業者が苦境に立たされているのは事実ですが」

「日本から取材に来る、とりわけ経済ジャーナリストは、デモの影響で香港の国際金融センターとしての信頼は失墜し、次々とシンガポールに拠点を移し替えている、という筋書きに現実を当てはめようとするが、実態は全く違う」と念を押した。

香港の最大の強みは、国際社会からの信用ではないのか? 政府、警察の市民への弾圧は、法治の崩壊そのものを露呈した。香港経済が無傷で済むとは到底思えないのだが。

抗議者たちが頻繁に使う標語の中に「死なば諸共」がある。香港経済もろとも破壊してしまえ、という意味だ。

親中派の料理屋が廃業に追い込まれた、といった話は頻繁に聞くが、香港経済の土台が強固ならば、抗議者の戦略は貧する者同士のつぶし合いにしかならないのだろうか? 慎重な取材を継続したいポイントだ。

撮影=筆者
抗議者に対峙する香港警察 - 撮影=筆者

■陰で搾取する権力者に市民たちは気付いているか

帰国途上の機内で、香港社会が抱える貧富の格差について考えた。この問題は世界各地で見られる、植民地主義がもたらした典型的な現象でもある。金融関係者は小さくつぶやいた。「われわれの仲間は、このデモについて何一つ語りません」

ここからは彼らが発した言葉ではなく、私の主観だ。抗議者たちは、「敵は中国だ、香港政府だ、警察だ、さらには、政府、警察を擁護する身内をもつ飲食チェーンだ」と怒りをぶつけてきた。一方、香港社会には沈黙を保ちながら、香港経済を牛耳り、市民を搾取する者たちがいる。自分たちに怒りの矛先が向かなければ怖くない。そう考えている不気味な支配者たちの像をイメージしてしまう。

市民が権利を勝ち取り民主主義が採用されれば、福祉国家となり、今のような税率は必ずしも維持できなくなるのではないか。「未来の香港人のために」と命がけで闘う若者たちの隣には、物言わぬ権力者が潜んでいるはずだ。

2020年の香港情勢を予測することは難しい。抗議活動の勢いを見る限り、徐々に収束へと向かうのではないか、と感じている。

「結局何も変わらなかった」「闘いは無意味だった」と冷めた見方をする向きもあるだろう。

最前線の抗議者はかみしめるように語っていた。

「われわれの暴力は必ずしも許されないだろう。しかし、デモをきっかけに、今まで政治に無関係だった多くの香港人が、歴史上初めて自分たちの置かれた政治的状況について深く考え、未来を見据えて議論を始める入り口に立ったと思う」

撮影=筆者
頻繁に衝突が起こる香港北西部元朗 - 撮影=筆者

■デモはこれからどこへ向かうのか

このままデモは収束するのだろうか? 彼らに問い掛けても、皆「分からない」と口にした。

「これまでと同じ闘い方では状況は変わらない。運動のコンテンツは正直に言うと飽和状態です。次なる方法をおのおのが模索しSNSで議論し道筋を付けていく。そのやり方は続けていく」

目に見えて弱体化した勇武派が目指す先はどこか?

われわれはまた日本の過去の記憶から連想してしまう。一部の先鋭化した若者がテロリズムに走るのでは?

インタビューに応じた抗議者たちは、最前線だけが闘いではなく、役割は状況に応じて変化する、という。ある者はポスターを作り、別な者はインターネットに記事を書く。密室で向き合った勇武派男性の言葉が印象に残っている。

「周庭(アグネス・チョウ)さんの発言が最近おかしくなっている」

とっさに仲間割れを疑ったが趣旨はこうだ。

「彼女は外国への発信力が強い。世界の民主主義国では、勇武派の暴力への懸念が増しています。なのに、彼女は勇武派を擁護する発言をしてしまう。それでは世界中の市民の共感を得られない。われわれの活動を否定した方がいい」

各自が努力し、仲間割れをしない、という標語の真髄に触れたような気がした。

撮影=筆者
抗議者と警察の闘いをレストランから眺める市民 - 撮影=筆者

■「デモの原因は林鄭月娥の失策」が香港人の共通認識

ところで、親中派も含めた香港人のほぼ全ての意見が一致する見解が1つだけある。「逃亡犯条例改正案」問題に端を発し長期化した香港デモは、ひとえに林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の相次ぐ失策が原因である、という点だ。

そもそも改正案に危機感を示したのは親中派富裕層だった。区議会選挙で民主派が圧勝したことで、親中派の行政長官への怒りは頂点に達したようだ。

「なぜ、こじれる前に手を打たなかったのか? なぜ、香港人の感情を逆なでばかりするのか?」党派を超えて、香港人は皆あきれ果てているようだ。

年が明けると、1月中旬には香港政府常設の警察監視機関(IPCC)による調査結果の中間報告が行われる予定だ。警察の市民への暴力に対し、香港人が納得できる説明が行われる、とは考えにくい。5大訴求の1つ、独立調査委員会の設置を求める市民感情が再燃する可能性は否定できない。

9月の立法会選挙に向けて、香港政府、民主派市民の攻防が続く1年になるだろう。

引き続き現地に赴き、情勢の変化を見守っていきたい。

撮影=筆者
PRESSの8割は香港メディアだ - 撮影=筆者

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初沢 亜利(はつざわ・あり)
写真家
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家としての活動を開始する。第29回東川賞新人作家賞受賞。写真集・著書に『隣人。38度線の北』(徳間書店)、『Baghdad2003』(碧天舎)、『True Feelings』(三栄書房)など。

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(写真家 初沢 亜利)

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