負けしか知らないラグビー代表を変えた思考法
プレジデントオンライン / 2020年1月5日 11時15分
ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で初の8強入りを果たした日本代表のパレードを前に、あいさつするリーチマイケル主将(中央、東芝)=2019年12月11日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト
※本稿は、荒木香織『リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力』(講談社)
■エディー元ヘッドコーチとの出会い
2012年7月26日、東京・青山。この日、ここから私の日本代表メンタルコーチとしての仕事が始まったと思っています。エディーさん(エディー・ジョーンズ元ヘッドコーチ)との本格的なやり取りがスタートしました。
思えば、意見が合わなかったことは一度もなかったと記憶しています。私の考えや手法を否定されたこともありませんでした。ぎくしゃくしたような期間も全くありません。
エディーさんは、私のスポーツ心理学に関する知識やメンタルのトレーニングの構成について全面的に信頼をしてくれていました。たとえすぐに賛成できない場合でも、様々な質問を私に投げかけ、私から納得する答えが出るまで我慢強く話を聞いてくれました。
私はチームや選手への働きかけについて報告書を必ず提出しましたが、内容について悪い評価を受けることは一度もありませんでした。必ずしもじっくり時間をかけて読んでくれたわけではないことは知っていますが、いつも何らかの形でコメントをよこしてくれました。
■負けることしか知らない「マインドセット」を変える
近くにいるときは、親指を立てて「グッドジョブ」。
離れているときは、短いメールで。
そのようにきちんと結果を評価してくれるエディーさんへの信頼は、私のなかで高まっていきました。
やり取りが進むにつれ、私の仕事が少しずつ明確になりました。
「負けることしか知らないこのチームの『マインドセット』を変える」
ボスの要求に応えるため、私は代表に招集される選手のことを四六時中、考えるようになりました。
「マインドセット」は、和訳するのが難しい英単語の一つです。
目標を達成するために課題に取り組む際の思考や姿勢、さらに周りで起きていることをどう捉えるかということです。
普段、言葉で表現されることがあまりない、個人もしくは組織が持ち合わせている思考の傾向。「信念」と言い換えることもできます。そしてそれは私たちの人生の道筋となります。
■「外国人のラグビーとはレベルが違う」と決めつけていた
生き方までも決めてしまうマインドセットは、その人が生きている時代に合うよう変容していきます。
ただし、それを先取りする人もいれば、変化させられない人もいます。
例えば、私は様々な組織や団体、企業から依頼を受けて講演に行きますが、その聴講者のほとんどが男性です。なかでも、組織において長年リーダーシップを発揮されてきた年配の方が多くを占めます。
講演会後の懇親会などでは、よくこんなことを言われます。
「今さらやり方は変えられないんだよねえ。困ったもんだ」
さらに、「最近の社員はすぐに辞める。すぐあきらめてしまう」とか「我慢が足りないから対応が難しい」などとこぼされます。
このように、リーダーとして変化にうまく対応できないことが、皆さんの悩みどころのようです。それまで自分たちが行ってきた「過去」を肯定的に捉え、変化の波が生まれている「現在」を否定的に捉える傾向が見られるのです。
これと同じことが、私が仕事をした頃のラグビー日本代表チームでも起きていました。
W杯で勝った経験がないために、「世界で勝つことは難しい」「外国人のラグビーとはレベルが違う」と選手は決めつけがちでした。
■「自分たちには伸びしろがある」と思い込ませた
そこで、メンタルのトレーニングを通じ、世界と戦うための思考と姿勢を準備していく作業を行いました。
「僕らだって、スクラムを押せるかもしれない」
「積極的にタックルにいって、良いデイフェンスをしたい」
「苦しい状況でも、こうやって工夫をしたら切り抜けられる」
要するに、「無理」という思い込みから脱却して、「自分たちは成長する可能性がある」「変われる」「できる」と考えるようにする。こうしたマインドセットに変えていくことが成功の「土台」になります。
そして、リーダーにとっては、後輩や部下、スポーツであれば指導している選手といった「フォロワー」を、成長できるマインドセットに導くことが大きな任務の一つになります。
「どうせ自分たちにはできないだろう」
「能力には限界があるはず」
そういった、変化を信じないマインドセット(Fixed mindset/フィクスド・マインドセット)を、「自分たちには伸びしろがある」「能力には限界はない。進化させることができる」といった変化を信じるマインドセット(Growth mindset/グロース・マインドセット)へと変容するよう、導くのです。
■リーダーに求められる3つのマインドセットとは
マインドセットについては、1980年代から米国の教育心理学者キャロル・ドゥエック氏が研究を積み重ねてきました。ドゥエック氏は、マインドセットを変えることによって、達成できる内容に変化をもたらすことができると指摘しています。
例えば、「僕はもともと頭が良くないから、成績は上がらないはず」と学力が生まれ持ったものだと信じている子どもに比べ、「やればできるようになる」と可能性を信じて取り組んだ子どもの方が、実際に学力が伸びることが明らかになっています。
つまり、自分たちが信じていることや考えていることは、高い確率でその行動や成果に影響を及ぼすということです。
現実に私たちの多くが、それとは反対に「自分はダメなやつだと思われているかもしれない」と周りの評価を気にしたり、「どうせ自分にはできない」と自分の能力を疑ったり、「こんなことできるわけがない」と決めつけたりしてしまう傾向にあります。
でも、これらの思考を変化させるだけで、私たちが達成したいことの質や量を向上させることができるのです。
目標達成までに、様々な障害が立ちはだかるでしょう。そんなとき、従来の常識や思考法にとらわれていれば、変化を信じないフィクスド・マインドセットに陥ってしまいます。特にリーダーには、成長の土台となる以下のマインドセットが欠かせません。
1 新しい経験を拒まない
2 習得への情熱を持つ
3 限界を決めない
■「前例がない」というだけで諦めない
1 新しい経験を拒まない
一つ目に挙げるのは、新しい経験を拒まず受け入れるということ。私たち個人や組織が成長していくためには、新しい取り組みを導入し、挑戦していくことが必要です。
ところが、成長の見られない組織やチームでは、「誰もやったことがない」とか「前例がない」といった言い訳が横行し、新たな導入に際しては「誰が責任を取るのか」「もし結果が伴わなかったらどうするのか」などと、リスクだけに目を向けてしまいがちです。
次々と新しいことに取り組めばいいかと言えばそうではありません。ただし、新しい取り組みをしようと思ったときに、前例がない、というだけの理由で諦めるのは間違っています。
2 習得への情熱を持つ
「習得への情熱」を自分なりに分析してみることも、成長するために大事なことです。
自分の昇進や昇格のためだけではなく、また誰かと比較して優位に立つという目的のためでもなく、ただ「うまくやれるようになりたい」とか「もっと仕事ができるようになりたい」という純粋な気持ち。
個人が成長するためには、常にこのような気持ちを大切にしながら、自らのスキルを高めていく姿勢が欠かせません。
失敗してしまうのではないか? 成功できるだろうか?
自分は仕事ができない人間に見えていないだろうか?
同僚よりも、自分は先を行っているだろうか?
このように「結果」に関わることばかり考えたり、自分に点数をつけたりする考え方は、自分自身を疲弊させるだけです。
そうした考え方は、もう捨ててしまいましょう。できるようになりたいという情熱と、苦手なスキルにも取り組む実行力を持つことの方が重要です。
■日本代表を選ぶ基準は「良い情熱」を持っているか
そういえば、エディーさんがゲームメンバーを決定するときの基準は、「ラグビーが上手くなりたいという情熱」を持っているかどうかでした。単に「試合に出たい」とか「自分をアピールしたい」と考えている選手を選ぶことはしませんでした。
情熱には、「良い情熱」と「悪い情熱」があります。
「○○しなければならない」「上司に言われたから」「絶対に成し遂げなければいけない」などと強い執着を感じるような情熱は、悪い情熱です。ネガティブな感情や感覚(だるい・辛い・疲労感)を伴ううえ、フォロワーとの関係もうまくいかなくなります。
一方、良い情熱は「調和的情熱」と呼ばれます。
ワクワクする時間が多い。フォロワーと協力しながら前向きに取り組んでいける。特にリーダーシップというスキルを習得するときは、この調和的情熱をもって進めていくことが求められます。
■イチローも大事にする「自分の限界を超える姿勢」
3 限界を決めない
「人より頑張るのではなく、あくまでもはかりは自分の中にある。自分の限界をちょっと超えることを繰り返すことで、いつの日か凄くなった自分に気づく」
野球選手のイチローさんはこう語っています。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/3/200/img_3345ed394da302601e5568a07954b31d1824091.jpg)
自分やフォロワーの能力に限界を決めるのではなく、むしろその限界を超えていこうとする姿勢が、成長を生みます。
現状を抜け出すために、工夫しながら新しい経験を積んでいく状態を心理学で「Power of Yet/パワー・オブ・イエット」と表現します。
「まだまだこれから」という状態が持つパワーです。
基準に達していないと気にするより、「まだまだこれから」という前向きのメッセージの方が、可能性を信じて取り組むことができます。
そういったマインドセットでいれば、結果を得た際の達成感だけでなく、そのプロセスをも楽しむことができるでしょう。
目標に向かうときに、リーダーはフォロワーそれぞれが限界を超える経験ができるような課題を設定する必要があります。
「能力に限界はない」というマインドセットが浸透している組織では、フォロワーがリーダーの「想定外」の結果を達成することがあります。
その瞬間こそが、真のリーダーシップの価値であり、リーダーの醍醐味と言えるでしょう。
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園田学園女子大学人間健康学部教授/博士(Ph.D. スポーツ科学)
中高及び大学在学中は陸上競技短距離選手。スポーツ心理学などを学び、米・北アイオワ大学大学院で修士、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校で博士課程を修了。エディー・ジョーンズヘッドコーチ(当時)に請われて、2012年から15年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた。現在は大学での教育・研究活動のほか、最新の科学的知見を取り入れたメンタルトレーニングのプログラムやセミナーを、アスリートやアーティスト、そしてビジネスパーソンに提供している。アジア南太平洋スポーツ心理学会副会長や日本スポーツ心理学会理事など役職も多数。著書に『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』(講談社+α新書)。 ㈱CORAZONチーフコンサルタント。https://corazonmental.com
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(園田学園女子大学人間健康学部教授/博士(Ph.D. スポーツ科学) 荒木 香織)
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