「教員にタメ口」でも麻布が生徒を怒らないワケ
プレジデントオンライン / 2020年1月4日 9時15分
※本稿は、矢野耕平『男子御三家 麻布・開成・武蔵の真実』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■「先生なんてやめろ。さん付けで呼べ」
開成・武蔵と並ぶ「男子御三家」の麻布の卒業生に取材を重ねると同校特有の「生徒との教員の距離感」が浮かび上がってくる。「特有」と言い表したが、これは「特異」と言い換えてもよいかもしれない。
卒業生の一人は麻布に入学早々、教員とのその独特な距離感に戸惑いすら覚えたという。
「入学してすぐ担任の先生と話をしていたんです。まだ小学生の延長くらいの頃でしたから、『●●先生』って呼んだのです。そしたら、『先生なんてやめろ。「さん」付けで呼べ』って叱られたんです(笑)」
そして、彼はおそるおそる教員を「●●さん」と呼ぶようになるが、その名から「さん」が抜け落ち、タメ口を叩くようになるまでにはさほど時間がかからなかったと笑う。
「職員室へ遊びに行ったときなどは、『おい、●●(呼び捨て)、お前仕事しろよ!』なんて感じで会話していました(笑)。なんだか、親しい友人に『バカヤロー』なんて軽口を叩く感じ。先生たちとは対等。若い先生だから距離が近いというわけではなく、むしろ逆でベテランの先生であればあるほど、何だか友だちみたいな感覚が強くなっていく。あれはどうしてだろう? 不思議だったな」
■「おい、●●! なんだよ、言っていること全然分かんねえぞ!」
別の卒業生はこう口にする。
「職員室はしょっちゅう入り浸っていました。というより、校舎の構造上、職員室の前を通らないと行けない、つまり、ぼくらの動線部分にある。職員室でどんな会話をしていたか、ですか? うーん……どうでもいい雑談ばかり……。たとえば、机の汚い先生のところを通ったときは『いい加減に掃除しろよ』とか」
自身もOBである麻布の校長・平秀明先生によると、この生徒と教員の距離感は古くから変わらないらしい。
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「職員室には確かに多くの生徒たちがやってきます。教師に議論を吹っ掛けにやってくる子もいれば、ただ単に駄弁りにくる子もいます。あと、授業の質問にくる生徒もいますね。教師も職員室に積極的にくる子に対してとても親切に対応していますね。普段、寡黙なタイプの子が職員室に訪れてくれるなんて嬉しいこともありますよ。まあ、昔から生徒と教員の距離は近いですね。高名な教師をニックネームで呼んだりしてね。たとえば、頭が禿げているおじいちゃんの先生は『ワットさん』とかね……何でも百ワットの明るさだとか(笑)。そう考えると、昔のほうが傑作な渾名が多かったように思うな」
ある卒業生によると、乱暴な口を叩ける教員であればあるほど、生徒たちからの信頼は厚いという。
「麻布の先生とは本当に友だちのような関係。たとえば、●●先生という人がいたのですが、普通に生徒たちから『おい、●●! なんだよ、言っていること全然分かんねえぞ!』とか授業中に野次が飛ぶ。で、そう言われた先生は『これから説明すんだよ。うっせえよ!』なんて返ってくる。そういう先生であればあるほど授業内容は素晴らしいし、生徒たちに心から慕われているんですよね」
■「こいつをのさばらせていいのか?」クラスが一致団結
ところが、新任の教員がこの距離感を解さないでふるまうと、生徒たちから酷い仕打ちを受けることがあったという。
一人の卒業生はある教員について懐かしそうに思い出す。
「20代の新任の数学教師に対する扱いなんて酷かったな。この人、こともあろうに授業中に『うるさい、静かにしろ!』と言い放ったんですよ。『これはちょっと麻布ってものをこいつに教え込まなければいけないんじゃないか? こいつをのさばらせていいのか?』ってクラスが一致団結しました(笑)。その先生を廊下に連れ出して、そこで論戦を吹っ掛ける。『なんで授業中に静かにしなければいけないんですか?』とか。高二のときだったな。●●という先生なんですけど、当時ツイッターで『●●BOT』が出回っていましたね(笑)。でも、ぼくらが卒業するころは、麻布にすっかり染まっていて、何だか丸くなっていたな(笑)」
■「歌え! 歌え!」教室内で教員が歌うまでは静かにしない
この話を平先生に振ってみた。
「新しい先生が着任すると生徒たちから『洗礼』を浴びせることがあります。『歌え』コールが起こって、歌うまでは静かにしないとかね。『歌え! 歌え!』というコールが職員室まで聞こえるんですよ(笑)。ああ、また何かやられているなあと」
さらに、平先生はご自身の若かりし頃を思い出し、苦笑した。
「昔、ぼくが最初に担任を受け持ったクラスの話です。ある時、生徒たちが盛り上がって、わたしは歌を無理やり歌わされました。それだけではありません。そのあと生徒たちに胴上げされながらずっと校内を移動し、そのまま階段を下りていって、最後はプールに投げ込まれた。ま、何人かはプールに道連れにしてやったんですがね」
そんなとき、平先生はどのような気持ちを抱いたのだろうか。
「ぼくはそのとき嬉しかったですよ。生徒たちから(麻布の教員として)『承認された』と誇らしい気持ちになったのでしょう。いまの若い先生なら多分怒っちゃうかもしれませんが」
■「自分たちのほうが教員より優秀だと思っている」
麻布の生徒たちと教員の関係性はかなり特異であることが分かるだろう。「長幼の序」に重きを置く人はこれに違和感を抱くばかりか、生徒たちの言動に対して眉をひそめてしまうかもしれない。
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なぜ、麻布の生徒たちは教員に対しタメ口を叩き、ときには教員にとって酷なふるまいを見せるのか。
卒業生は言う。
「麻布生ってみんな俺たちは何でもできるぜっていうプライドを無駄に持っている」
平先生はこう分析する。
「自分たちのほうが教員より優秀だと思っているんじゃないですか。ぼくらは入学試験を受けて合格したけれど、先生たちはそうじゃないでしょ、という思いがあるんじゃないですかねえ」
■教員を心から慕っている思いがひしひしと感じられる
ちなみに、麻布の教員の中で麻布出身者は全体のおよそ8分の1程度らしい。平先生によると、麻布生たちはある意図を持って敢えて教員と対立してみせることもあるのではないかと指摘する。
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「文化祭でも運動会でも生徒たちで組織される実行委員会が責任を担います。一応、教員が監督はするのですが。でも、自分たちで好きなように運営したいという思いが強い。さらには、下級生の支持も集めなくてはいけない。そういうところでポーズとして教師に『敵対』してみせるということがあるのでしょう。『教師の言いなりになんか俺はならないぜ』というのはある意味『利益的』な側面からくるのでしょう。そのポーズが内部結束につながることがありますしね」
しかし、である。麻布の卒業生たちに取材をして、在学中の思い出話をしてもらうと、そこには必ずといっていいほど、教員の固有名詞(そのほとんどが渾名)が登場するのである。彼らが教員を心から慕っている思いがひしひしと感じられたのだ。
■「舐めてかかっているように見えても絶対的な敬意を持っていた」
卒業生の一人は教員に次のような思いを抱いていた。
「麻布生を観察していて思ったのは、どんなに先生を舐めてかかっているように、あるいは、どんなにバカにしているように見えても、それぞれの先生に凄いところがあるというのはみんな分かっているので、その部分については絶対的な信頼、敬意は持っています」
何人もの麻布卒業生に取材して感じたことだが、彼らは一様に口調がフランク、悪く言えば生意気な雰囲気があったのだが、不思議なことにそれが彼ら独特の愛嬌になっていて、決して悪い感じは受けない。
そう口にしたら、一人の卒業生が微笑んだ。
「それ、言われて一番嬉しいことです。麻布生って『嫌われない程度のフランクさ』は中高生活の中で身につけるようになっていますね。どうしてだろう……」
■窃盗を繰り返した麻布生は退学にされず、京大に合格した
この麻布生のスタンスは中高時代の教員との関係の中で培われたのではないかとわたしは睨んでいる。
ある卒業生によると、麻布の生徒たちは教員たちから「守られている」という感覚を持つという。
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「麻布の先生たちって、基本的に生徒放任なのですが、失敗したときのアフターケアがしっかりしている。『俺たちが全部見ていてやるから、お前ら好きにやれよ』というスタンスです。普通の学校なら何か問題を起こしたら罰則が与えられるじゃないですか。ところが、麻布はそうではない。失敗したあとに、先生たちがはじめて親身に対応してくれるんです」
麻布の教員は生徒たちを温かく、ときには辛抱強くその成長を見守る雰囲気があるらしい。一人の卒業生は友人でもある「問題児」を例に挙げて、そのことを説明してくれた。
「先生たちに怒られることは多いですよ。でも、生徒を即退学になんかしない学校です。なんやかんやでぼくたちのことを抱きしめてくれるんだな、支えてくれているんだな、というのは当時から感じていましたね。たとえば、京大に進学した友だちは窃盗を繰り返しめちゃくちゃ長い謹慎を喰らっていました。普通の学校ならすぐ退学させられるでしょう。でも、麻布の先生は忍耐強く、そいつの更生を見守っている。そういえば、そいつはいまだに我が物顔で麻布に遊びに行っていますよ」
■現校長「悪いことをしたからと学校を追い出すのは、教育の放棄」
別の卒業生も同じようなことを口にする。
「ぼくの代の麻布では、途中でドロップアウトしたヤツはいないです。どんなに悪いことをしたとしても、学校側はソイツが更生するまで待つという姿勢でしたから。それに、麻布の先生って成績ヤバそうなヤツには補習したり再試験をしたり、結構細やかにやっていますね」
この点を平先生に尋ねると、笑顔でこう返してくれた。
「いったん預かった子はね、ウチに期待をして入ってきたわけだから、一人前の青年にして社会に送り出すのが使命だと思っています。たとえ、在学中に悪いことをしたからといって学校を追い出してしまうのは、教育を放棄することと同義ですからね。生徒がこちらの指導に従う限りは最後まで面倒をみようと考えています。卒業生たちがそういう点を感謝してくれているのは実に嬉しいことです」
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中学受験専門塾スタジオキャンパス代表
1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。東京・自由が丘と三田に校舎を展開。学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊』(講談社+α新書)、『旧名門校vs.新名門校』』(SB新書)など。
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(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)
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