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インドのトヨタ店が「あえて2回洗車」するワケ

プレジデントオンライン / 2020年1月10日 11時15分

MGFトヨタでは、数人がかりで洗車をする - 画像提供=Toyota Motor Asia Pacific

インドでレクサスが売れている。その背景には、販売店による、きめ細かい顧客志向のサービスがある。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が、現地の代表的なトヨタ販売店・MGFトヨタを取材した——。

■町いちばんの尊敬されるディーラーを目指す

インドの人口は約12億人。中国に次いで世界第2位だ。また、人口の半分は25歳以下で、未成年の数だけで5億人いる。これからお金を使う人が日本の人口の約5倍もいるわけだ。

2018~19年のインドの経済成長率は7.3%(JBIC国際協力銀行調べ)。世界で7番目の経済規模である。

首都はニューデリー。そこから車で約30分の距離にある都市がグルグラム(グルガオン)。日本人駐在員も多く暮らす経済都市だ。

そこにはインドにおけるトヨタの代表的な販売店MGFトヨタがある。

わたしが会ったCEOのD.T.ナイク、副社長のA.K.ダヤルともに軍人出身であるが、しかし、物腰はやわらかい。

ナイクは言う。

「当MGFトヨタは『町いちばんの尊敬されるディーラーになる』のが目標です。そのためには各従業員のモチベーションが高くなくてはいけないと思っています」

トヨタは今、ふたつの目標を掲げている。「町いちばんの企業になる」。そして、モノ作りだけでなく、「モビリティ・サービスの会社になる」。

ナイクのあいさつから、MGFはそのふたつの目的をよく理解しているとすぐにわかった。

■関税130%のレクサスすら売れる販売力

では、同社の沿革と業績について。

MGFの設立は1960年。自動車販売事業のほか、不動産事業、ショッピングモールの開発等も行っている。2000年に、トヨタがインドに進出したとき、第1号ディーラーになった。

その年のMGFトヨタの従業員数は23名だったが、現在では1100名以上(19年8月時点)。また、00年の販売台数は900台で、かつ点検、修理などサービスをした車両は2800台だった。それが今では販売が4200台、サービスが6万5600台となっている。店舗数はグルグラムに5店、デリーに1店。同社は販売よりもサービスを重視しているようで、従業員のうち、販売担当が200名ほどなのに対して、サービス担当の陣容は870名以上にのぼる。

19年上半期(1~6月)のインド自動車市場は、18年に比べると10%減と縮小しているのだが、MGFトヨタは前年比20%増を達成している。

そのうえ、同社は高級車レクサスの販売でも好調を維持している。インドで造った車には関税はかからないが、高級車を輸入すると130%の高関税がかかる。それでも、レクサスを売ってしまうのだから、販売力のある会社なのだろう。

ちなみにインドにおける自動車販売のシェアは次の通りだ(2019年1~6月)。足元ではごく一部のメーカーを除き、市場の落ち込みを受けて販売を落としている。

1.マルチ・スズキ 48.24%
2.ヒュンダイ 15.97%
3.マヒンドラ 13.22%
4.タタ 5.57%
5.ホンダ 5.04%
6.トヨタ 4.22%
7.フォード 2.51%
8.ルノー 2.26%

■従業員はマンツーマンで客の世話をする

副社長のダヤルは沿革と業績の説明が終わると、「レッツ・ゴー、ゲンバ」と言った。

「トヨタ生産方式(TPS)の実践は現場で説明しなければわかりません」

トヨタ生産方式とはリードタイムの短縮を図る「ジャスト・イン・タイム」と不良品を出さない「自働化」を2本柱としたトヨタ独特の生産方式だ。もともとは生産現場の方式だったが、現在では販売、物流、事務の諸分野にも援用し、ムダをなくすこと、日々、カイゼンを続けることを2大テーゼとして、同社の従業員は実践に励んでいる。

さて、MGFトヨタの点検修理サービスにおける特徴は3つある。

ひとつは徹底した顧客志向だ。

予約した客が車を持ってきたら、入り口の警備員が全店の従業員に向けてゲートインを知らせる。その後、すぐに世話係が飛んできて、入庫、客との面談、点検修理箇所のチェックなどを済ませる。点検、修理に入るのはそれからだ。マンツーマンで客の世話をする。

ダヤルは言う。

「インドには車検システムはありません。ただし、排ガス規制があるので、お客様は一定のタイミングで車をメンテナンスする必要があります。私どもは時間と走行距離の両方に基準を設けていて、5000km走った時点、もしくは、買ってから6カ月した時点で点検に来ていただきます。また、車によっては1万km、もしくは1年というメンテナンスタイミングになることもあります。

インドのカーオーナーの走行距離は法人客でしたら、1年間に5万kmから6万km。個人客でしたら、だいたい2万km以下です」

画像提供=Toyota Motor Asia Pacific
顧客用のラウンジエリア - 画像提供=Toyota Motor Asia Pacific

■無料の食事を提供するのは当然のサービス

2番目の特徴は、リフレッシュメント(スナックなどの軽食)とミール(食事)の無料提供だ。日本の販売店では来店した客に無料の食事を提供することはまずない。しかし、インドでは顧客サービスの一環となっている。わたしは中国の広州、深圳の販売店にも行ったが、そこでも無料の食事の提供は習慣となっていた。そうしてみると、車が贅沢(ぜいたく)品に当たる新興国では、見込み客、顧客に対して、食事を提供するくらいはごく当然のサービスメニューになっているようだ。

ダヤルの説明である。

「インドにおいてはお茶やコーヒーを用意しているコンペティターは多いですが、うちではちゃんとした食事を用意します。むろん、無料です。お客様は我々の大切なゲストですから、できる限りのもてなしをします。サンスクリット語のことわざに『Atithi devo bhava(Guest is my God)』というのがあります。それは、お客様は神様ですという意味で、世界でそういうもてなしの言葉があるのはインドと日本だけではないでしょうか」

画像提供=Toyota Motor Asia Pacific
顧客には無料の食事が提供される - 画像提供=Toyota Motor Asia Pacific

■インドでは珍しい「60分で終わる車検」をしている

3つ目は同社が自信を持つ「エクスプレス・メンテナンス」。車両点検を実質、60分で終えてしまうサービスだ。

日本国内のトヨタ販売店では車検を60分で行うところはある。また定期点検なら45分で行うところもある。しかし、インドで60分という短時間で点検をやることができるのはトヨタの販売店だけである。もちろんMGFトヨタも例に漏れない。

ダヤルは胸を張る。

「コンペティターは少なくとも2.5時間程度、もしくは3時間はかかるでしょう。しかし、私たちはトヨタ生産方式を駆使して、60分にしました。またお客様のご要望に応じて追加作業があった場合には、内容に応じて、エクスプレス・メンテナンスの90分版ですとか、120分版もあります。

メンテナンスの間、60%のお客様が当社の店舗の中で待っています。そのため、リフレッシュメントを提供し、また、メンテナンス作業をガラス越しに確認できるようにもしています」

■精神力と人手には頼らない効率化

短時間でメンテナンスを終わらせるには作業者をトレーニングしておかなければならない。また、トヨタ生産方式自体を学習させておく必要もある。また、チーム編成も重要だ。さらに言えば、ユニホーム、作業ツールなどの標準化もいる。短時間メンテナンスは優れた作業スキルと固いチームワークのたまものと言える。

作業時間だけを無理やり短くすることは他の販売店でもできるかもしれない。しかし、MGFトヨタはどういった車種であれ、短い時間内に終わらせるシステムを整えた。そこが他社の販売店との違いだ。精神力と大勢の人手で作業時間を短縮したのではなく、トヨタ生産方式にのっとった効率化だ。

「他の自動車メーカーでここまでやっているところはありません。サービスにおいては他社の追随を許さないと思います。それもすべてはお客様のためです。お客様の身になったサービスをしています」

ダヤルは軍人の出身なのだけれど、居丈高ではない。顧客志向を訴え続ける。トヨタ生産方式についても、重要なのは考え方だと明言する。

「点検の設備ですとかツールは、言ってしまえばどこかの会社から購入して、コピーすることは可能です。しかし、トヨタ生産方式の考え方をしっかりと身につけることはすぐにはできません」

■あえて「2度の洗車」を手で行う

現場で他の国(日本、アメリカ、中国、シンガポール)の販売店とあきらかに異なっていたのが洗車の工程だった。

MGFトヨタでは入庫してきた車を屋外で一度、洗車する。その後、構内に車を入れ、点検、修理を行った後、出庫する前にふたたび洗車する。しかも、どちらも数人が一斉に車に群がって手で洗う。

「これはちょっと、いかがなものか? 人手をかけすぎているのではないか?」

トヨタ生産方式はムダを排除するシステムだ。ムダを排除し、人手を少なくして生産性を上げる。

2度の洗車と洗車機を使わないことはトヨタ生産方式とは相いれないと思ったので、その点をダヤルに質問した。

すると、ダヤルははっきりと答えた。

「最初の洗車はアンダーボディ、車の下側だけを洗います。作業場に砂ぼこり、泥などを持ち込ませないためです。インドの道路は砂ぼこりや泥でいっぱいです。一度、走るとそれがボディについてしまう。

また、洗車機を導入すると、ブラシについた砂が車体を傷めてしまいます。さらに機械に砂が詰まって故障します。機械を使うと生産性が低下するので、お客様のために作業者が手で洗うのです」

画像提供=Toyota Motor Asia Pacific
屋外で砂ぼこりや土を洗い落とす - 画像提供=Toyota Motor Asia Pacific

■トヨタ生産方式の本質を理解している

インドの環境は日本のそれとは違う。日本で決めた通りのやり方を墨守するとかえって生産性が落ちるのだ。MGFの人たちはトヨタ生産方式の本質を理解している。

ダヤルは私の考えを見透かすように説明した。

「エクスプレス・メンテナンスでも、人手がかかりすぎていると感じるかもしれません。しかし、効率化していますから、1日に13台程度のメンテナンスができます。一方、他社は同じ人数でとりかかっても1日にせいぜい6、7台でしょう。全体として効率化されているのです」

第二次大戦後、日本を筆頭に韓国、台湾、中国はモノ作りと輸出主導で成長した。しかし、インドは国内需要が底知れないほど大きいだけに、モノ作り、輸出主導ではない成長の道を見出している。国内需要とサービス産業で国を繁栄させようとしている。コールセンターの誘致などはその典型だろう。MGFトヨタはきめ細かいサービスで新車の販売を伸ばしている。(敬称略)

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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