逃亡先から日本の司法を嘆くゴーン氏の姑息さ
プレジデントオンライン / 2020年1月6日 18時15分
■裁判で正々堂々と戦うことを避けた「卑怯者」だ
日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告(65)が保釈条件の海外渡航禁止を無視し、国籍のある中東のレバノンに逃亡した。
2020年1月1日付の新聞各紙は「ゴーン被告、レバノンに逃亡」(朝日)、「ゴーン被告無断出国」(読売)、「ゴーン被告 海外逃亡」(東京)などの見出しで逃亡を大きく扱った。
ゴーン氏は公判での勝ち目が薄いと判断して逃亡したのだろう。卑怯者だ。これまで日本の司法制度を批判してきたのだから、裁判で正々堂々と戦うべきだった。
■ふてぶてしい声明文は、日本政府に対する「挑戦状」
ゴーン氏は12月31日、自身の広報担当者を通じ、次のような声明文を発表した。全文が英語で書かれていた。
「私はいま、レバノンにいる。日本の司法制度にとらわれることはなくなる。もう不正な司法制度の人質ではない」
「日本の司法制度は、国際法や国際条約により守らなければならない法的義務を著しく無視している。有罪が前提で差別が蔓延り、基本的な人権を否定している」
「私は正義からではなく、不正と政治的迫害から逃れたのだ。やっと自由にメディアとコミュニケーションができるようになった。来週から始めることを楽しみにしている」
もはやこれは単なる声明文などではない。日本の政府や捜査当局に対する挑戦状である。こうした挑戦状を出すゴーン氏のふてぶてしい態度には嫌悪感を覚える。さらにゴーン氏は1月8日にも記者会見を行う意向を示しているという。
■大統領と面会するなどレバノンでは英雄扱い
ゴーン氏は2018年11月19日、役員報酬を有価証券報告書に過少に記載した金融商品取引法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕された。その後、中東サウジアラビアとオマーンをめぐる会社法違反の特別背任事件などでも逮捕・起訴された。ゴーン氏はいずれの事件でも無罪を主張していた。
今年4月には初公判が開かれる予定だったが、ゴーン氏の逃亡により裁判が開かれる可能性は低い。日本の刑事裁判では原則、被告人が1審の公判に出廷する義務があるからだ。
沙鴎一歩はゴーン氏が公判でどう無罪を主張していくかに注目していた。日本で裁判を開くためには、レバノンがゴーン氏の身柄を日本に引き渡さなければいけないが、日本とレバノンは容疑者の身柄引き渡しに関する条約を結んでいないため、可能性は極めて低い。
レバノンはゴーン氏の両親の出身国で、自身も少年期を過ごしている。ゴーン氏は、レバノンでは日本の日産を立て直した国民的英雄であり、逃亡直後にはレバノンのミシェル・アウン大統領に面会するなど歓迎されていると現地のメディアが報じている。
■検察は海外メディアを集めて、きちんと反論すべき
一連のゴーン氏の事件では、容疑者が自供するまで保釈されない日本の捜査に対する批判の声が、欧米のメディアから次々と挙がった。いわゆる「人質司法」の問題である。
ゴーン氏が声明文で「日本の司法制度は法的義務を無視し、基本的な人権を否定している」「メディアとコミュニケーションができるようになった」と語っていることから、欧米メディアに日本の人質司法の問題を誇張して伝えて報道させ、自身に有利なように国際社会の理解を得ようとたくらんでいるのだろう。
日本政府は日本の司法制度が世界で誤解されないよう、国際会議などの場で説明する必要がある。安倍政権の外交力が試される。検察が欧米メディアを集めて記者会見を開き、ゴーン氏の声明文にきちんと反論すべきだとも思う。
■日産だけではなく、ルノーでも私物化を繰り返していた疑い
ゴーン氏はレバノンのほか、生まれ育ったブラジルと長く生活したフランスにもそれぞれ国籍を持っている。そのフランスでは大手自動車会社のルノー会長時代に社費を流用した疑惑が浮上し、事件として捜査が進められている。
フランスの検察は2019年7月にパリ郊外のルノー本社を家宅捜索したが、これはゴーン氏が2016年にベルサイユ宮殿で開いた自身の結婚式にルノーの社費を充てた事件の捜査のひとつだった。
ルノーと日産の統合会社「ルノー・日産BV」でも、ゴーン氏が1100万(13億4000万円)を不正に引き出していた疑いが出ている。
ゴーン氏は日産だけではなく、ルノーに対しても私物化行為を繰り返していたことになる。会社の資産はすべて会長である自分のものという彼の強い私物化意識がにじみ出ている。
日本政府はフランス政府に対し、ゴーン氏の身柄確保の協力を求めるべきである。日本の警察庁はすでに国際刑事機構(ICPO)を通じてゴーン氏を国際手配しているから、フランスの警察や検察も動きやすいはずだ。
■どうやって日本を脱出してレバノンまで逃げたのか
ゴーン氏はどうやって日本を脱出してレバノンまで逃げたのか。現在、警視庁が東京都港区の住居周辺の防犯カメラ映像を解析するなどして出国までの経路の特定を進めている。警視庁や検察は、逃亡の手口を明らかにしてほしい。
これまでの報道を総合すると、ゴーン氏は昨年12月29日午後11時10分に関西空港をプライベートジェットで飛び立ち、12時間後にトルコのイスタンブール到着し、そこから別のプライベートジェットに乗り換えて翌30日にレバノンのベイルートに入った。この便はいずれもトルコの航空会社による運航だった。
しかしゴーン被告の氏名での出国記録はなく、出国審査を義務付けた出入国管理・難民認定法に違反した疑いが濃厚である。
トルコのアナトリア通信によると、トルコ警察は1月2日に、ゴーン氏がトルコ経由でレバノンに逃亡してことで、計7人の身柄を拘束して事情を聴いている。ゴーン氏に複数の協力者がいたことは間違いないだろう。その協力者たちにかなりのカネが流れたとも報じられている。
■「逃げ得を許しては司法の信頼が失墜する」
ゴーン氏の逃亡を社説で真っ先に取り上げたのは、1月3日付の産経新聞だった。社説の見出しは「ゴーン被告逃亡 保釈を認めたのが誤りだ」で、内容もこれまで主張してきた保釈反対のスタンスを貫いている。
産経らしい分かりやすさはある。しかしながらその主張がストレートで強いだけに薄っぺらさが感じられる。ここぞとばかり産経社説は書く。
「東京地裁はゴーン被告の保釈を取り消した。保釈金15億円が没取されるのは当然としても、保釈を認めた地裁の判断が適切だったのか厳しく問われよう。弁護側の責任も重い。保釈が認められるのは、逃亡や証拠隠滅の恐れが高くない場合に限られる。そのどちらも懸念されていたことである」
「悪意を持って企てれば、保釈にどんな条件や手立てを講じても無になる。それが分かっても遅きに失した」
「世界的に注目されるゴーン被告の逃亡を許し『日本の刑事司法の恥を世界にさらした』との厳しい見方もある。逃げ得を許しては司法の信頼が失墜する」
■人質司法の問題に触れないのでは検察の代弁者
産経社説は地裁の判断を問題視し、弁護士の責任を追及する。だが、人質司法の問題には触れない。ゴーン氏の保釈に真っ向から反対し続ける。その姿勢はまるで検察の代弁者のようである。
極め付きは「逃げ得」という言葉だ。海外メディアの批判であろうと、素直に聞いて是正すべき点は直す。いまの社会、そうした柔軟な姿勢が欠かせない。
司法は検察のためにあるのではない。司法は私たち国民のためにある。その基本を筆者である論説委員は理解しているのだろうか。産経社説のファンとして悲しい思いがする。
■「日本の刑事司法は世界から見て異様」なのか
1月4日付の社説で取り上げたのが、東京新聞である。東京社説は大きな1本社説で主張し、最後に「スパイ映画もどきの国外逃亡は、意外と日本の司法制度への厳しい忠告となる可能性があろう」と指摘するなど産経社説とは正反対の立場を取る。見出しも「司法への挑発と忠告 ゴーン被告の逃亡」である。
社説はひとつの新聞を読むだけではつまらない。自分の考えと同じ社説を読むだけでなく、あえて反対のスタンスの社説を読むことは刺激になる。自分自身の考え方を確認するのにも役立つ。
東京社説は中盤でこう指摘する。
「著名な被告の堂々たる海外脱出は、保釈中の監視態勢の問題や保釈の在り方の問題などをあぶり出した。裁判所、検察庁、出入国在留管理庁の連携そのものに重大なる欠陥が潜んでいることも明白になった。逃走の防止策は強化せねばならないし、そのための立法も必要かもしれない」
「ただ『保釈は認めないように』とか『被告は拘置所に閉じ込めておくべきだ』とかの論に結びつけては危険だ。もともと日本の刑事司法は世界から見て異様である」
「自白しない限り、拘置が延々と続く実態があるからだ。家族らとの接見が禁じられたりもするから、孤独から早く抜け出すために、虚偽の自白をする事態も生んでしまう。これは『人質司法』と呼ばれる」
東京社説の主張は前述した沙鴎一歩の主張と似ている。ただし「日本の刑事司法は世界から見て異様」という指摘はおかしい。
日本と欧州では捜査の段取りが大きく違うのである。司法制度の違いはそこから考えていく必要がある。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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