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"相続税0円"でも決して安心してはいけない訳

プレジデントオンライン / 2020年1月14日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

遺産額が少なく、「相続税0円」でも、相続でもめることはある。元国税調査官で税理士・産業カウンセラーの飯田真弓氏は、「火種になるのは『実家』だ。生前贈与もできないため、トラブルになるケースが多い」という——。

■2015年の大改正でどれくらい納税額が変わったのか

2015年、相続税は40年ぶりに大幅な改正がなされた。基礎控除金額が改正されたのだ。

【改正前】5000万円+1000万円×法定相続人の数
【改正後】3000万円+600万円×法定相続人の数

改正前と改正後で、どんなふうに違ってくるのか。田中一郎さんが亡くなった場合で考えてみよう。

田中一郎さんの場合
図表=筆者作成
相続人…配偶者である花子と、子である太郎と次郎の2人。合計3人。
相続財産…自宅4500万円、預貯金1500万円。合計6000万円。
改正前
基礎控除額:5000万円+1000万円×3人=8000万円
相続税額:6000万円-8000万円=-2000万円
遺産総額6000万円の田中一郎さんが亡くなったのが改正前の2014年12月31日以前であれば、相続税の申告の必要はなかった。
改正後
基礎控除額:3000万円+600万円×3人=4800万円
相続税額:6000万円-4800万円=1200万円……①
田中一郎さんの遺産の総額が同額の6000万円であっても、亡くなったのが改正後の2015年1月1日以降であれば、相続税を納めなければならないことになる。

改正後に田中一郎さんが亡くなった場合、ご遺族が相続税を納めなくても済むようにする方法は何かあるのだろうか。

相続税対策にはいろいろな方法があるのだが、その中で、生前贈与は最も人気がある。特に専門的な知識が必要なわけではなく、手軽に行えるためだろう。

■年間110万円までの贈与には税金がかからない

贈与税は、1年間につき110万円の控除額がある。言い換えると、年間110万円以内であれば贈与税がかからないということになる。

具体的に見ていこう。1人につき、110万円贈与するとする。子どもである太郎さんと次郎さん、それに孫の翔さん、寛さん、豊さん、翼さん、合計6人。

110万円×6人×1年=660万円

この方法で贈与をすると、田中一郎さんは、1年間で660万円生前に贈与することができることになる。

110万円×6人×2年=1320万円

先ほど、田中一郎さんの改正後の相続税課税対象は1200万円だと算出した(①)。110万円を6人に2年間生前贈与すれば、田中一郎さんは相続時に相続税を納めなくても済むということになるのだ。

生前贈与は誰に行っても構わない。長い目で見ると、田中一郎さん一族の場合、子どもである太郎さんと次郎さんには贈与せず、孫である翔さん、寛さん、豊さん、翼さんに贈与をする方が有利になる。

子どもを飛ばして孫に贈与することで、子どもである太郎さんや次郎さんが亡くなられた場合、相続税の課税対象に含まれることを免れることができるからだ。

■このケースだと3年間の贈与で相続税がかからなくなる

では、孫4人に生前贈与する場合で考えていこう。生前贈与の方法は現金手渡しと預金振込どちらでも大丈夫だが、税務署に尋ねられた際その贈与の事実を証明するために、預金振込にした方がいいだろう。

田中一郎さんの場合、毎年110万円を孫4人に贈与した場合、1年間で440万円の資産を税金を納めることなく移転できることになる。

課税ベースの1200万円を贈与しきるには、

1200万円÷(110万円×4人)=2.7年

田中一郎さんは、3年間生前贈与を続けることで、相続時に相続税がかからない計算になる。

ここで、生前贈与する際の注意点について確認しておこう。

1.毎年贈与契約書を作成する
2.通帳や印鑑・キャッシュカードなども贈与をする子や孫に渡し、自由に使えるようにしておく
3.相続が始まる3年前までに済ませておく

この3つだ。

■生前贈与は早めに始めたほうがよい

最初に、毎年贈与契約書を作成する必要があるということだ。税務署に対して贈与の事実を証明するためにも、贈与のたびに贈与契約書の作成をすることが望ましい。

「なんで子や孫相手に、そんな堅苦しい書類を作らなければならないのだ!」

と思われたかもしれない。

税務署は、少しでも多く税金を納めてもらいたいという視点で仕事をしている。合法的に相続税の課税を免れるためには、それなりの措置を取っておくことは必須なのだ。

次に、通帳や印鑑・キャッシュカードなども、贈与を受けた子や孫に渡して自由に使えるようにしておかなければならない。子や孫名義の口座にお金を振り込んで贈与したものの、その通帳をすべて贈与した側の人が管理しているとアウトだ。

「孫である翼に贈与したお金を嫁の桜に勝手に使われては困るから」

そんな思いから孫の通帳を管理していたと説明したとしても調査官は許してくれないだろう。

3つ目。悲しいことに、人はいつ亡くなるかわからない。相続開始の3年前までの生前贈与は、相続財産に加算しなければならないという規定がある。例えば余命3カ月などと死期を知り得てから慌てて相続人に贈与をしても、全て相続税にカウントされるため節税にならないので注意が必要だ。

生前贈与をするなら、早めに始めるに越したことはないといえるだろう。

■相続税が0円でも安心できない

さて、田中一郎さん一家は、生前贈与の策をとることによって相続税を納めなくてもよくなった。これにて一件落着。

……と言いたいところだが、そうは問屋が卸さない。預貯金は孫に生前贈与することができたが、持ち家がそっくりそのまま残ることになるからだ。

相続でもめるのは、必ずしも相続税をたくさん払う人ではないという統計がある。

平成29年度の司法統計年報に、遺産分割事件のうち認容・調停成立件数が遺産の価格別に発表されている。遺産額が1000万円以下の事件件数割合は32.1%、さらに5000万円以下になると75.5%となっている。この統計から、遺産額が少なくても相続人の間でもめることが多いことがわかる。

また、遺産額が1000万円以下であり、遺産が不動産だけである場合の事件の割合は45%、さらに1000万円超5000万円以下のときは22%となっており、不動産だけの遺産相続においては、遺産額が少ないほうがより争いが起きる傾向があるという統計結果も報告されているのだ。

なぜ遺産額が少なく、遺産のうちのほとんどが不動産であると、遺産分割事件に発展する件数が多くなるのだろうか。実は、もめるのは不動産の中でも実家が遺産という場合に多い。

■遺された不動産について、それぞれ思うことは違う

田中一郎さんは、まさにこのパターンとなる。国に納める相続税は0円だが、相続財産である一軒家をどう分ければよいのか。実家の一軒家は分割できない上に、さまざまな思惑が交錯する。

実家を離れて久しい次男の次郎さんは、さっさと家を売って換金しようと言い出すかもしれない。

一方で、配偶者である花子さんは、夫である一郎さんとの思い出が詰まった実家をすぐには売りたくないと言い張るに違いない。

さらに、一郎さんと同居していて介護を強いられた長男の嫁である愛は、法律が改正されたみたいだから、自分もそれなりのお金をもらう権利があるはずだとひそかに思っているかもしれない。

などなど……。それぞれ思うことは違うはずだ。ゆえに、相続税が0円になったからといって安心していてはいけないということになる。では、どうすればいいのだろうか。

親が元気なうちに家族で話し合っておくことが必要といえるだろう。もし、そこで話がまとまらなくても、まずは、将来起こりうる課題について親と子どもたちが認識することが大事なのだ。そうした課題認識をしたうえで、専門家に相談してみるのもよいだろう。

そうは言っても、子どもの側から、遺産のことについて切り出すのは、なかなか難しいのではないだろうか。

「なにぃ~、お前は、そんなに私に早く死んでほしいと思っているのか!」

後期高齢になり、やや認知症気味になると、親はますます頑固になってくる。

■自分の財産を把握していない人は意外と多い

筆者は昨年、地域の女性が集まる会で、「出前講座」としてお金の話をしてほしいという依頼を受け講師をした。「女性の税理士がわかりやすくお金にまつわる話をする」というリクエストだった。毎回、勉強会ではいろんな講師を呼ばれているので、係の方は、会員の方に満足してもらえるかどうか心配されていたようだ。

「孫にはお金をあげたいけど、嫁には渡したくないですよね!」

開口一番、笑いを取り、参加者のハートをつかんだ。

前半は相続の話をし、後半は自分が残りの人生をどう生き抜きたいのか自己理解が深まるワークショップを体験してもらったのだが、大好評だった。このとき、参加者のみなさんに自分の財産がいくらあるのか知っているか尋ねたが、ほとんどの人がきょとんとしていた。筆者は、参加者の方に宿題を出しておいた。

「みなさん、ご自身が今いくら財産を持っているのか調べてください」

自分の財産がいくらなのかわかったら、次に、誰に何を渡したいと思うのかをはっきりさせることだ。子どもたちが相続発生後に争いにならないように、親自らが遺言書を作成するというのもひとつの方法だろう。

これに関しては、費用がかかるかもしれないが、素人で済ませるのではなく弁護士や税理士などで、遺言書の書き方に精通している専門家に相談するのがよいと思う。

「実家は持ち家だけど、相続税がかからないから遺産相続なんて自分には関係ないよ!」

と今まで思っていたという方。ここまで読まれてどんな感想を持たれただろうか。

重ねて言うが、遺産相続トラブルは、多くが相続税0円、遺産総額5000万円以下の一般中流家庭で起こっている。そして、相続トラブルの件数は、近年増加傾向にあるのだ。兄弟の仲が良くても、それぞれの伴侶である嫁は、自分だけは損をしたくないと思っているかもしれない。

■出前講座を調べてみるのもおすすめ

それでも、直接親に向かって“相続のために家族会議を開きましょう!”とは言い出しにくいものだ。そこで、まずは親御さんがお住まいの地域の出前講座を調べてみてはどうだろうか。お金の話の「出前講座」。開催予定がないという返事が返ってきたら、

「ある地域では、実際に行われているように聞いたのだが、この地域ではやってもらえないのだろうか」

と依頼をしてみるのだ。

行政は、なかなか新しいことに手を染めようとしない。しかし、何件も同じ問い合わせや要望があれば動かざるをえなくなる。市民の声を活かすことこそが行政の仕事だからだ。

地域の人たちの役に立つ出前講座は各地で開催されているようだ。その中で、“相続税0円でももめることが心配な人のための講座”というものがあってもよいと思う。その講座に参加すれば、相続税は0円だけど、相続でもめたらどうしようと思っているのは自分だけではないということに気づけるだろう。

■相続は人生の想いを繋ぐ作業

「天国からのラブレター」という落語がある。

ある寿司屋のおやじが亡くなったのだが、三途の川を渡る前に案内人に出会う。おやじは自分では財産などないと思っていたのだが、子どもたちが財産をどれくらいもらうかでけんかをしているのが天国から見て取れた。

おやじは案内人に勧められ、子どもたちに手紙を書く。

天国から届いた手紙を読んだ子どもたちは、家族との思い出を懐かしみ仲直りをした。そして、おやじが手紙に書いた通りに財産を分けたというような内容だったと記憶している。

ストーリーもよくできていたし、そのときの噺(はなし)家さんがうまかった。筆者はこの落語を聞いて、涙してしまった。全国いろんなところで演じられているようなので、親子でこの落語を聞きに行くというのもひとつの策だろう。

都会で働くサラリーマンの方が、実家に帰り、昔の家族が顔を合わせるのは、年末年始かお盆くらいだろう。お酒が入り、昔話に花が咲く前に、相続税0円でももめない相続をするための話を、やんわりと切り出してみてはどうだろうか。

相続は単にお金を分けるものではない。その人が歩んできた人生の想いを繋(つな)ぐ作業なのだ。じっくりと時間をかけて、家族で話をすることをお勧めしたい。

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飯田 真弓(いいだ・まゆみ)
税理士
元国税調査官。産業カウンセラー。健康経営アドバイザー。日本芸術療法学会正会員。初級国家公務員(税務職)女子1期生で、26年間国税調査官として税務調査に従事。2008年に退職し、12年日本マインドヘルス協会を設立し代表理事を務める。著書に『税務署は見ている。』『B勘あり!』『税務署は3年泳がせる。』(ともに日本経済新聞出版社)、『調査官目線でつかむ セーフ?アウト?税務調査』(清文社)がある。

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(税理士 飯田 真弓)

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