時給900円の「非正規公務員」が増え続けるワケ
プレジデントオンライン / 2020年1月10日 11時15分
■フルタイムで働いても年収は160万程度
全国の自治体で増えている「非正規公務員」に注目が集まっている。公務員と言えば、まずクビになることがないうえ、民間企業以上の待遇が保障されている「人気職業」だが、同じ公務員でも「非正規」となると、待遇に雲泥の差があるというのだ。
総務省が行った最新調査では、2016年4月1日現在で全国に64万3131人の「臨時・非常勤」の職員がいるが、報酬は驚くほど低い。例えば、「一般職非常勤職員」として事務補助に就いている職員の平均時給は919円、「臨時的任用職員」だと845円だ。その時点での最低賃金は全国加重平均で798円(東京都は907円)だから、最低賃金並みの報酬だ。
しかも、全体の3分の1である20万2764人はフルタイム、さらに20万5118人は正規の4分の3以上の時間、勤務している。公務員の所定の労働時間は年間1850時間程度とされているから、フルタイムで働いたとして、臨時的任用職員だと平均で160万円程度の年収にしかならない計算になる。
一方、総務省の調べでは全自治体の平均給与月額は40万円余りなので、ボーナスを含めると660万円になる。その格差たるや歴然としている。しかも、仕事の内容は正規の職員と大きく変わらないケースもある。
■一度ボーナス支給を始めたら、やめられない
「同一労働同一賃金」の旗を振る政府としては、この非正規公務員問題を放置できなくなっている。2020年度から、非正規公務員の待遇改善に向けて、ボーナスを支給できるように新制度を設けた。総務省の試算ではこれに伴う人件費の増加分は1700億円に達するとしており、この分は地方交付税交付金として自治体に配分するとしている。これに伴ってすべての自治体が非正規職員にもボーナスを支給する見通しだという。
待遇改善をして、その分は国が面倒をみるというのだから、自治体は喜んでいるかと思いきや、どうもそうではない。
理由はこうだ。国から地方に交付される地方交付税の総額自体は2010年をピークに2018年まで7年連続で減り続けてきた。2019年は8年ぶりに1620億円の増加となったが、国の財政は厳しく、再び減らされることになりかねない。そうした中で、非正規職員のボーナス相当分として交付税を増やしても、その他のところで交付額を削られる可能性もある。しかも、いったんボーナス支給を始めたら、止めることはできないから、長期にわたって人件費が増える。しかも時給が上がっていけばボーナスも増えていく。それを国が面倒みてくれるはずはない、というわけだ。
■臨時職員を雇用することで人件費を圧縮
実は、非正規公務員が増えてきたのには理由がある。地方自治体の財政が厳しさを増す中で、自治体職員の数を大幅に減らしてきたのだ。地方自治体の統合を推し進めた、いわゆる「平成の大合併」以降、退職した職員の不補充などで正規職員を抑え、人件費を圧縮する一方、臨時職員などを雇用することで仕事を回してきたのである。非正規公務員は2006年から2016年度の10年間で40%も増えたというから、ざっと20万人の非正規が生まれたことになる。
地方公務員の人件費総額は1999年には27兆475億円に達していたが、2000年度決算で戦後初めて減少、それ以来、団塊の世代の退職で退職金がかさんだ2007年度を除いて2013年度まで減り続けた。2013年度は22兆1779億円だった。
地方の正規職員の給与は、国家公務員の給与に準じて引き上げられる慣行になっている。政府は人事院勧告に従って2014年度から6年連続して国家公務員の給与を引き上げており、地方自治体にもこの方針に従うよう通達を出している。ちなみに、総務省が自治体に出す給与を巡る通達は微に入り細を穿(うが)っており、国家公務員以上の待遇向上をしないことや、財政悪化を理由にした賃金カットなどを行うことを事実上禁止している。
■職員が高齢化するほど人件費は膨らむ
周知の通り、公務員にリストラはない。懲戒免職や分限処分による退職という制度はあるが、これは犯罪を犯した場合や、よほど勤務態度が不良な場合だけで、実際にはクビになっている人の数はごく少数だ。逆に言えば、財政を立て直すために職員の数を減らすといった民間企業では当たり前のことが、地方自治体には許されていないのだ。そんな中で、人件費を抑える切り札とも言える存在だったのが、非正規公務員だったわけだ。
正規職員は毎年年齢が上がるごとに給与が上昇する。俸給表に従って勤務年数が増えれば給与も上がっていく仕組みになっているのだ。クビにもできず、給与は上がるので、放っておけば自治体の人件費は高齢化とともに毎年膨らんでいく。
「高齢の正規職員の給与を増やすために、非正規を増やして人件費総額を抑えている」と、ある政令指定都市の「特別職非常勤」という立場の職員は憤る。人件費を賄うための財源である地方税収や国からの交付金が増えない限り、増え続ける人件費を吸収することは簡単ではない。
■正規職員を増やす負担は、若年層にのしかかる
しかも国は、国家公務員の定年を現状の60歳から段階的に65歳に引き上げようとしている。当然、地方自治体にも「右へ倣え」を求めてくる。定年が延びれば、当然、その分、人件費負担は増える。今後これをどう賄っていくのか。
2008年をピークに日本の人口は減少し始めており、地方での人口減少は深刻さを増している。一方、高齢化などで福祉など地方自治体のサービスへの要望は高まっており、住民が減ったからといって、正規職員を大幅にカットすることも難しい。2017年までの10年間で地方公務員の数は6.6%、17万人近くが減ったが、そのうちの半分の9万人弱は少子化などに伴って減らされた教員など教育関係者。一般行政職員は2013年ごろまでは減少が続いたが、それ以降、むしろ増加傾向にある。
第2次安倍晋三内閣以降、景気が回復し足元の地方税収が増えたとはいえ、人口減少に伴う税収減を考えれば、簡単にはクビにできない正規の地方公務員を増やすことは危険ではないか。その負担は働く若年層に重くのしかかるのだ。
■地方自治体の「国頼み」が増している
そろそろ総務省が音頭を取って全国一律のサービスを自治体に求めるやり方は見直すべきではないか。
第1次安倍内閣の頃にさかんに言われた「三位一体の改革」、すなわち「国庫補助負担金の廃止・縮減」と「税財源の地方移譲」、そして「地方交付税の見直し」を一体的に行うことの重要性が言われなくなって久しい。その間に地方自治体の「国頼み」は増し、財政的に自立しようという意欲はついえている。何せ全国で1765ある地方自治体のうち、地方交付税交付金をもらっていない「不交付団体」はわずかに86なのだ。
自治体の自立を促すために、税源を大胆に移譲し、地方交付税を大幅に縮減すれば、住民はおのずから行政サービスを選択せざるを得なくなる。行政サービスとして何が必要なのか、税金を負担してでも何を守るべきなのか。自分たちで負担とサービスのバランスを考えなければ、早晩、自治体はもたなくなるだろう。
公務員人件費の「調節弁」として機能してきた非正規公務員問題は、地方自治体のあり方を根本から問い直す大きなきっかけになっている。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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