米国で救急搬送されると「請求額5000万円」になるカラクリ
プレジデントオンライン / 2020年2月1日 11時15分
■もしアメリカで救急搬送されたら……
場所は出張で訪れたアメリカ・ロサンゼルスのホテル。急な腹痛に襲われて意識を失い、救急車で地元の病院に搬送された。診断結果は解離性大動脈瘤。すぐに手術が行われ、経過は良好。10日の入院で退院することができた――。
これは事実をもとにしたケーススタディーですが、働き盛りのビジネスパーソンには「あってもおかしくない」話です。
さて、大変なのはそのあとの支払いです。アメリカの医療費は高いということは日本でもすでに知られていますが、アメリカで外国人である私たちが前述の医療を受ければ、5000万円ほどの請求書がまわってきます。弁護士を立てて交渉すれば、こういったケースでは3500万円ほどに減額させることも可能ですが、大変な労力がかかりますし、それにしても1000万円単位の支払いとなれば、事前の対策が必要です。
■欧州は高額請求の心配なし
公的医療保険制度がある日本では、診療報酬は公定価格であり一律です。しかも患者の自己負担額はそのうちの3割だけ。さらに高額療養費制度で自己負担額の上限が定められているため、毎月の支払いは多くても十数万円となっています。
しかしアメリカは違います。自由診療なので、医療費は病院が決めます。患者は契約内容に合意のうえ治療を受け、費用は全額支払わなければなりません。そこで発達しているのが民間の医療保険です。
しかし民間医療保険の保険料は安くないうえ、保険を利用すれば翌年の保険料が上がるので、病気にならないようサプリメントやフィットネスで予防するというのが中流以上の人たちの常識です。半面、アメリカは医療技術の先進国なので、費用さえ払えれば日本では受けられない最先端の治療が期待できます。
アメリカを訪れる場合は、こういう事情を把握したうえで、前もって補償が十分な海外旅行傷害保険に入っておくことをおすすめします。一般的なクレジットカードに付帯している保険は治療費の限度額が数百万円ですが、これだけでは不安です。心筋梗塞などのリスクが低い20代でも2000万円、高齢者や持病のある人は、5000万円くらいの補償はあったほうがいいと思います。海外渡航前に空港などで入る医療傷害保険で不足分を補うといった対策が必要でしょう。
ヨーロッパは日本と同様に公的医療保険制度のある国がほとんどなので、旅先で急な病気やケガに見舞われても、アメリカのように高額の医療費を請求される心配はありませんから、通常はクレジットカードの付帯保険だけでも補償額は十分です。
また、ヨーロッパ諸国では一般に医療費の国庫負担を減らしたい政府の関与があり、現地の人は病気になってもすぐに受診できず、自分の番が来るまで何日も待たなければならないのに対し、民間医療保険に入っている旅行者は、わりとすぐに診てもらえます。
特に、ロンドンやパリといった大都会には日本人専用クリニックが存在し、24時間体制で対応してくれるので安心です。あくまでもクリニックなので、ここでは簡単な治療を受けられるだけで、重篤であれば大病院に移されます。
■国により違うアジアのレベル
アジアの医療事情は国によってさまざまです。シンガポール、タイ、マレーシアといった新興国には、外国人や国内のお金持ちを対象にしたクリニックや専門病院があります。費用は現地の人が行く病院より割高になりますが、国の物価自体が日本より安いので、法外な金額にはなりません。日本で医療傷害保険に加入している人は、たいていその補償の範囲で間に合います。
ちなみに日本の健康保険にも海外療養費制度があり、海外の医療機関で、日本国内で保険診療として認められている医療行為を受け、日本で同じ治療をしたときより多く支払った場合は、帰国後に領収書などの書類を添えて申請すれば、差額の払い戻しを受けられます。ぜひ利用してみてください。
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一方、ベトナムやカンボジア、ミャンマーなどの途上国にも、日本人がすぐに診てもらえるクリニックや専門病院はあります。しかしながら、重い病気になったときの医療水準はお世辞にも高いとはいえません。一般的に、一人当たりGDPが1万ドル以下の国や地域では、日本並みの治療は期待できないと覚悟しておいたほうがいいでしょう。
もしこういうところで解離性大動脈瘤を発症したら、おそらく現地ではうまく手術ができないので、高度医療のできる隣国に飛行機やヘリコプターなどで搬送されることになります。そうなったらその分の諸費用がかかりますから、いくら医療費が安くても、総費用はアメリカ並みということにもなりかねません。途上国を訪れるなら、2000万円以上の補償が付いた海外旅行傷害保険が必要でしょう。
中国も公的医療制度があるので医療費は低めです。しかし保険適用の範囲が狭く、抗がん剤治療や心筋梗塞のステント治療などの高度医療は自費になるため、庶民はなかなか受けられないようです。外国人用のクリニックや病院では、お金さえ払えば先進国と同様の治療を受けることができるのですが、現地の通常の病院だと、医者によっては正規の医療費のほかに心づけを暗に要求してきたり、共産党員の治療が優先されたりするので注意が必要です。
一方、外国人が日本の医療機関で治療を受ける場合はどうなのでしょう。日本人なら診療報酬は一律ですが、外国人だと複雑な説明をする際には通訳を用意しなければならないなど、いろいろ手間がかかるので、その分を上乗せして通常の2倍から3倍の金額を請求しているところが多いようです。心臓の手術なら日本人なら300万円のところ、外国人だと1000万円ぐらいとなりますから、アメリカほどではないにしても、「日本の医療費は高い」と感じている外国人は多いのです。
病院が最初に金額を明示しないところも、外国人には不評です。アメリカなら、患者が意識を失っていたり、一刻を争う状況だったりしないかぎりは、医者が治療の前に見積もりを提示して、支払えるかどうか必ず確認します。国際化の時代です。余計な不信感を持たれないためにも、日本の病院も医療費の「価格表」を明示したらどうかと思います。
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多摩大大学院特任教授。医学博士、総合内科専門医、経済学博士。1961年愛知県生まれ。名大医学部卒。著書『医療危機 高齢社会とイノベーション』『治療格差社会』など。
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(中央大ビジネススクール教授 真野 俊樹 構成=山口雅之)
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