なぜ日本は女性がレイプ被害者を攻撃するのか
プレジデントオンライン / 2020年1月14日 11時15分
■被害者に投げかけられる、同性からの冷めた視線
「どうせ、何か裏があるんでしょ? 売名行為かな」
「ああいう顔立ちの美人は、何か潔癖そう。苦手なタイプ」
「男を欲情させることができる恵まれた容姿、むしろ羨ましいけどね」
「生き方が下手だよね。こじれてないで、うまく使えばよかったのに」
これらは男たちが放った言葉ではない。強姦被害者のジャーナリスト・伊藤詩織さんが訴えを起こしてメディアに登場した2017年当時、記憶の途切れる酩酊という状況下で「合意はあった」と主張する男から理不尽に強姦される可能性のある、同じ側に立つはずの女たちが、彼女に唾した言葉である。
合意なき一方的な性交渉は性暴力だ。その性暴力を受けたとして、顔と名前を公表して正当な手続きで毅然と社会へ訴え出た女性に対し、日本では同じ女ですら共感を示すことなく、そして悪意の自覚なくむしろ「自分は冷静な良識派である」くらいの意識で、ある種のセカンドレイプに加担してしまう人々が実は多くいたのだと言える。
■感情に蓋をして自分を曲げてきた女たち
彼女らは、自分が性暴力の対象となったとき、強姦の当事者となったとき、どういう行動を取るのだろう。「自分が軽率だった」と自分を責めて親しい者にだけ相談し、あるいは誰にも話すことなく沈黙するのだろうか。「あれは強姦ではなかった」と男の側の都合にみずから寄り添うかのように、記憶を書き換えるのだろうか。「もっと賢くて強い女にならなきゃ」と、事実をなかったことにして「強く」「賢く」生きていくのだろうか。
そして強姦した男はついぞ自分がしたことの本質を理解することなく、野放しのまま。セックスとはそういうものだ、そういう自分は「強くて優れた男」なのだと幼稚に誤解し、妄想に過ぎぬ空っぽの優越感を持ったまま。
たぶん日本には、それが強く生きることだと勘違いし、「強くならなきゃ」と現実や自分の感情に蓋をして、世の中ではなく自分の感じ方のほうを変えてきた女たちが悲しいくらいたくさんいるのだ。
■絶望に近い恐ろしい諦め
2019年12月18日、日本社会で顔と名前を公表し、自身のレイプ被害を訴えたジャーナリスト・伊藤詩織さんの民事訴訟で、元TBS記者の山口敬之氏に賠償が命じられ、伊藤さんの勝訴が少なからず驚きを持って大々的に報じられたのは記憶に新しい。
もちろん、正当な過程を経て手に入れられた、望ましい結果であることに一筋の疑いもない。だが「これは日本社会にとって大きな一歩」との有識者たちのコメントは、それが彼らの立場から見ても意外な展開であったことの証左でもある。
女性が強姦されても、それは極めて複雑で繊細な事案で、社会には公正には扱ってもらえない、との絶望に近い恐ろしい諦めが常識とされてきたのが、先進国の一隅に存在するはずの日本社会の姿だったのではないのか。
■共感を拒否して張った「結界」
男に理不尽に強姦されたと訴える女性を、なぜあのとき同じ女たちが貶め、無理解を示し、切り捨てたのだろう。その心理はどこからどうやって来るのだろう。
「“そんなこと”を大声で訴えるなんて」。
この種の顰蹙(ひんしゅく)の中には、行われたことが犯罪であること度外視で、その被害者を、その行動を、思慮が浅いと責める気持ちがたっぷりと詰まっている。自分たちは「感情的ではなく冷静で」、「共感を安売りすることなく思慮深く」、「精神的に独立した、合理的な判断をする個人です」と。
同じ人間として伊藤さん個人の状況を想像し思いやれば、まず自然と湧き出すはずの共感を拒否してまで、なぜ彼女たちは第一にスタンスの違いを宣言して何らかの結界を張る必要があるのか。
■「女の敵は女」になる社会のメカニズム
スタンフォード大学クレイマン・ジェンダー研究所の社会学者であり、Facebook社COOシェリル・サンドバーグ氏の『リーン・イン』の主任研究者であったマリアン・クーパー博士は、米国の著名な文芸オピニオン誌「The Atlantic」で「女性はなぜ(往々にして)他の女性を助けないのか」と題した記事を寄稿した。
その中で、クーパー博士はいわゆる女王蜂タイプの成功した女性が他の女性を助けず、味方をせず、むしろ女性を「女って感情的で、男っぽい私とは合わない」と周囲から退けがちで、決して本当の意味で連帯しない理由を説明している。「そもそも女性であることが自分のアイデンティティの中心ではないところに、社会のネガティブなジェンダー先入観を経験してしまったから」
そうやって必死に「世間が考える女像」と自分は違うのだ、だから私は女だけれど女とは肌が合わないのだ、と主張する姿自体が既に、「世間」と同じ土俵で「世間」の決めたルールで闘わされているということに気づかずに。
その姿を見て、また誰かが「“やっぱり”女の敵は女だな」としたり顔でほくそ笑み、それを耳にした素直な彼女たちは「人が言うなら“やっぱり”そうなのだ」と、さらに自分を他の女性から遠ざけていくのだ。“やっぱり”とは、つまり先入観。“やっぱり”が深まるほどに、先入観は強固になっていく。
■私たちはこの世の中にあまりに適応し過ぎている
冒頭で、私は強く生きることの意味を勘違いし、現実や自分の素直な感情に蓋をして、世の中ではなく自分の感じ方のほうを変えてきた女たちが悲しいくらいたくさんいると指摘した。
それは使い古された「女とは」「女って」のフレーズが溢れる社会に、彼女たちが懸命に適応して生きてきた、切ない結果だ。
でもそろそろ、本当にリーダーになりたい、自分はなれると自負する女たちこそ、世間にどう見られるかや、女というくくりの中での自分のスタンスや、自分がどう振る舞えばより(あらかじめ評価軸の決まった古い世界の中で)キャリア的に有利かという考えを振り払っていいのではないだろうか。
「女性を退ける」女性、「女性に厳しい女性」は、実は自分こそが性差別主義者であることに気づいていない。女王蜂などと呼ばれるのは、人間的にバランス感覚を欠いていると言われているも同然の不名誉なのだ、と正しく認識したい。
伊藤詩織さんの一審勝訴を目撃した日本の女たち。2020年は、他人が規定する「女」である以前に個人として心底では何を感じるのか、素直に耳を傾けていこう。
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コラムニスト
1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野で記事・コラム連載執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌など多数寄稿。2019年より立教大学社会学部兼任講師。社会人女子と中学生男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』、『オタク中年女子のすすめ #40女よ大志を抱け』(いずれもプレジデント社)。
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(コラムニスト 河崎 環 写真=時事通信フォト)
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