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ゴーン氏の海外逃亡を肯定する朝日社説の理屈

プレジデントオンライン / 2020年1月9日 19時15分

ベイルートでの記者会見を終えた日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(右)と妻キャロル・ナハス容疑者。 - 写真=ABACA PRESS/時事通信フォト

■「日本の司法が不公平だ」というなら証拠を示せ

「検察官に『自白しなければもっとひどいことになる。家族も追及する』と言われた」
「絶望的な気持ちになった」
「日本の刑事司法は公平ではなく、私は逮捕、勾留されるべきではなかった」
「私の家族も想像を絶する苦しみを味わった」

逃亡した日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン被告(65)が1月8日午後10時(日本時間)過ぎ、レバノンの首都ベイルートで記者会見し、日本の司法制度を批判しながら自らの正当性を訴えた。

記者会見によって国際世論を味方に付けようとしたのだろうが、歪んだ主張である。日本は独裁者が統治する北朝鮮や一党独裁の中国などとは違う。民主主義の法治国家である。「日本の司法が不公平だ」というならゴーン氏はその証拠を出すべきである。

「自白しなければもっとひどいことになる」と検事が脅したのだろうか。密室での取り調べが社会問題となったことなどから、2019年6月からは取り調べの可視化が始まった。対象は、裁判員裁判対象事件・検察官独自捜査事件に限られているが、今回は特捜案件なので対象になる。

東京地検は取り調べの録音・録画を保存が義務付けられている。時期が来れば、それらを裁判所に証拠として提出し、ゴーン氏の主張の信憑(しんぴょう)性を確かめるべきである。

■朝日新聞、テレビ東京、小学館だけが出席できた

記者会見に招待されたメディアは、レバノンやフランスのテレビ局などだった。日本の報道機関は「攻撃的な記事を書いている」と出席を拒否され、朝日新聞、テレビ東京、小学館の3社だけだった。

報道によると、ゴーン氏は各メディアの過去の報道内容をチェックして出席の可否を決めたという。メディアの選別は大きな問題だ。無実ならば、どんなメディアのどんな質問にも正々堂々と答えればいい。

ゴーン氏は2018年11月19日、役員報酬の過少記載事件で東京地検特捜部に逮捕され、その後、サウジアラビアやオマーンを舞台にした特別背任事件などでも逮捕、起訴され、拘留は長期化した。最初の保釈は2019年3月6日だった。この保釈まで勾留は108日間に及んだ。

ゴーン氏はその後、4月4日に4度目の逮捕となり、4月25日に保釈されていた。このときの保釈条件で海外渡航などが禁じられた。妻のキャロル・ナハスさん(53)=東京地検が今年1月7日に虚偽容疑で逮捕状を取る=とも会うことができなくなっていた。

■「自分の国と違うからといって批判するのはいかがなものか」

ゴーン氏の事件で日本の司法制度は、自供するまで勾留を続ける「人質司法」として海外のメディアから批判されている。ゴーン氏が国籍を持つフランスのメディアはこれまで「拘置所でクリスマスを過ごすことになる」「日本の捜査当局は尊敬されていた経営者を逮捕し、3週間後に起訴した」などと伝えてきた。

日本とフランスの司法制度はどう違うのか。前述したようにゴーン氏の最初の逮捕は11月19日だった。東京地検の久木元伸次席検事は29日の記者会見で、こう反論した。

「国によって制度は異なる。自分の国と違うからといって批判するのはいかがなものか」

この反論に沙鴎一歩は賛成だ。

■フランスでも「予審判事」で最長4年8カ月間の勾留

実際、日本とフランスでは司法制度が異なる。日本では検察官が容疑者を逮捕した場合、48時間以内に裁判所に勾留を求め、認められれば起訴まで最長で20日間、容疑者を勾留できる。再逮捕すれば、再び勾留請求が可能となる。さらに否認を続ければ続けるほど、裁判所が逃亡や証拠隠滅の恐れを理由にして起訴後も保釈を認めないケースが多い。

ところがフランスでは、捜査の初期は裁判官の令状なしに原則1日の「警察勾留」が可能だ。検察官が「さらなる拘束が必要だ」と判断すると、「予審」という公判前の手続きと勾留を同時に求める。これが認められれば、捜査の担当は検察官を指揮する「予審判事」に引き継がれ、原則1年以内、最長で4年8カ月間も勾留できる。

要はフランスのメディアは、日本の勾留とフランスの警察勾留(原則1日)とを混同しているところがある。ただフランスでは無罪推定の考えが強く、勾留は最後の手段であり、経済事件では在宅捜査が一般的だ。さらにアメリカやヨーロッパの国々では取り調べに弁護士の立ち会いが認められているが、日本では認められていない。

司法制度は国によって違う。だが、逮捕・起訴された当人が「公正でない」と批判するのはおかしい。しかも法を破り、海外逃亡してから批判するとは姑息(こそく)だ。人質司法の問題とゴーン氏の事件は分けて考えるべきだと思う。

■いまだ仏ルノーや日産の会長のような態度だった

1月8日午後10時過ぎ、ベイルート市内の記者会見場に現れたゴーン氏は黒っぽいスーツに赤いネクタイを着け、「私にとって重要な日だ。この日を楽しみにしていた」と力強い表情で話し出し、持論を大きな身ぶり手ぶりでまくし立てた。

沙鴎一歩はこの会見をテレビで見たが、刑事被告人とは思えない態度で、いまだ仏ルノーや日産の会長のつもりでいるように見えた。

日本政府はすぐに法務省と検察が強く反論した。森雅子法相は9日午前0時40分から緊急記者会見を開き、「主張すべきことがあるのなら、わが国の公正な刑事司法手続きの中で主張を尽くし、正々堂々と公正な裁判所の判断を仰ぐことを強く望む」と語った。

■妻との接触禁止は、妻を通じて証拠隠滅を行ってきたから

東京地検の斎藤隆博・次席検事も9日午前0時過ぎに次のようなコメントを出した。

「犯罪に当たり得る行為をしてまで国外逃亡したもので、会見内容も自らの行為を不当に正当化するものに過ぎない」
「妻との接触の禁止は、妻を通じて証拠隠滅を行ってきたことを原因としている。被告自身の責任によるものだ。我が国で裁判を受けさせるべく、関係機関と連携して、できる限りの手段を講じる」

ゴーン氏は記者会見で、妻のキャロル・ナハスさんとの接触が禁止された保釈条件に強い不満を示していた。

日本政府の反論の早さとその内容は妥当だ。ただ国際社会へのアピールは足りない。欧米のメディアに対し、英語同時通訳を用意した記者会見をあらためて開くべきだろう。まだその機会はある。日本政府の今後に沙鴎一歩は期待する。

■「法秩序を踏みにじる行為」と強く主張しているが…

全国紙でゴーン氏の海外逃亡を最初に社説に書いたのは産経新聞(3日付)と日経新聞(同)だった。それから遅れること4日。1月7日付の朝日新聞が「ゴーン被告逃亡 身柄引き渡しに全力を」との見出しで取り上げている。

朝日社説は「法秩序を踏みにじる行為であり、断じて許されるものではない」と当然のように主張するが、もっと早く取り上げてほしかった。なにか特段の事情があったのだろうか。

そう考えて読み進むと、案の定である。朝日社説はこう指摘する。

「日本では容疑を認めない人を長く拘束する悪弊が続き、国内外の批判を招いていた。それが裁判員制度の導入などを機に見直しが進み、保釈が認められるケースが増えてきている。ゴーン被告の処遇は象徴的な事例の一つであり、運用をさらに良い方向に変えていくステップになるべきものだった。その意味でも衝撃は大きいが、だからといって時計の針を戻すことはあってはならない」

■「日本の司法制度が公平でない」との言い分を肯定することになる

ゴーン氏の事件と「人質司法」と批判される日本の司法制度の問題を混ぜて論じ、「保釈を早期に認めるようとする流れを止めてはならない」と訴えている。

これではゴーン氏の思うつぼである。「日本の司法制度が公平でないから逃走した」という彼の言い分を肯定することになってしまう。

最後に朝日社説は「捜査・公判の遂行と人権の保障。両者のバランスがとれた保釈のあり方を模索する営みを続けるためにも、今回の逃走の徹底した検証を求める」と「人権の保障」をクローズアップする。

ゴーン氏の海外逃亡は、カネの力にものを言わせ、訓練を積んだプロに頼んだ疑いが強い。そうだとすれば「人権の保障」という次元の話ではない。朝日新聞の論説委員はなにを考えているのだろうか。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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