酒好きの54歳女性が「孤独死」に至った真の要因
プレジデントオンライン / 2020年1月19日 11時15分
※本稿は、西尾元『女性の死に方』(双葉社)の一部を再編集したものです。
男性は仕事を辞めた定年後、孤独に陥るケースが多い。人間関係が職場にしかなく、働かなくなった途端に家族以外、他者や社会との関係が断たれてしまう。さらに独居者になれば、近所付き合いも挨拶程度で気にかけてくれる人もいない。アパートの一室で寂しさにさいなまれ、それを紛らわせるための酒におぼれていく……孤独死がもっとも増える60代の男性の、そんな現実をデータは示している(今後は定年延長など働く期間が延びることで、変化が出てくる可能性はある)。
■女性と男性で孤独死しやすい年齢は違う
東京都監察医務院が発表した「東京都監察医務院で取り扱った自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計(平成30年)」からは、非常に興味深い日本社会の実像が見えてくる。東京都23区に絞った、自宅で亡くなった孤独死数を見ると、男性は45歳あたりから孤独死する人が増加し、60代で急激に増えるが、70歳以降、一気に減少していく。対して女性は、65歳以降ペースを上げて増加し続けている。
■女性の孤独死は80代で男性より増える
一方、女性の場合、孤独死数は男性よりも圧倒的に少ない。65歳時点で見れば、その数は6分の1以下だ。ただ、60代から徐々に孤独死数が増え、80~84歳を境に男性の数を超える。女性はひとり暮らしをしていても、近所の人と付き合いがあったり家を行き来する友人がいたりと、男性よりもコミュニケーション能力に長けていることが多い。80代以降の孤独死数の増加は、自身の健康の問題や友人の減少などでこうした交友関係が途絶えるためかもしれない。
今、私が気がかりなのは、働く女性が増えたことで孤独死における“女性の男性化現象”が起きないか、という点だ。女性の生涯未婚率の増加、経済問題などの時代背景を考えると、これからは女性も生涯を通じて働くことが普通になっていく。総務省が発表した「労働力調査」によれば、2018年、15~64歳女性の「就業率」は過去最高の69.6%に達し、この6年の間に女性全体の就業者数は300万人弱も増えた。
■「ひとり暮らし」が悪いわけではない
そうなると、これまで「働く独居男性」の問題としてとらえられていた「所属コミュニティの消失」問題が、今後は女性に起こらないとも限らないのではないだろうか。
誤解してほしくないのだが、私はひとり暮らしを悪いことだとはまったく思っていない。むしろ、その気ままさをうらやましくも思う。ひとりのほうが、誰かと暮らすよりも自由でよいという方もおられるだろう。それは個人の選択の自由であり、他人がとやかく言うことではない。私がここでひとり暮らしをテーマとして取り上げた目的は、あくまでリスクについて言及するためである。
■運び込まれた50代引きこもり女性の遺体
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ここでは、ある女性の死についてとりあげてみたい。彼女は10年以上ひきこもりに近い生活を送っていた。人間関係に悩み、40歳の頃に仕事を辞めた。それから間もなくして離婚し、以降は近所に住む80代の両親の援助を受けながら、アパートにひきこもってほとんど外には出ていない。深夜にコンビニに買い物に行く以外、彼女が姿を見せることはなかったという。ある日、食事を持って訪ねた母親が部屋で倒れている娘を発見したが、すでに息絶えていた。死因がわからず、解剖することになった。
女性は54歳だった。運ばれてきた彼女の体にメスを入れ、腹を開けるとすぐ、表面がゴツゴツした肝臓に目が留まった。彼女は、「肝硬変」だった。
肝硬変とは、肝臓病のひとつだ。慢性的な肝機能障害が起きて、肝細胞の死滅、減少が進むと、線維化する。線維化とは、損傷部修復のために増生した線維組織が広がった状態のことで、それによって肝臓は硬くなっていく。肝臓が硬くなると肝機能が著しく低下するため、「肝臓病の末期」ともいわれる状態だ。
ただ、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、痛みを感じる神経がない。つまり、自覚症状のないまま、病気が進行しやすい臓器でもある。解剖に立ち会っていた警察官に、女性が病院に通っていたかどうかを尋ねると、やはり通院歴は見つからなかったという。
■ひとり暮らしの過剰飲酒と死の因果関係
硬くなりすぎた肝臓は、時に血液が入り込めないほどになることもある。そうなると、行き場をなくした血液が食道粘膜の下を流れる静脈血管に逆流してしまう。次第に食道の血管がパンパンになり、破裂する可能性が高まるのだ。消化管の出血は、そのまま死因につながることが多い。彼女の胃にも出血の痕が残っていて、胃から腸の中には血液が溜まっていた。直接死因は、「消化管出血」だった。
法医学の現場では、消化管出血で死亡した人に出会うことは少なくない。ただし、私の経験上、その多くは男性だった。この女性もそうした男性と同じく、あるものに依存していたのではないか――。
“あるもの”とは、アルコールだ。消化管出血を見つけると、その人がお酒を飲む人だったかどうかを担当の警察官に聞く。たいていの場合、彼らが見つかった部屋にはお酒の空き瓶や空き缶がいくつも残っている。家の中にはほかに食べ物がない、というケースも珍しくはない。ひとり暮らしの心の隙間を酒で埋めているうちに、飲酒量が増え続け、肝臓を悪くするのだ。
聞けば、この女性もまた、相当な酒飲みだったという。実際に部屋をのぞいたわけではないため、その「相当」がどの程度のことを言っているかはわからない。しかし、彼女の部屋にもまた、焼酎やウイスキーなど、アルコール度数の高いお酒の瓶が複数転がっていたそうだ。
■アルコールで亡くなるのは男性が圧倒的に多かった
ひとり暮らしで、朝から酒を飲み続ける。結果、肝臓を悪くして消化管出血で亡くなる。そして、法医学教室に運ばれて解剖される――そうした経過をたどるのは、これまで圧倒的に男性が多かった。私たちの法医学教室で解剖したアルコール依存症の人は、これまで男性が83.9%、女性は16.1%だ。
その死因は、3分の1が消化管出血などの病気で、3分の1は酔って転倒した際などに事故で亡くなるといった外的要因、残りの3分の1は不詳だった。病死の場合、その半数以上が消化器系の病気で亡くなっており、脳血菅系、呼吸器系、循環器系と続く。
ただ、「依存症」とまではいかなくとも、解剖する人の3割近くが、お酒を飲んだあとに亡くなっている。
昨今、働きに出る女性が増えたことで、彼女たちが外出する機会も多くなった。総務省が発表した2019年6月の「労働力調査」で、女性の就業者数が初めて3000万人を超えたという。15~64歳女性の就業率も上昇していて、2019年に入ってからは、安定して70%台をキープしているようだ。
■男性に多かった死に方をする女性が増える
日本では、「男女雇用機会均等法」が施行され、女性の社会進出が大々的に謳われたのは1986年のことだ。ただ、安倍政権がアベノミクスの成長戦略として女性の活躍を推進する方針を打ち出し、本格的な対策がとられるようになったのは、まだここ数年の話である。その裏側にある労働人口の減少や世帯収入、税収の減少などを鑑みると、今後、女性が社会の貴重な労働力としてさらに期待されることは間違いない。
経済的に豊かになり、結婚をしない(していない)女性も増えている。女性の場合、男性とは逆で「高収入な女性ほど未婚」であるという統計も出ている。つまり、自由になるお金がある人ほど、生涯未婚率も高い。
今後、女性の独居者は間違いなく増えていくはずだ。そうなれば、外食や飲酒習慣の増加といった独居男性に似た生活様式を取るようになり、女性の“男性化”が進むともいえる。私が危惧しているのは、こうした生活の男性化により、これまで男性に多く見られた死に方をする女性が増えていくのではないか、という点だ。
■生前と死後の問題が明確に区別されていない
ひとり暮らしとなれば、当然、「孤独死」の可能性は高まる。
ただ、「孤独」と「孤独死」は別の問題である、ということだ。「孤独」に生活することをどう思うかは、人それぞれである。ひとりが好きだという人もいるだろうし、その一方で、ひとりの生活は寂しい、誰かと一緒に生活したい、という人もいる。どちらが良い悪いではなく、本人の問題だ。
今、世の中では、「孤独」や「孤独死」という言葉が氾濫している。こうした言葉を語る時、生前と死後の問題が明確に区別されていないように感じる。
ひとりで生活していて、急な病気で亡くなったとすれば、死体が発見されるまでに時間がかかる。同居者がいた人は、8割が死後1日以内に死体が見つかるのに対し、独居者のそれはわずか3割程度だ。夏に死後2週間も死体を放っておけば、体の腐敗はかなり進む。死後に活発化する微生物らの働きによって腹のあたりが緑色になり、カエルのお腹のように膨らんでいく。
■死後のことまで思い悩まなくていい
腐敗した際に発生するガスが腸の中に溜まり、臭いも強烈だ。身体中にウジもわくだろう。冬場に長らく放置されれば、ミイラ化する可能性もある。
周囲と交友もなく、孤独に生きていれば、そうした状況に陥りやすくなることは確かだ。ただ、それが悪いことなのだろうか、とも私は考えている。
法医学者からすれば、死後腐敗して見つかることは、自然現象なのだ。ひとりで気ままに生き、生活を楽しんだ上での突然死ならば、私だったら大きな後悔はない。少々無責任な言い方に聞こえるかもしれないが、死後のことは周りの人たちの問題であり、自分が思い悩む必要はないと思うのだ。
自分にとっての素晴らしい人生とは何か。それを考えれば、おのずと自分らしい死に方も見えてくるはずだ。
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兵庫医科大学法医学講座主任教授/法医解剖医
1962年、大阪府生まれ。香川医科大学医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神間における6市1町の法医解剖を担当している。著書に『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(双葉社)ほか。
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(兵庫医科大学法医学講座主任教授/法医解剖医 西尾 元)
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