現役医師がバラす「いい医者ヤブ医者」の境界線
プレジデントオンライン / 2020年2月16日 11時15分
■医者のどこを見れば良悪がわかるのか
病院には日常的に世話になるのに、一般人と医療従事者との知識のギャップは甚だしく大きいのが現実だ。私たちは、いい医者、ヤブ医者をどのように見分ければいいのだろうか。
「いい医者の条件を強いて1つ挙げるなら、『コミュニケーションがとれること』です」
そう語るのは、外科医・病理医の裴英洙(はいえいしゅ)氏。医療機関向けのコンサルティングを行うハイズの代表でもある。裴氏は「もちろん、治療実績は大事です。しかし、たとえ診断、治療の能力が高かったとしても、コミュニケーションがとれない医者はいい医者とは言えない」と語る。
「いわゆるヤブ医者の要素は、1つではありません。ヤブ医者は『集合体』なんです。というのも、誤診、間違った治療、民間医療を勧める、コミュニケーションがとれない……そんな要素が少しずつ集まった結果、集合体として“ヤブ医者”になる。もちろん、エビデンスのない非科学的な医者は論外です。一方で、近年の医学界では『コミュニケーションが重要である』という認識がますます高まっており、医学部でも、診断や治療の説明において、患者さんとうまくコミュニケーションをとるための講義が取り入れられているほどです」
医者には患者目線でいてほしいものだが、実際には話の通じない、自分勝手な医者に悩まされたことがある、また悩んでいる人は多いだろう。そんなコミュニケーションがとれないタイプのヤブ医者の特徴について、裴氏は「患者を主語にするのではなく、医者や病院を主語にして話す」ことを挙げる。
「医者に求められるのは、患者さんに対する『解説力』です。専門用語を連発したり、患者のリテラシーのなさをいいことに説明不足のまま自分のペースで診療を進める医者は、解説する力に欠けています。対して、患者さんに必要なのはこの治療や薬です、という話し方をする医者は、自然とわかりやすい説明をするようになる。
また、医療は不確実性の学問。100%正しいということはありえません。『絶対に治る』『必ず効果がある』『間違いなく』など、まともな医者なら口にできない。そういった形容詞や副詞を使う医者は眉唾物です。嘘をついているか、信じられないほど凄い技術を持っていて自信があるかのどちらかですが、後者は普通の感覚ではありえません。
外的損傷など、診断結果がわかりやすい外科治療では判断が可能な場合もありますが、内科の疾病については、診断しても、例えば初期の段階では『風邪です』と断定はできず、風邪の可能性が高い、としか言えないんです。症状がだんだん変化していって、治療の効き目が出てはじめて、後から考えれば、『やはり風邪でしたね』と言えるだけ。『後医は名医』という言葉のとおりです」
厚生労働省が定める医療広告ガイドラインでも、「絶対に」「必ず治る」「100%」などの言葉を使用することは禁じられている。このような「不確実性を否定する言葉」を使う医療機関を避ける判断力は、患者としても最低限身に付けなければいけない。
「患者さんは医者に100%を求めてしまうんです。不安になればなるほど、早く病名を確定してほしいし、絶対に治るとか確実な治療法を知りたがるのは、当たり前の心理。そのギャップを、いかにうまく説明して、不安を解消できるかが医者の実力と言えます」
■「様子を見ましょう」そのセリフの真意
病院に通っていると、「様子を見ましょう」「何か変化はありましたか?」といった言葉を、医者から度々聞くことになる。「様子を見るって、よくわからない。放って置かれているんじゃないか」「変化ってどこまでが変化なのだろう。それを検査して調べてほしいのに……」とモヤモヤとした気持ちになった人もいるのではないだろうか。
しかし、これは「経過観察」という1つの技術なのだと裴氏は言う。
「病気というのは、静止画ではなく、動画で見なければいけません。どのように症状が変化したのかを見ることで、何の病気かがわかり、治療法も変わってくる。しかし実際には医者は症状の瞬間、瞬間の定点観測しかできません。だからそれをつなげて、いわばパラパラ漫画のように連続のものとして見る。それが、『様子を見る』『変化はありましたか?』という質問につながる。鼻水の色だったり咳の出方だったり、『いつもと違うところ』が医者にとって一番のヒントになるんです。後から見ると、これは風邪だったね、副鼻腔炎だったね、と診断できる。患者さんから変化をいかに引き出せるかが、医者の腕の見せどころと言えます」
■患者と医者の「相性」も問題になってくる
もちろん医者も人間。患者と医者の「相性」も問題になってくる。例えば、こんなケースもある。
「医者としては患者さんの自己決定権を尊重するのが一般的ですが、しかし患者さんのなかには『命令されたい人』もいます。例えば、糖尿病などでは、『節制しなければダメです』『運動しなさい』と、キツく言われたほうが安心するという患者さんは少なからずいらっしゃいます。『AとB、どちらにしますか?』と選択肢から判断して、一緒に治療方針をつくっていきたいタイプと『あんた、こんなことしていたら死ぬよ』と言われてピリッとしたいタイプといったように、いろいろなタイプに分かれる。何が患者さん思いのコミュニケーションかというのも、難しいところです」
さらに医者のコミュニケーション力は、患者だけでなく「医療従事者とコミュニケーションをとっているか」も大事な見方になるという。現代医学において、診断から治療まですべてを1人の医者がまかなうことは、いまや少ない。医者のみならず、薬のエキスパートである薬剤師や看護師がうまく連携した、よいチームをつくることが求められている。各者が高度な専門性を持つからこそ、自分の足りない部分をはっきりと自覚し、及ばない部分を任せられる医者を知っていること、医療従事者とよりよいチーム関係をつくれることが、名医の条件となってくる。
「専門性の高い分野をネットワークでつなぐのが現代の医療。いわゆる名医は、どこかその名医のネットワークに関係しているものです。例えば甲状腺がんを専門にした先生には、一緒に治療した同僚や部下、過去に同じチームで研鑽を積んだ知己の医者がいる。名医は名医を知る。そうでなければ質の高い医療を提供できない時代なんです。反対に、そうした医者のネットワークにもひっかからないのが、ヤブ医者と言えますね」
このような状況には、「医療訴訟のリスク」が広く認識されたという背景もある。医者が自分の手元でワンストップで判断するのではなく、より適した診断や治療ができる医者に任せたほうが、誤診やミスも減って、結果的に訴訟リスクも低減するという考え方が、主流になっているのだ。その意味でも、「ゲートキーパー(門番)」になって治療の道案内ができる、患者と伴走してくれる医者は優れた医者と言えるだろう。
病院へ行く前に、いい所かどうかを判断する方法はないのだろうか。方法の1つは、インターネットの活用だ。多くの人が病院をインターネットで調べる。気になる病院のホームページはもちろん、口コミを気にする人も多いだろう。裴氏が強調するのは、ウェブでの情報をチェックするのは重要だが、「参考にすべきは一般人のものではなく専門家による発信だ」ということ。
「ある程度の専門的な医者が書いているブログなどの情報発信を見るべきです。一般人の情報発信は安易に信じてはいけません。医療界の正確な情報は、それこそ医者同士のネットワークで広まります。有益な情報だけでなく、ネガティブな情報についても同じ。例えば民間療法や反ワクチン、エビデンスのない治療法についても、医療界ではNGでも、そういうヤブ医者に限って、患者さん受けがよかったりするもので、ネットでも高評価になってしまうことがある」
この「それなりの医者」であるか否かを調べるための基準の1つが、内科や外科などといったメジャーな「基本領域」の学会に所属しているかどうか、そしてさらにエキスパートである専門医の肩書を持っているかどうかだ。「複数持っていることは、医者同士のつながりがあるということだし、信頼やこれまでの努力の証明になる」。
所属学会や専門医といった情報は、医者として当然、標榜するメリットがある。患者の評判を高め、広告にもなるからだ。だからこそ、病院のホームページにも、持っていれば積極的に掲載するのが道理というもので、あえて載せない、ということは考えにくい。私たち患者にとっても指標にしやすい情報の1つになる。
■病院のホームぺージで見るべきポイント
さらに、先述の「コミュニケーション力」については、病院のホームページでも推し量ることができる。つまり、患者にわかりやすい説明ではなく、「医学辞典のコピーアンドペースト」のような難しい解説をサイトに載せているようだと、患者本位ではない病院である恐れは高まる。用語解説が丁寧にされているか、問診票が掲載されている場合はどこまで詳しいものなのか、そのあたりも判断材料になる。さらに裴氏が注目するのは、病院が掲げる「理念」が掲載されているかどうかだ。
「院長からのメッセージが患者向けの言葉で掲載されているかを私は見ますね。もちろん、『患者さんの話をよく聞きます、いつでも来てください』という言葉が真実かどうかは実のところわかりませんけれど、それでも患者さんに対しての姿勢を打ち出しているかは重要です。病院も企業も一緒。まずは理念があって、それを働く人が共有しているところが、いい医療機関なんです」
■ガイドライン違反の表記をしている病院は避けよう
言うまでもなく、ウェブサイト上で、先述した「絶対に」「必ず治る」「100%」といったガイドライン違反の表記をしている病院は、「絶対に」避けよう。
あらためて、私たちがちょっとした体調不良や、体の違和感に気づいたときには、まずは近所の身近な「かかりつけ医」で診療を受けることになる。かかりつけ医は基本的にはクリニック(病床数20床未満)だ。
「最初から大きな病院に行くことは、いまの時季だと大勢の風邪やインフルエンザの患者さんの中に飛び込んでいくようなものですし、長い待ち時間の間に症状も悪化しますので、避けたほうがいい。もし何科に行けばいいのかわからないときには『総合診療医』を選ぶことをお勧めします。比較的新しい分野ではありますが、幅広い診療ができ、かかりつけ医から専門医を紹介する『道案内』の能力に長けた医者のことです。専門医ではなくても、トレーニングを積んだ医者が増えていますし、サイトで確認するのがいいでしょう」
裴氏は、ヤブ医者にかからず、いい医者とつきあう「賢い患者」になるためには、「医術を魔術と勘違いしないこと」が大切だと念を押す。
「患者さんも皆さん忙しいですから、すぐに体調を治したいと思ったり、不安にかられて甘い言葉に揺れ動いてしまったりします。『何とか薬で治りませんか』『リスクなしの方法はありませんか』と尋ねられても、そんな魔法みたいなことはありません。1度の診察、治療ですべてが解決するのだと思わず、より確実なところを紹介してもらったほうがいい。
患者さんの病気の9割はコモン・ディジーズという日常的な病気。しかし、なかには1割の大変な病気がある。それをどう見つけるかがかかりつけ医の腕の見せどころ。そこからどう治療するかは、専門が分割されていますから、正しい医者は、プロに任せます。すべてが簡単にすまないからこそ、道案内がうまい医者、医者とつながりのある医者を見つけることが大切なんです」
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ハイズ代表
金沢大学医学部卒業、金沢大学大学院医学研究科修了、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネス・スクール)修了。慶應義塾大学特任教授。厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」構成員。
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(ライター 伊藤 達也 写真=PIXTA)
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