世界中で失敗が相次ぐ「左派連合」という幻想
プレジデントオンライン / 2020年1月15日 15時15分
再選したペドロ・サンチェス首相(中央左)と、フェリペ6世スペイン国王(中央右)。2020年1月8日、マドリードのサルスエラ宮殿にて。スペインで初となる急進左派との連立政権となった。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■景気が堅調なスペインで成立した左派連合
昨年11月に総選挙を行ったスペインでようやく政権が成立した。年明け1月7日、最大与党である穏健左派の社会労働党(PSOE)を率いるペドロ・サンチェス氏が下院で首相に再任され、13日に新政権がスタートした。新政権は1978年の民主化以降、スペインで初となる連立政権となったことでも注目を集めている。
PSOEと連立を組むのは急進左派の政党、ポデモスだ。元学者であるパブロ・イグレシアス氏が設立した同党は、近年は多少その主張を和らげているものの、そもそもは民族主義、反体制主義、欧州懐疑主義の立場に立つ過激な政党である。前回11月の総選挙での得票率は12.9%と一定の支持を集めており、現在第四党の位置にある。
2018年6月、汚職疑惑を受けたマリアーノ・ラホイ前首相の辞任に伴い就任したサンチェス首相であったが、少数与党政権のために不安定な議会運営を余儀なくされた。2019年予算案が下院で否決されたことを受けて、首相は2019年4月に総選挙を前倒しで行ったが、どの党も過半数を得られず、首相指名にも失敗したため、11月にやり直しが行われた。
スペインは4年で4回も総選挙を行った末、左派連合による連立政権の誕生にようやくたどり着いた。景気低迷が顕著な欧州であるが、それでも3%近い成長率を保つなどスペイン経済のパフォーマンスは悪くない。にもかかわらず、成長よりも分配を重視する左派政党が政権を奪取した背景には、一体どのような事情があるのだろうか。
■消去法的に成立したスペインのサンチェス政権
1999年のユーロ導入以降、外資の旺盛な流入を受けてスペインは好景気を謳歌した。その副作用として生じた不動産バブルが崩壊し、2010年代前半は深刻な不景気に喘(あえ)いだ。この間、スペイン国民は壮絶な財政緊縮や最悪期には25%を超える高失業に耐え、2010年代後半に入ると経済は輸出主導の高成長を取り戻すことに成功した。
このスペインの復活劇を率いたのは、穏健右派の国民党(PP)を率いたラホイ前首相であった。本来なら称賛されるべき前首相だったが、任期後半にかけて独立志向が強いカタルーニャ州に対して高圧的な政策を採ったことや、自身を含むPP幹部の汚職疑惑が報じられたことを受けて、彼は国民の支持を失っていった。
PPの退潮は、急進右派であるVOXの躍進にもつながった。PPの最保守勢力がスピンオフして設立した同党は欧州懐疑主義の立場に立つ極右政党で、先の11月の総選挙で議席を倍増させ、第三勢力にまで台頭した。急進左派政党であるポデモスの対極をなす政党といえるが、ポデモス以上に危険な主張も目立つ。
有権者のPPへの失望はVOXに対する期待につながった一方で、右派そのものの地盤沈下も進んだ。その結果、穏健左派であるPSOEが相対的に浮かび上がったというのが、スペイン政治の実情である。神の手により消去法的に成立したともいえるサンチェス政権であるが、その最大のリスクは連立パートナーであるポデモスそのものだ。
■同じ色でも交わらない穏健と急進
ここで話をイタリアに転じてみたい。19年9月、スペインに先んじて穏健政党と急進政党による左派連合がイタリアで成立した。急進左派政党である五つ星運動が、自らと袂を分けた急進右派政党である同盟に対する共闘を各党に呼びかけ、中道左派政党である民主党がこれに合流、その結果、左派連合による新政権が成立した。
引き続き穏健派として知られるジュゼッペ・コンテ氏が首相を務めているが、このイタリア版左派連合には早くも綻(ほころ)びが見えている。有権者に対するバラマキを極端に重視する五つ星運動と、現実的な政権運営を目指す民主党は、同じ赤色でも、結局のところ水と油であったということだろう。早ければ今春にも政権は崩壊するという観測すらある。
同様のことがスペインでも起きる可能性は高いと考えられる。現実寄りに修正されてきたとはいえ、ポデモスの主張はまだ過激といえる。保守と革新という色のちがいがあるとはいえ、その主張が近く一種の影法師ともいえる極右のVOXが台頭していることも、独自色を出したいポデモスが焦燥感を強め、PSOEに無理難題を突き付けるはずだ。
それが右派であれ左派であれ、急進派の主張が一定の民意を反映したものであることはまちがいない。とはいえ、そうした主張は現実味を欠く無責任なものが多く、かんたんに実現するようなものでもない。確かに、社会を安定させるうえで分配は大切であるが、身の丈以上のバラマキを行えば成長が失われるだけであり、持続可能性などない。
■右派による連合も同じ穴の狢
欧州では、右派の穏健派と急進派による連合が政権を運営する可能性も現実味を帯びてきている。こうした展開は、急進右派政党AfD(ドイツのための選択肢)の躍進が続くドイツであり得るシナリオだろう。とはいえそうした右派連合ができても、穏健と急進が水と油である以上、左派連合と同様の結果がもたらされると予想される。
安倍首相による長期安定政権が続く日本には縁遠い話に聞こえるかもしれないが、こうした欧州の事情は必ずしもひとごとではない。右派と左派の立場を問わず、近年は過激な主張が目立ちはじめており、一定の支持を得ている節がある。そうした主張は一見心地良く聞こえるが、きちんと聞けば暴論であり、無責任といわざるを得ないものも目立つ。
各国で現れ方がちがうとはいえ、穏健派が求心力を低下させ、急進派が勢いを増していることはグローバルなトレンドといえる。たとえばアルゼンチンで19年12月に誕生したアルベルト・フェルナンデス新政権もまた、バラマキを是する典型的な極左政権だ。極左政権の下で経済が混乱を繰り返してきた歴史の教訓が全く活かされていないことになる。
先進国では欧州が急進派の台頭する最先端にあるが、それゆえ限界や綻びも早く見えてきている。確かに変革は必要であるが、真の変革には相応の時間や痛みを要するものである。急進派の甘言に惑わされても、結局は政局の混乱につながり、決められない政治が続くことを、われわれは肝に銘じるべきだろう。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)
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