旅客機誤射の責任はトランプ米大統領にもある
プレジデントオンライン / 2020年1月15日 19時15分
■「人為的なミスから意図せずに攻撃した」と認めたイラン
イランがミサイルの誤射であることを一転して認めた。
イランの首都テヘラン近郊で1月8日朝、ウクライナ国際航空の旅客機が墜落して176人が死亡した。この墜落についてイランが11日、撃墜したことを認めて「人為的なミスから意図せずに攻撃した」と弁明した。
これまでイランは「技術的な問題から事故が起きた」と撃墜を全面否定していた。一転した表明は極めて異例である。
ただし、米欧のメディアは墜落当初からミサイルが旅客機を爆破する映像を報じていた。イランは撃墜の証拠が集まるのは時間の問題と判断し、国際社会やイラン国内からの批判が高まる前に早期の収拾を図ったのだろう。
■旅客機の撃墜は「殉教者スレイマニ」の5時間後だった
イランは8日午前1時20分に、イラク国内の米軍駐留基地を弾道ミサイルで攻撃した。スレイマニ司令官殺害に対する報復だった。スレイマニ氏は2日、イラクの首都バグダッドでアメリカ軍の無人機による空爆で殺害された。イラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」の英雄だった。攻撃の時刻はスレイマニ氏が殺された時刻に合わされた。攻撃の作戦名も「殉教者スレイマニ」だった。
そのイランの攻撃から5時間後の午前6時20分にウクライナの旅客機が撃墜された。
撃墜によって乗員乗客全員が死亡した。ウクライナ政府の発表によると、犠牲者の国籍はイラン82人、カナダ63人、ウクライナ11人、スウェーデン10人、アフガニスタン4人、英国3人、ドイツ3人だった。
■「旅客機を敵の巡航ミサイルと勘違いし、防空ミサイルで撃墜した」
イラン統合参謀本部は誤射した理由をこう説明している。
「イラン周辺で米軍戦闘機が増え、数機がイランに向かっているとの報告があった」
「アメリカが反撃してくるという恐れから、防空システム上の警戒レベルが最大になっていた」
「そこに旅客機が進行方向を変え、イラン革命防衛隊の重要な軍事基地に近づいてきた。旅客機を敵の巡航ミサイルと勘違いし、防空ミサイルで撃墜した」
これ以上の悲劇はないだろう。戦争の悲惨さを如実に物語っている。犠牲者の冥福を祈る。
イランのロハニ大統領は「許されない過ちだ。人的ミスだ。悲惨で許すことのできない間違いだった」として哀悼の意を表した。最高指導者のハメネイ師も「心から哀悼の意を表す」との声明を出した。
■イランを追い込んだのはアメリカのトランプ大統領である
今回のイランによるウクライナの旅客機の誤射撃墜。一義的にはイランに責任がある。犠牲者や関係者に対する補償などはすべてイランが負うべきだ。
しかしアメリカの責任は甚大だ。「殉教者スレイマニ」との作戦名を付けてアメリカの基地を攻撃するまでイランを追い込んだのは、他ならぬアメリカのトランプ大統領である。ましてやイランは内政が安定しない弱小国である。
スレイマニ司令官の殺害までの流れはこうだ。まず米軍の幹部から昨年12月28日にトランプ氏に示される。スレイマニ氏の殺害は、アメリカ軍の駐留するイラク北部の基地が27日に攻撃を受け、複数のアメリカ人が死傷したことに対する対応を検討するなかで、いくつかの選択肢のうちの1つとして提示された。
■昨年末の在イラク米大使館襲撃で事態が大きく変わった
選択肢にはイラク民兵組織への空爆やイランの艦艇やミサイル施設に対する空爆もあったという。
トランプ氏が最初に選んだのは民兵組織への空爆だった。事実、アメリカの国防総省は12月29日、イランが支援するイスラム教シーア派武装組織「カタイブ・ヒズボラ」のイラクとシリアの拠点5カ所を空爆したと公表した。
だが、その後の31日に在イラク米大使館が襲撃され、事態ががらりと変わり、トランプ氏はスレイマニ司令官の殺害を選択した。アメリカ軍幹部には予想外の選択だった。イランの報復が懸念され、案の定、イランはイラク国内の米軍駐留基地を弾道ミサイルで攻撃した。そしてこの攻撃が旅客機誤射に結び付いてしまった。
■相手を挑発して追い込み、その後に和解の条件を示す
相手をとことん挑発して追い込み、相手が反撃しそうになったところで条件を示して手を握ろうとする。これがトランプ氏のやり方である。
核・ミサイル開発を止めようとしない北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長との交渉を見ればよく分かる。当初は弾道ミサイルを次々と発射する金正恩氏を「ロケットマン」などとあざけり、金正恩氏がその挑発に乗ってくると、今度は一転して相手の意に沿うように見せかける。具体的には初の米朝首脳会談を実施するなどして好意を示し、ミサイル開発を中止する条件をのませようとする。
ここで沙鴎一歩は言いたい。危険な国との交渉は、商売人のトランプ氏が得意としてきたディール(取引)は役に立たない。役立たないどころか、挑発されることで、本気で攻撃を仕掛けてくる国もある。今回のイランがいい例だ。
相手の国の内も単一ではない。穏健派もいれば、武闘派もいる。軍部が力を持っていれば時に攻撃を仕掛けてくる。それが大きな戦争へと発展する危険性は十分にある。
北朝鮮との交渉は慎重に進めるべきだ。北朝鮮には核兵器が存在し、その核兵器を長い距離で飛ばすことができるミサイルもある。イランとは違う。トランプ氏はイランとの交渉の失敗で、民間機の撃墜という大惨事を招いた。そこを深く反省してほしい。
■なぜ「戦争を望まない」のに司令官殺害を実行したのか
イランが誤射を認める前に読売新聞がこんな社説(1月10日付)を書いている。
「米国もイランも、戦争を望まない点では一致している。抑制的な対応が衝突回避につながることを、両国の指導者は認識したはずだ。これを機に緊張緩和を進めねばならない」
読売社説の書き出しだが、その通りである。アメリカもイランも「戦争を望まない点では一致」しているのだ。それがなぜ、お互いを攻撃し合うことになったのか。
読売社説は続けて書く。
「イランがイラクの米軍駐留基地を攻撃した。トランプ米大統領は対抗措置として、イランに追加制裁を科すと表明した。『軍事力は使いたくない』と述べ、報復攻撃には否定的な考えを示した」
「米軍の高い能力を誇示していたトランプ氏が、あえて経済制裁を選んだのは、攻撃の応酬が大規模紛争に発展する事態を避けたいからだろう。賢明な判断である」
沙鴎一歩も懸命な判断だったと思う。だが、この時点で「軍事力を使わない」との選択ができるのなら、なぜスレイマニ司令官の殺害を実行したのだろうか。浅はかだったとしか言いようがない。
■すべてはトランプ氏のちゃぶ台返しから始まった
読売社説はこうも書く。
「イランが直接、米軍に軍事攻撃を仕掛けるのは、1980年代のイラン・イラク戦争の終結後、初めてだ。国民に英雄視されていた司令官の殺害を受け、イラン指導部は国内向けに強硬姿勢をアピールする必要に迫られていた」
結局、トランプ氏はイランを追い込んでしまったのである。読売社説はさらに指摘する。
「そもそも、米イラン対立が激化した発端は、米国がイラン核合意から一方的に離脱し、対イラン制裁を復活させたことにある」
最後に読売社説はこう主張している。
「2015年の核合意は、核兵器製造につながるイランのウラン濃縮を抑制し、国際原子力機関(IAEA)の監視下に置く点で一定の成果を上げてきた。合意に加わった英仏独中露の5か国は合意維持の必要性を強調する」
「トランプ氏は新たな核合意を結ぶべきだと主張するが、圧力強化でイランに譲歩を迫る戦術は行き詰まっている。日本や欧州諸国が仲介役として果たす役割は大きいはずだ。関係国との協議を深め、打開策を探ってもらいたい」
読売社説はトランプ氏に肩入れする安倍政権に対しては親和的だが、この主張はアメリカに対して厳しく、まっとうである。今回のアメリカとイランの紛争はトランプ氏のちゃぶ台返しから始まった。その元凶は「アメリカ第一主義」にある。
■「極度の緊張状態」を生み出した責任は米国にもある
次に1月11日付の毎日新聞の社説を読んでみよう。
「イランは攻撃していた当時、米軍の反撃に備えて対空防衛システムを稼働させていたという。イランが誤って撃ち落とした可能性があるとトルドー氏は述べた」
「そうだとすれば、報復合戦を警戒する中での極度の緊張状態が不測の事態を招いたともいえる。そうした危険な状況を生み出した責任は、米国にもある」
「トルドー氏」とはカナダの首相のことで、旅客機には多数のイラン系カナダ人が搭乗していた。
「責任は米国にもある」との指摘は、前述した沙鴎一歩の主張でもある。最後に毎日社説はこう訴える。
「米国が反撃をせず一触即発の危険は沈静化したかにみえる。だが、イランでの反米感情は一段と強まり、米国も経済制裁を科すと表明するなど挑発を続けている」
「偶発的な衝突のリスクは消えていない。米国とイランはともに挑発を控え、外交的な解決に向けて事態の打開に取り組むのが急務だ」
「目には目を」と挑発や衝突を繰り返していると、いつかは本格的な戦争に突入する。それは歴史が証明している。ジャーナリズムの役目は、その危険性を訴え続けることだろう。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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