台湾人がもどかしく見る日本の「コウモリ外交」
プレジデントオンライン / 2020年1月24日 9時15分
■台湾で台頭し始めた「独立派第三勢力」の新興政党
年明け早々1月11日に行われた台湾総統選挙は、蔡英文(ツァイ・インウェン)総統が過去最高の817万票を獲得して再選された(投票率74.9%)。同時に行われた立法委員選挙でも、民進党が単独過半数を維持した。
今回の立法委員選挙では、与党の民進党や野党第一党の国民党とは異なる、独立派の「第三勢力」が生まれるかどうかにも注目していた。そんな中で新たに1議席を獲得したのが、昨年12月21日、高雄で「光復高雄」「(親中派の)韓国瑜(ハン・グオ・ユー)市長の罷免を求めるデモ」を主催し、50万人を集めた台湾基進党だ。
同党の党首は、陳奕齊(チェン・イー・チー)氏(2019年7月9日付『香港独立運動の父「一番心配しているのは日本」』参照)である。陳氏は「台湾の『香港独立運動の父』」とも称され、1997年の香港中国返還当時から香港独立派と交流を持つ。香港で不当逮捕された香港民族党の陳浩天(チャン・ホーティン)(アンディ・チャン)党首とは長年の盟友であり、昨年9月にはドイツで周庭(チョウ・ティン)(アグネス・チョウ)氏とも意見交換をしている。今や彼は台湾だけでなく、香港/アジアの反共産主義のリーダーの一人と目されている。
その陳氏に、今回の台湾総統選挙の意味、そして習近平氏の国賓来日について、再度意見を求めた。
「今回の総統選挙を、中国共産党は2020年11月3日のアメリカ大統領選挙の前哨戦と考えていた」と陳氏は語る。「2018年の高雄市長選挙で韓国瑜が当選したことで、中国共産党は今回の総統選挙での勝算を高く見積もり、一気に香港独立運動の制圧にも乗り出した。国民党の韓氏が総裁選で勝てば、アメリカのパンダハガー(親中派、中国代理人)を使って一気に反トランプ攻勢をかける予定だったのだろう」(陳氏)。
しかし、香港における民衆の反発は予想をはるかに超え、逆に中国共産党の凶暴性を世界に露見させる結果となった。「中国とともに経済発展を」という甘い蜜に飛びつくことがどういう結果を呼ぶかが、明確に実証されたのだ。
■事を急ぐ習近平、対抗するアメリカ
中国の強硬で暴力的な香港制圧は今でも続いている。当初、中国共産党は香港の独立運動の制圧、2020年の台湾総統選挙における共産党系候補の勝利をもって、中国沿海の太平洋軍事ラインを大きく拡大するつもりでいた。
「2021年7月23日は中国共産党結党100周年。習近平氏は、それまでに「われわれは『中国100年の恥』を払拭(ふっしょく)した」と宣言するため事を急いだ」(陳氏)
「中国100年の恥(百年国恥)」とは、1840年のアヘン戦争以来、イギリスや西洋帝国列強から好き勝手に侵略を受け続けたことを指す。もちろん日清戦争の敗戦や、日本からの「対華21箇条の要求」、そして南京事件もその「受けた恥」の中に入っている。その恥を払拭するために、マカオ・香港の返還、日本に取られた台湾の奪還と打倒日本、そして世界侵略へと続く考え方だ。
しかし、この中国の新中華統一および世界覇権に、アメリカが対抗措置を講じた。特に目立つのは、2019年11月20日にアメリカ下院議会で可決・成立した「香港人権・民主主義法案」だが、それだけではない。アメリカと台湾の高級官僚の相互訪問を促進する「台湾旅行法」の可決、事実上の在台アメリカ大使館といえる米国在台協会(AIT)新庁舎の建設、台湾へのF16戦闘機の売却、台湾の国際機関参加への支持や台湾の孤立を防ぐための働きかけ、最近では台湾を「国家」と表記した国防総省の報告書など、中国共産党の台湾統一構想を阻止するためのアメリカの攻勢は、露骨で強烈だ。
香港と台湾がどれだけアメリカにとって核心的利益であり、中国の世界侵略の防波堤であるかは、アメリカ第7艦隊が台湾海峡を2019年だけで9回通過していることからも明らかだ。これらが台湾独立・現体制への明確な支持表明であることは台湾市民も理解しており、蔡英文総統の再選の後押しにもなったはずである。
■香港デモへの反応が薄すぎる日本
翻(ひるがえ)って日本はどうなのか。陳氏は、「日本には世界第3位の経済大国としての自覚と自信を持って、今後の世界の行く末を見据えたリーダーとしての正しい決断をしてほしい」と期待を寄せる。
しかしその日本は、香港のデモに対して議員が個人的に香港への危惧や支援・理解を示すものの、国会では政府の見解の発表や声明の議決にまでは至っていない。「平和的に話し合いで解決してほしい」と記者の質問に答えるのが関の山だ。香港民族党の陳浩天党首が来日し訴えても、周庭氏が来日して流暢な日本語で講演したりTwitterで呼びかけたりしても、反応は薄い。
■「日中通貨スワップ協定」に不快感を示した米高官
香港人は、孫文の辛亥革命を命懸けで支援した「宮崎滔天、山田良政・純三郎兄弟」の現代版の再来を期待している。3人の中でも特に山田良政は、1900年の辛亥革命惠州蜂起で香港から広州に入り、“革命烈士”として戦死している。だが、今の日本はそれとは対照的だ。香港人の眼には、日本はあまりにも薄情に映っていることであろう。
「今日の香港、明日の台湾、明後日の日本」といわれ、脅威が次第に日本にも迫ってきていることに気づいていないのか、知らないふりをしているのか、故意に知らせないのか。疑問符がいくつもついてまわる。
さらに日本は日米安保を堅持し親米を演じながら、外交においてあやふやな態度を取りがちだ。中国の一帯一路政策に反対したり、賛成したり、対応がぶれる。米中貿易交渉が始まり、中国が窮地に追いやられた2018年10月、突如日本は中国と3.4兆円もの「日中通貨スワップ協定」を締結したりもした。
筆者はとある専門筋から、米国高官が「朝鮮半島問題があるため、すぐには日本のこの政策決定に文句はつけないが、落ち着いたらきっちり落とし前をつけてもらう」と発言したと聞いている。その「落とし前」が、昨年11月に報じられた在日米軍への「思いやり予算」の大増額要求(現状の4.5倍に当たる80億ドル、約8640億円)なら、合点がいく。
■習近平の「国賓待遇」が発する間違ったメッセージ
オランダのライデン大学地域研究センターで博士課程まで進み、世界の地域政治のシステムに精通する陳氏は、「習近平氏を国賓として招くことは、多くの国家へ間違ったメッセージを送ることになる」と警鐘を鳴らす。
「世界第3位の経済大国である日本が、新冷戦で米中どちらを選ぶのかを世界は注目している。特に親中的・媚中的なヨーロッパの政治家は、日本がアメリカと中国のどちらを選ぶかを静かにウオッチしている。日本はそれだけ影響力のある国であることを自覚してほしい」
「日本の挙動が、世界を揺らしているのです。習近平氏の国賓来日は、日中2国間だけの問題ではないのです。すでに、世界はアメリカか中国かを選ばなければならないぎりぎりの時点まで来ている。経済大国・日本の躊躇(ちゅうちょ)は、世界の不安定要因になりかねない」
■日本の「優柔不断」が世界を失望させる
世界第3位の経済大国・日本にとって必要なのは、自らの優柔不断な二元外交/二枚舌外交によって、世界の行く末が変わるかもしれないという自覚と責任を持つことなのだろう。1989年6月の天安門事件で世界中が中国にそっぽを向いた際、日本政府は同年11月に江沢民国家主席(当時)を国賓として招き、さらに1992年には天皇陛下(現上皇陛下)を訪中させた。そのことが、2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加入する道を開いてしまったことを、日本人はいろいろな意味で忘れてはならない。
中国経済は日本の膨大な政府開発援助(ODA)などに加え、WTO加入によって飛躍的な成長を遂げた。しかし、中国はWTO加盟国というメリットのみを享受する一方、中国の国内市場については管理統制経済を続けた。自国に都合の良い法律改正や税制改正で次々と海外の資本を呑み込み、自国の外では自由経済を謳歌し、日本を追い抜いて世界第2位の経済大国に躍進した。その中国の成長で、一部の日本企業も潤ったかもしれない。
しかし、経済大国になった中国の、日本への義理を欠いた数々の行動――「尖閣侵犯」「北海道などの土地買収」「新幹線技術競争」「反日教育」「在中邦人逮捕」などは、日本国民にとって脅威でしかない。
日本の一部の政治家の思い出作りや点数稼ぎのために、日本の安全をないがしろにし、世界を不安に陥れ、アジアやアメリカからの信用を失い、失望させる代償は、日本にとっても日本国民にとっても果てしなく高くつくだろう。
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アジア市場開発・富吉国際企業国際顧問有限公司 代表
1967年東京生まれ。86年成田高校卒業、91年台湾大学卒業。92年香港で創業、アジア市場開発設立。台湾 資訊工業策進会 顧問(8年)。台湾講談社媒体有限公司 総経理(5年)などを歴任。現在 日本と台湾で、企業顧問業務、相談指導ほか「グローバリズムと日本人としての生き方」などの講演活動を行っている。
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(アジア市場開発・富吉国際企業国際顧問有限公司 代表 藤 重太)
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